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第二章(4)
「授業を見学される?」
「そうだ」
ボブはゆっくりと頷き、動揺するシアを励ますように言葉を続ける。
「あの養護院は身よりのない子どもを養育する施設だが、同時に学校に通えない子どもたちに学ぶ場を提供している」
この国では、学校に通えるのは貴族や裕福な家の子弟が中心だ。入学金や授業料を払えば誰でも通えるとはいえ、貧しい平民の子にはその機会がない。
それを変えたのが、モンクトン商会が始めた養護院での授業だ。学びたいという意志があれば、誰でも通える学校。
「そのかいがあってか、このサバドでは犯罪に手を染める子どもの数が大きく減ってきた。サバドで学んだ子が王都や他の街で活躍しているという話も聞くし、モンクトン商会でも立派な働きをしてくれている。そんな話が王太子の耳に届いたらしく、ぜひ授業の様子を見たいとのことだ」
意気揚々と話をするボブに対し、シアは自信なさげに背中を丸める。
そもそも王太子だなんて、雲の上の存在だ。今までの人生、これからの人生も含めて、絶対に交わらない世界線で生きている人だと思っていた。
「シアは立派な先生よ。自信を持ちなさい」
コリンナがぽんぽんとシアの肩を叩いて励ますが、過去の記憶がないというのはその自信を根こそぎ奪う。
「モンクトン商会の人たちは、よくしてくれますが……。私は自分の名前すらもわからない……」
シアが言葉に詰まると、コリンナが濁りない澄んだ青い目で真っすぐに見つめてきた。
「それでもあなたはシアで、ここに三年近くいる。その三年分の記憶はあるわけでしょう?」
「そうだけど……」
と、シアは口ごもる。
「モンクトン商会のシア。そしてヘリオスの母親。それでいいじゃないか。少なくとも俺たちはそう思っている」
ボブの言葉に、コリンナもうんうんと頷く。
「そうよ、シアはシア。それに……もし、シアが望めばなんだけれども……」
コリンナが急にもじもじと身をくねらせた。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「何かありました?」
「あ、うん。ちょっと頼まれたんだけれど……シアの好みの男性っていうか。まぁ、どんな男の人が好きなのかなって。シアのことが好きでヘリオスの父親にもなりたいっていう男性がいるんだけど」
確かに、好意の視線を向けられることはあった。シアもそれなりの年齢だ。さらに、モンクトン商会の会長夫妻も仲が良いから、シアを通して彼らとお近づきになりたいという下心を感じるときもある。
「そうですね。コリンナを利用せずに、自分の気持ちをきちんと伝えてくれる男性ですかね?」
「はははははは……そりゃ、そうだ。コリンナも誰に頼まれたのかわからないが……まぁ、うちの従業員だろう? 深くは追求しないでおくよ」
ボブが盛大に笑ったため、コリンナはバツが悪そうに頬を膨らませ、すぐにぷっと萎ませた。
「そうね。シアの言うとおりだわ。ま、私もその人だったら信用できるから、シアとヘリオスを任せたいっていう気持ちもあるのよね……とにかく、本人には、今の言葉を伝えておく。シアが好きなら自分で伝えなさいって」
あまりに直球で迫られても、慣れていないシアはついその気持ちを疑ってしまうかもしれない。
(あれ……? 以前にも……?)
誰かに好意を向けられ、それを信じられないと思う気持ちに、どこか引っかかりを覚えた。どうしてそう感じたのかは、さっぱりわからない。胸の奥に、わけのわからぬモヤモヤがたまっていく。
とにかく、王太子は十日後にサバドを訪れる。養護院の見学は他の場所を回った後になるため、恐らく後半だろう。
普段と変わらぬ様子でいいとボブは言うが、子どもたちにも心構えは必要である。だからといって、早すぎてもよくない。結局、当日の朝に伝えるのが無難だろうと、結論づけた。
それから、シアはモンクトン一家と夕食を共にした。シェリーがかいがいしくヘリオスの食事の世話をする様子は、とても微笑ましかった。
一日、一日、視察の日が近づくにつれ、シアの緊張も高まっていく。
「そうだ」
ボブはゆっくりと頷き、動揺するシアを励ますように言葉を続ける。
「あの養護院は身よりのない子どもを養育する施設だが、同時に学校に通えない子どもたちに学ぶ場を提供している」
この国では、学校に通えるのは貴族や裕福な家の子弟が中心だ。入学金や授業料を払えば誰でも通えるとはいえ、貧しい平民の子にはその機会がない。
それを変えたのが、モンクトン商会が始めた養護院での授業だ。学びたいという意志があれば、誰でも通える学校。
「そのかいがあってか、このサバドでは犯罪に手を染める子どもの数が大きく減ってきた。サバドで学んだ子が王都や他の街で活躍しているという話も聞くし、モンクトン商会でも立派な働きをしてくれている。そんな話が王太子の耳に届いたらしく、ぜひ授業の様子を見たいとのことだ」
意気揚々と話をするボブに対し、シアは自信なさげに背中を丸める。
そもそも王太子だなんて、雲の上の存在だ。今までの人生、これからの人生も含めて、絶対に交わらない世界線で生きている人だと思っていた。
「シアは立派な先生よ。自信を持ちなさい」
コリンナがぽんぽんとシアの肩を叩いて励ますが、過去の記憶がないというのはその自信を根こそぎ奪う。
「モンクトン商会の人たちは、よくしてくれますが……。私は自分の名前すらもわからない……」
シアが言葉に詰まると、コリンナが濁りない澄んだ青い目で真っすぐに見つめてきた。
「それでもあなたはシアで、ここに三年近くいる。その三年分の記憶はあるわけでしょう?」
「そうだけど……」
と、シアは口ごもる。
「モンクトン商会のシア。そしてヘリオスの母親。それでいいじゃないか。少なくとも俺たちはそう思っている」
ボブの言葉に、コリンナもうんうんと頷く。
「そうよ、シアはシア。それに……もし、シアが望めばなんだけれども……」
コリンナが急にもじもじと身をくねらせた。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「何かありました?」
「あ、うん。ちょっと頼まれたんだけれど……シアの好みの男性っていうか。まぁ、どんな男の人が好きなのかなって。シアのことが好きでヘリオスの父親にもなりたいっていう男性がいるんだけど」
確かに、好意の視線を向けられることはあった。シアもそれなりの年齢だ。さらに、モンクトン商会の会長夫妻も仲が良いから、シアを通して彼らとお近づきになりたいという下心を感じるときもある。
「そうですね。コリンナを利用せずに、自分の気持ちをきちんと伝えてくれる男性ですかね?」
「はははははは……そりゃ、そうだ。コリンナも誰に頼まれたのかわからないが……まぁ、うちの従業員だろう? 深くは追求しないでおくよ」
ボブが盛大に笑ったため、コリンナはバツが悪そうに頬を膨らませ、すぐにぷっと萎ませた。
「そうね。シアの言うとおりだわ。ま、私もその人だったら信用できるから、シアとヘリオスを任せたいっていう気持ちもあるのよね……とにかく、本人には、今の言葉を伝えておく。シアが好きなら自分で伝えなさいって」
あまりに直球で迫られても、慣れていないシアはついその気持ちを疑ってしまうかもしれない。
(あれ……? 以前にも……?)
誰かに好意を向けられ、それを信じられないと思う気持ちに、どこか引っかかりを覚えた。どうしてそう感じたのかは、さっぱりわからない。胸の奥に、わけのわからぬモヤモヤがたまっていく。
とにかく、王太子は十日後にサバドを訪れる。養護院の見学は他の場所を回った後になるため、恐らく後半だろう。
普段と変わらぬ様子でいいとボブは言うが、子どもたちにも心構えは必要である。だからといって、早すぎてもよくない。結局、当日の朝に伝えるのが無難だろうと、結論づけた。
それから、シアはモンクトン一家と夕食を共にした。シェリーがかいがいしくヘリオスの食事の世話をする様子は、とても微笑ましかった。
一日、一日、視察の日が近づくにつれ、シアの緊張も高まっていく。
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