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†ジェイラスの希望(2)
アリシアが目覚めるまで、ボブの執務室で彼と話をしていた。
ボブは、シアについて教えてくれた。
シアという名前は、コリンナとシェリーが彼女をそう呼んでいるだけで、本名かどうかはわからない。知能も運動能力も高く、驚くほど多才な彼女だが、自身の過去については何も覚えていない。
それでも、彼女はシェリーの命の恩人であり、記憶を失った彼女を見捨てることはできなかったとボブは言う。
だが、ただ養われるだけの生活をシア自身が嫌がったため、養護院で子どもたちに勉強を教える役割を与えたが、これが彼女にとっては天職だったようだ。彼女の下で学んだ子どもたちは、国内外問わず活躍しているらしい。
これはランドルフから見せられた報告書の内容とも一致している。
ジェイラスはボブから話を聞けば聞くほど、複雑な感情に支配された。アリシアはここで新たな生活を築き、重要な役割を果たしている。
だが、ジェイラスは彼女の過去を呼び戻したい。その結果、今の生活を奪うかもしれない。
その葛藤が、彼の心を重くした。
「だから、私はあの記憶喪失が魔法のせいではないかと思ったのですよ」
そこでボブは顔を曇らせた。
魔法は魔力を用いる。また、魔力が込められた石を魔石と呼んでいるが、魔法が使えぬ人間も魔石の力を利用することはできる。
しかし稀に、魔力を備えている人間がいて、そういった者たちが魔法を使えるのだ。
「シアの失われた記憶は、彼女自身に関するものだけです。ここに来るまでの記憶をすべて失ったなら、この街がどこで、どんな場所なのかもわからないはず。だが、彼女はサバドの街の代表の名を知っていた。この街の特徴も、ギニー国の言葉も理解している。わからないのは、シア自身のことだけ。息子の父親すら覚えていない」
ボブの視線は、ジェイラスの心を見透かすようだった。魔法による記憶喪失という言葉が、ジェイラスの胸に深く響く。
いったい、それはどういうことなのか。
そのとき、扉を叩く音が響き、サマンサが現れた。
「シアさんがお目覚めになりました」
ジェイラスはサマンサに手伝ってもらいながら解毒薬を作って、アリシアが休む部屋へと向かった。
扉をノックする瞬間、柄にもなく緊張した。手は震えていたかもしれない。
「……はい」
部屋から彼女の声が聞こえ、心が揺さぶられた。
「ジェイラス……さん?」
寝台の上で彼女は身体を起こしていた。しかし、その足元には何かがある。ぬいぐるみかと思ったら子どもだ。
彼女の傷の具合を確かめながらも、ジェイラスはしがみついている子どもから目を離せなかった。
「息子です。そこで眠ってしまったみたいで」
アリシアの声は弱々しかったが、息子を見つめる目は温かかった。
彼女が気を失っているうちにやってきて、そのまま母親にしがみついて眠ってしまったらしい。だがそのままにしておけば風邪を引いてしまうだろう。
「この子の名前を聞いてもいいか?」
できるだけ平静を装ったつもりだ。それでも内心は期待と不安で押しつぶされそうだった。
もしかしたらジェイラスの子かもしれない。いや、この子の特徴からいっても、間違いなくケンジット家の血を引いている。
「ヘリオスといいます」
「ヘリオス……」
その名を聞いた瞬間、ジェイラスの胸に熱いものがこみ上げた。
間違いない。ヘリオスはジェイラスの子だ。そして、アリシアは無意識のうちにその名を覚えていたのだ。
三年前、恋人同士の戯れで、一度だけ、子を授かったらどんな名前をつけたいかという話をしたことがあった。
『……ラスと似た名前がいい』
いつもの情交のあと、少しだけ恥じらいながら彼女はそう言った。シーツにくるまり、頬をほのかに染めた彼女の姿が、今もジェイラスの記憶に焼きついている。
『俺に似た名前?』
『そう。男の人って、不安になるって聞いたの。本当に自分の子かって。だから、ラスがそんなことを思わないように、不安にならないように、ラスに似た名前をつけるの。そうすれば、名前を聞いただけでも、ラスの子だなって、みんなわかるでしょ?』
『俺の子は俺に似るから、俺は俺の子だって自信をもって言える』
『そんなの、わからないじゃない。めちゃくちゃ私に似るかもしれないし。ラスの要素が一個もないかもしれないよ?』
それもあり得ない話ではない。
『だからね、名前だけはラスに似たのがいいかなって』
そこで彼女は、男の子だったら、女の子だったらと、いくつか名前の候補をあげ、そのうちの一つがヘリオスだった。
ボブは、シアについて教えてくれた。
シアという名前は、コリンナとシェリーが彼女をそう呼んでいるだけで、本名かどうかはわからない。知能も運動能力も高く、驚くほど多才な彼女だが、自身の過去については何も覚えていない。
それでも、彼女はシェリーの命の恩人であり、記憶を失った彼女を見捨てることはできなかったとボブは言う。
だが、ただ養われるだけの生活をシア自身が嫌がったため、養護院で子どもたちに勉強を教える役割を与えたが、これが彼女にとっては天職だったようだ。彼女の下で学んだ子どもたちは、国内外問わず活躍しているらしい。
これはランドルフから見せられた報告書の内容とも一致している。
ジェイラスはボブから話を聞けば聞くほど、複雑な感情に支配された。アリシアはここで新たな生活を築き、重要な役割を果たしている。
だが、ジェイラスは彼女の過去を呼び戻したい。その結果、今の生活を奪うかもしれない。
その葛藤が、彼の心を重くした。
「だから、私はあの記憶喪失が魔法のせいではないかと思ったのですよ」
そこでボブは顔を曇らせた。
魔法は魔力を用いる。また、魔力が込められた石を魔石と呼んでいるが、魔法が使えぬ人間も魔石の力を利用することはできる。
しかし稀に、魔力を備えている人間がいて、そういった者たちが魔法を使えるのだ。
「シアの失われた記憶は、彼女自身に関するものだけです。ここに来るまでの記憶をすべて失ったなら、この街がどこで、どんな場所なのかもわからないはず。だが、彼女はサバドの街の代表の名を知っていた。この街の特徴も、ギニー国の言葉も理解している。わからないのは、シア自身のことだけ。息子の父親すら覚えていない」
ボブの視線は、ジェイラスの心を見透かすようだった。魔法による記憶喪失という言葉が、ジェイラスの胸に深く響く。
いったい、それはどういうことなのか。
そのとき、扉を叩く音が響き、サマンサが現れた。
「シアさんがお目覚めになりました」
ジェイラスはサマンサに手伝ってもらいながら解毒薬を作って、アリシアが休む部屋へと向かった。
扉をノックする瞬間、柄にもなく緊張した。手は震えていたかもしれない。
「……はい」
部屋から彼女の声が聞こえ、心が揺さぶられた。
「ジェイラス……さん?」
寝台の上で彼女は身体を起こしていた。しかし、その足元には何かがある。ぬいぐるみかと思ったら子どもだ。
彼女の傷の具合を確かめながらも、ジェイラスはしがみついている子どもから目を離せなかった。
「息子です。そこで眠ってしまったみたいで」
アリシアの声は弱々しかったが、息子を見つめる目は温かかった。
彼女が気を失っているうちにやってきて、そのまま母親にしがみついて眠ってしまったらしい。だがそのままにしておけば風邪を引いてしまうだろう。
「この子の名前を聞いてもいいか?」
できるだけ平静を装ったつもりだ。それでも内心は期待と不安で押しつぶされそうだった。
もしかしたらジェイラスの子かもしれない。いや、この子の特徴からいっても、間違いなくケンジット家の血を引いている。
「ヘリオスといいます」
「ヘリオス……」
その名を聞いた瞬間、ジェイラスの胸に熱いものがこみ上げた。
間違いない。ヘリオスはジェイラスの子だ。そして、アリシアは無意識のうちにその名を覚えていたのだ。
三年前、恋人同士の戯れで、一度だけ、子を授かったらどんな名前をつけたいかという話をしたことがあった。
『……ラスと似た名前がいい』
いつもの情交のあと、少しだけ恥じらいながら彼女はそう言った。シーツにくるまり、頬をほのかに染めた彼女の姿が、今もジェイラスの記憶に焼きついている。
『俺に似た名前?』
『そう。男の人って、不安になるって聞いたの。本当に自分の子かって。だから、ラスがそんなことを思わないように、不安にならないように、ラスに似た名前をつけるの。そうすれば、名前を聞いただけでも、ラスの子だなって、みんなわかるでしょ?』
『俺の子は俺に似るから、俺は俺の子だって自信をもって言える』
『そんなの、わからないじゃない。めちゃくちゃ私に似るかもしれないし。ラスの要素が一個もないかもしれないよ?』
それもあり得ない話ではない。
『だからね、名前だけはラスに似たのがいいかなって』
そこで彼女は、男の子だったら、女の子だったらと、いくつか名前の候補をあげ、そのうちの一つがヘリオスだった。
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