【R18】記憶をなくした女騎士、子育てに奔走していたら元彼が追いかけてきたらしい

澤谷弥(さわたに わたる)

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第三章(9)

 モンクトン商会の屋敷からシアの住むアパートメントまでは、歩いて十分もかからない。傾きかけた太陽が長い影を落とす。

 ヘリオスはシアの腕の中でうとうととしており、眠くて不機嫌だったのではと思えてしまうほど。

「眠っているようですね。かわりましょうか?」

 フランクがヘリオスの顔をのぞき込む。

「すぐそこですから、大丈夫です」

 歩くたびにずり下がってくるヘリオスを抱き直し、シアは答えた。

「子どもの寝顔っていいですよね。見ているだけで心が和みます」

 フランクの言葉に、シアも同意する。

「私も、この顔に何度騙されたか、わかりません。子どもって悪魔のような天使ですよね。大人を振り回すだけ振り回して、最後はニコッと笑ってごめんなさいなんて言われたら、許すしかありませんよ」
「わかります。シェリーお嬢様は、その辺の使い方上手ですよ。僕たちも、コロッとやられてしまいますから」

 シェリーの愛嬌は両親譲りだろう。ボブにも似ているし、コリンナにも似ている。

 そう考えると、シアはふと虚しくなるのだ。
 ヘリオスの父親は、いったいどのような人物なのだろう。どうして側にいないのか。

 コリンナは『シアは実家に帰るところだったみたい』と、そう教えてくれた。

『だけど、その実家がどこかは聞いていなかったの。せめてご家族にシアが無事であることを、伝えられたら良いのだけれど』

 どこかでシアの家族は暮らしているのだろう。だが、ときどきこの世界にヘリオスと二人きりで取り残されたような気がして、心が乱れることもあった。
 記憶がないというのは、それほど心細いものなのだ。

「あ、今日の授業内容は、日誌に書いておきましたので」

 急に黙り込んだシアを不安に思ったようだ。フランクが明るい声をあげた。

「それから。昨日、騎士の方々からびっちりと剣術を習ったせいか、子どもたちが『身体が痛い』と言っていたんです。だから剣術の時間はなしにして、今日はゆっくりと休むように言いました」

 フランクがあの時間にモンクトンの屋敷にいた理由がわかった。今日はいつもより授業の時間が短かったのだ。

「そうなんですね。昨日は子どもたちもはしゃいでいましたから。無理をしたところで、怪我をしてしまいますからね。休むときは休む。それも必要なことですよね」

 そうやって学校の子どもたちの話をしていると、自宅に着いた。
 ヘリオスはシアの腕の中でぐっすりと眠っている。

「リオを預かりますよ。眠っているみたいですし」

 フランクの言葉に甘えて、ヘリオスを彼に預けた。自由になった手で家の鍵を開ける。

「ありがとうございます、フランク……あ、あの……」

 彼からヘリオスを受け取ろうとしたところで、シアは意を決する。

「よろしければ、その……夕食、食べていきませんか? たいしたものはお出しできないのですが……」
「あっ……え、と……」

 フランクも突然の誘いに驚いたのか、口をぱくぱくさせている。

 シアとしては、送ってくれたり、ヘリオスと遊んでくれたりするフランクへのささやかなお礼のつもりだった。

 断られても仕方ないと思いながら、自分でも大胆なことを口走ったと後悔し始めていた。
 しかしフランクが「あ、はい。ぜひ!」と誘いに応じてくれたので、少しだけ胸が軽くなる。彼の優しさに感謝しつつも、恋愛には踏み出せない自分を感じた。

「どうぞ、中に。リオ、重いですよね。そこのソファに寝かせてもらって大丈夫です。すぐにご飯の準備をしますから」
「はい!」

 フランクを居間に案内したシアは、白い腰エプロンをつけてキッチンに立った。キッチンと居間はつながっており、居間の向こう側の扉が寝室へと続く。

 ヘリオスと二人で暮らすには、過不足ない間取りである。

 シアは慌てて夕食の準備を始めた。ヘリオスが眠っているうちにという気持ちと、この時間に寝ていたら、夜は眠れないのではという思いが交錯する。

「あ、ごめん、シア。リオ、起きたみたい」

 フランクの声につられてヘリオスを見やると、彼はぱっちりと紫の瞳を大きく開けていた。その眼差しになぜかシアの心はかき乱される。

「フラン! おうち、いる。フラン、あそんで」

 やはり先ほどまで機嫌が悪かったのは、眠かったからなのだろう。ぱっと目を覚ましたヘリオスは、今度はフランクにかまってもらいたくて仕方ないらしい。

「フランク。すぐにご飯の準備をするので、ヘリオスをみてもらってもいいですか?」
「もちろん。おいで、リオ。ご飯ができるまで遊んでようか。何して遊ぶ?」

 ヘリオスをあやすフランクの笑顔に、胸が熱くなった。

 それに、食事の用意をしながらヘリオスの様子を気にしなくていいというのは、気持ち的に楽だった。
 今日は、港へ行ったときに、馴染みの商人からベリーのジャムをもらっていた。それから干し肉も。

(パンはまだ残っているし。干し肉はシチューにして……)

 料理のために火を起こすのも、魔石を使う。また食料保存にも魔石を用いれば、長期保存も可能となる。それだけ魔石は生活に根ざしていた。

(魔石……)

 火をつけるために魔石を手にして、シアははっとする。
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