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第一章(5)
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その後、アリシアは休職する手続きを滞りなく行い、宿舎にある自室も、五年間はそのまま残しておけることとなった。五年経っても騎士団に戻る意志がなければ、そのまま除名処分となるようだ。自室におきっぱなしにしてある荷物は、騎士団で処分するとのこと。
必要最小限の荷物を手に、ゆったりとしたワンピースをまとったアリシアは、馬車乗り場へと向かった。朝日が髪をやわらかく照らす。
街はどこか浮き足立っているようだった。市場の喧騒や行き交う人々の顔には、いつもより明るい喜びが漂っている。
アリシアが田舎のガネル子爵領に戻るには、港街サバドを経由しなければならない。そこで馬車を乗り換え、緑豊かな丘陵を越えて北へ進んだところに領地がある。両親に顔を見せた後は、誰一人自分を知らない遠い土地へ旅立つのもいいかもしれない。
人生の再スタート。
だがアリシアとしては、仕事を放り出して実家に戻る形になってしまったことに胸も痛むし、無責任だとは思っている。
それでも彼の気持ちを知ってしまった以上、もうあそこにはいられない。いるのが辛い。
いてもたってもいられなくなって「辞めます」と団長に突きつけていたのだ。団長の機転のおかげで休職扱い。気持ちが落ち着いたときには、騎士団に戻ってもいいだろう。
そんなことを考えながら、荷物片手に馬車乗り場へと向かっていたアリシアだが、肩に鳩がぱさっととまった。
「くるっぽ……」
「ぽっぽちゃん。あなた、ついてきたの?」
伝書鳩のぽっぽちゃん。
アリシアの相棒のような存在だ。遠くにいる対象者に、素早く正確に手紙を運ぶ。
しかし、ぽっぽちゃんは第二騎士団で管理している伝書鳩であるためアリシアの所有物ではない。誰かが鳩小屋を開けたときにするっと飛び出てきたに違いない。
帰りなさいと言っても帰らないだろう。ぽっぽちゃんはなぜかアリシアになついている。
ぽっぽちゃんは伝書鳩の中でも訓練された優秀な鳩だ。二百キロ以上離れた場所でも難なく手紙のやりとりができる。
二百キロといえば、王都セレからガネル子爵領までの直線距離くらい。馬車を使って向かうにはもう少し距離はあるが、ぽっぽちゃんなら、一日で王都セレとガネル子爵領を行って帰ってくることができる。
「私があなたを連れ出したって思われなければいいんだけど……」
ぼそりと呟くと、まるでその言葉を理解したかのように「ぽっぽっ」と鳴く。
「でも、あなたは馬車には乗れないわよ?」
問題ない、とでも言うかのようにハト胸を張ったように見えた。
アリシアが馬車乗り場でサバドの街へ向かう馬車の時間を調べようと足を向けたとき、ぽっぽちゃんがアリシアの服の裾をくちばしで挟んだ。まるで、行くなとでも言っているかのよう。
「ぽっぽちゃん?」
アリシアの向かう先とは反対方向に服を引っ張る。このままでは、服が破けてしまう。決して上等な服ではないものの、こんな公衆の面前で服が破れたらと想像したら、いや、想像したくない。
「わかった、わかったから。引っ張らないでちょうだい」
その言葉に満足したのか、服をパッと放したぽっぽちゃんは、アリシアを導くように軽やかに飛び去った。
「ちょ……どこにいくの?」
アリシアが見失わない程度の速さで飛んでいくぽっぽちゃんは賢いのだ。本当に鳩かと思うくらい。
ぽっぽちゃんを追いかけていくと、大きな通りから外れて細い路地に入る。さらにその奥で、人の塊が見えた。
「あなたたち、何をしているの?」
いくら下っ端の伝令係であったとしても、アリシアは騎士。騎士道に反する行いをする者は見逃せない。
必要最小限の荷物を手に、ゆったりとしたワンピースをまとったアリシアは、馬車乗り場へと向かった。朝日が髪をやわらかく照らす。
街はどこか浮き足立っているようだった。市場の喧騒や行き交う人々の顔には、いつもより明るい喜びが漂っている。
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そんなことを考えながら、荷物片手に馬車乗り場へと向かっていたアリシアだが、肩に鳩がぱさっととまった。
「くるっぽ……」
「ぽっぽちゃん。あなた、ついてきたの?」
伝書鳩のぽっぽちゃん。
アリシアの相棒のような存在だ。遠くにいる対象者に、素早く正確に手紙を運ぶ。
しかし、ぽっぽちゃんは第二騎士団で管理している伝書鳩であるためアリシアの所有物ではない。誰かが鳩小屋を開けたときにするっと飛び出てきたに違いない。
帰りなさいと言っても帰らないだろう。ぽっぽちゃんはなぜかアリシアになついている。
ぽっぽちゃんは伝書鳩の中でも訓練された優秀な鳩だ。二百キロ以上離れた場所でも難なく手紙のやりとりができる。
二百キロといえば、王都セレからガネル子爵領までの直線距離くらい。馬車を使って向かうにはもう少し距離はあるが、ぽっぽちゃんなら、一日で王都セレとガネル子爵領を行って帰ってくることができる。
「私があなたを連れ出したって思われなければいいんだけど……」
ぼそりと呟くと、まるでその言葉を理解したかのように「ぽっぽっ」と鳴く。
「でも、あなたは馬車には乗れないわよ?」
問題ない、とでも言うかのようにハト胸を張ったように見えた。
アリシアが馬車乗り場でサバドの街へ向かう馬車の時間を調べようと足を向けたとき、ぽっぽちゃんがアリシアの服の裾をくちばしで挟んだ。まるで、行くなとでも言っているかのよう。
「ぽっぽちゃん?」
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「わかった、わかったから。引っ張らないでちょうだい」
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「ちょ……どこにいくの?」
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