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第二章(14)
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「そこまで」
ランドルフの声で、模擬戦は終わる。
一瞬、庭は静寂に包まれた。だが、すぐに子どもたちの歓声と拍手が爆発する。
「すげー」
「先生、かっこいい」
負けたのに、子どもたちからそのような声をかけられるとは思ってもいなかった。
気配を感じて顔を上げると、ジェイラスが手を差し出している。
「すまない……手加減ができなかった。いや、力を抜けば負けると思ったから……」
大人げなかったとでも言いたげなその口調に、シアも口元をほころばす。
「いえ……騎士様が本気を出してくださったからこそ、子どもたちにも思うところがあったようです」
そう言ってから彼の手を取った。
剣術の授業が終わり、子どもたちはそれぞれ帰って行く。王太子がボブや院長と話をしている間、養護院の子どもたちは、そのまま騎士たちを囲んでいた。
鍛えられた身体をベタベタと触っている様子を目にしたときは、シアもヒヤヒヤしたものだが、騎士、自ら腕まくりして筋肉自慢していたので、問題ないだろう。
子ども好きな人たちでよかったと、そんな気持ちで満たされていた。
「シア!」
いつもであればシアも帰る時間だからだろう。
ヘリオスを抱いたフランクがシェリーを連れて迎えに来ていた。
「ヘリオスが、ぐずってしまって……」
だからママのところにいこうと、フランクが連れ出してくれたらしい。フランクに抱っこされているヘリオスは「あ~あ~」と不機嫌な声をあげている。
「リオ、泣いてばかりなの」
シェリーも今にも泣きそうな顔をしている。
「ありがとう、二人とも。シェリー、パパとママは、今、院長先生たちとお話をしているみたい。もう少しで終わると思うから」
「シェリーはお姉さんよ? そのくらい、待っていられるわ」
「シェリーと一緒に僕がいるから。シアはリオを連れて早く帰ったほうがいいよ。会長たちには僕からも伝えておくし。それに、いつもなら帰る時間だよね?」
フランクからシアの腕にうつったヘリオスだが、泣いていたのは一目瞭然で、頬に乾いた涙の跡があった。
「もう、リオ。どうしたの?」
鼓動を感じるようにヘリオスを抱き寄せると、少しは落ち着いたのか、声色が変わった。
「どうやら、ママがいなくて寂しかったみたいだね」
フランクの言葉も間違いではないようだ。ヘリオスはシアの服をぎゅっと握って、離れまいとしている。
「フランク、いろいろとありがとう。では、私、先に帰りますね」
「うん、では、また」
フランクとシェリーが手を振って見送ってくれた。
シアはヘリオスを抱き直して、自宅へと向かう。夕暮れの街に、子どもたちの笑い声が響いてくる。養護院の子どもたちの声だ。
「シア……」
養護院の敷地を出たところで、いきなり名前を呼ばれた。振り返れば、先ほど手合わせをした騎士、ジェイラスが立っている。
「まま~、かえるよ~」
シアが立ち止まったのをヘリオスも敏感に感じ取ったようだ。
「本日はご足労いただき、ありがとうございました。息子がぐずっておりますので……これで失礼いたします」
ヘリオスは先ほどから不機嫌だ。ここ数日、街の様子がいつもと異なっていたこともあり、落ち着かないのだろう。
「待て……!」
「はい……?」
まさか、ここで彼から呼び止められるとは思ってもいなかった。
とにかくシアは、早く帰りたい。だけど、相手は王太子付きの近衛騎士。あからさまに、失礼な態度は取れない。
「俺はジェイラス……ジェイラス・ケンジット。俺と……結婚を前提に、付き合ってほしい」
シアの頭の中は真っ白になった。
ランドルフの声で、模擬戦は終わる。
一瞬、庭は静寂に包まれた。だが、すぐに子どもたちの歓声と拍手が爆発する。
「すげー」
「先生、かっこいい」
負けたのに、子どもたちからそのような声をかけられるとは思ってもいなかった。
気配を感じて顔を上げると、ジェイラスが手を差し出している。
「すまない……手加減ができなかった。いや、力を抜けば負けると思ったから……」
大人げなかったとでも言いたげなその口調に、シアも口元をほころばす。
「いえ……騎士様が本気を出してくださったからこそ、子どもたちにも思うところがあったようです」
そう言ってから彼の手を取った。
剣術の授業が終わり、子どもたちはそれぞれ帰って行く。王太子がボブや院長と話をしている間、養護院の子どもたちは、そのまま騎士たちを囲んでいた。
鍛えられた身体をベタベタと触っている様子を目にしたときは、シアもヒヤヒヤしたものだが、騎士、自ら腕まくりして筋肉自慢していたので、問題ないだろう。
子ども好きな人たちでよかったと、そんな気持ちで満たされていた。
「シア!」
いつもであればシアも帰る時間だからだろう。
ヘリオスを抱いたフランクがシェリーを連れて迎えに来ていた。
「ヘリオスが、ぐずってしまって……」
だからママのところにいこうと、フランクが連れ出してくれたらしい。フランクに抱っこされているヘリオスは「あ~あ~」と不機嫌な声をあげている。
「リオ、泣いてばかりなの」
シェリーも今にも泣きそうな顔をしている。
「ありがとう、二人とも。シェリー、パパとママは、今、院長先生たちとお話をしているみたい。もう少しで終わると思うから」
「シェリーはお姉さんよ? そのくらい、待っていられるわ」
「シェリーと一緒に僕がいるから。シアはリオを連れて早く帰ったほうがいいよ。会長たちには僕からも伝えておくし。それに、いつもなら帰る時間だよね?」
フランクからシアの腕にうつったヘリオスだが、泣いていたのは一目瞭然で、頬に乾いた涙の跡があった。
「もう、リオ。どうしたの?」
鼓動を感じるようにヘリオスを抱き寄せると、少しは落ち着いたのか、声色が変わった。
「どうやら、ママがいなくて寂しかったみたいだね」
フランクの言葉も間違いではないようだ。ヘリオスはシアの服をぎゅっと握って、離れまいとしている。
「フランク、いろいろとありがとう。では、私、先に帰りますね」
「うん、では、また」
フランクとシェリーが手を振って見送ってくれた。
シアはヘリオスを抱き直して、自宅へと向かう。夕暮れの街に、子どもたちの笑い声が響いてくる。養護院の子どもたちの声だ。
「シア……」
養護院の敷地を出たところで、いきなり名前を呼ばれた。振り返れば、先ほど手合わせをした騎士、ジェイラスが立っている。
「まま~、かえるよ~」
シアが立ち止まったのをヘリオスも敏感に感じ取ったようだ。
「本日はご足労いただき、ありがとうございました。息子がぐずっておりますので……これで失礼いたします」
ヘリオスは先ほどから不機嫌だ。ここ数日、街の様子がいつもと異なっていたこともあり、落ち着かないのだろう。
「待て……!」
「はい……?」
まさか、ここで彼から呼び止められるとは思ってもいなかった。
とにかくシアは、早く帰りたい。だけど、相手は王太子付きの近衛騎士。あからさまに、失礼な態度は取れない。
「俺はジェイラス……ジェイラス・ケンジット。俺と……結婚を前提に、付き合ってほしい」
シアの頭の中は真っ白になった。
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