【R18】記憶をなくした女騎士、子育てに奔走していたら元彼が追いかけてきたらしい

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
55 / 94

第四章(11)

 結局シアは、ジェイラスから話を聞けずにいた。

 目が覚めたヘリオスはジェイラスにすっかり懐き、一緒に食事を終えるまで彼の側を離れなかった。夕食のテーブルを囲む二人の姿を目にしたシアの胸には、温かさと同時にざわめきがこみ上げてきた。
 それに、ヘリオスの前で話せる内容ではない。

 授業の合間の昼休憩なら、ジェイラスと二人きりになれるかもしれない。だが、そんな話をした後、平静を装って授業を続けられるだろうか。ジェイラスが何を語るのか、シアには想像もつかなかった。不安と期待が交錯し、心は揺れ動く。

 結局、悩んだ末に、学校の授業がない日を選び、モンクトン商会の屋敷でジェイラスと話をする場を設けることにした。

 ジェイラスは、「どうせなら、ボブにも話を聞いてもらいたい」と提案した。シアは自分の不安を抑えるため、コリンナの同席を求めた。

 時間はヘリオスが昼寝をする午後。普段なら、彼は一時間以上ぐっすり眠るはずだ。
 場所は応接室。シアはコリンナと並んで座り、向かい側にジェイラスが腰をおろした。ボブはそんな彼らを見守るような位置に座っている。

 シアの胸は、緊張で痛いほど高鳴っていた。この場があまりにも重く、喉は乾き、息を整えるのも難しかった。

「つまり、ジェイラスさんはシアの素性を知っていると?」

 ボブの落ち着いた声が、静かな部屋に響いた。
 ジェイラスとボブは何度も顔を合わせてきたせいか、二人の間には親密な信頼感が漂う。

「恐らく、そうだろうという話であって、絶対ではないのだが……」

 ジェイラスは慎重に前置きし、言葉を選びながら続けた。

「彼女が自身に関する記憶を失っているため、それを証明する手段がない。それを承知のうえで聞いてほしい」

 テーブルの上に置かれているお茶に、誰も手をつけない。白い湯気がゆらゆらと立ち上っては消えていく。

「シアは、恐らくアリシア・ガネル。ガネル子爵家の令嬢、王国騎士団、第二騎士団に所属する人物だ」

 その言葉にシアの心は凍りついた。自分のことだと言われても、まるで遠い物語の登場人物のようで信じられなかった。頭の中で言葉を理解するが、現実感はまるでない。

「ヘリオスは……俺とアリシアの子……だと、思っている……」

 その告白に、ボブもコリンナも驚いた様子はなかった。どちらかといえば「ああ、やっぱり」と納得した感じである。
 シアはそんな彼らの反応に戸惑い、まるで自分が場違いな存在のように思えてきた。

「つまり、シアとジェイラスさんは、結婚されていた?」

 コリンナの質問に、シアはどこか他人事のような気分で耳を傾けた。自分の過去が語られているのに、心が追いつかない。

「いや。結婚を前提とした付き合いをしていた……つもりだ」

 ジェイラスの最後の言葉は、吐息と共に消えていく。

「シアが女性騎士というのであれば、あのときのあなたの行動も納得できるわ」

 コリンナの目は遠くを見つめ、過去の記憶を辿っているかのよう。

「あのときのシアはとても勇敢だったわ。シアが通りかかってくれなかったら、私たちは今頃、ここにいなかったかもしれない。だからシアには無理を言って、サバドまで一緒に来てもらうことにしたの」

 何度もコリンナから聞かされ感謝を伝えられた話だが、それでもシアにはまったく覚えがない。

「王都からサバドへ移動中、急に馬が暴れ出したの。そのまま馬車に乗り続けるのは危険だってフランクが言って、私たちは馬車から飛び降りたわ。シアはシェリーをしっかりと守ってくれたのよ」

 ジェイラスは満足そうに頷いたが、シアにはその記憶がまるでない。まるで別人の物語を聞いているような気分だった。

「だけど、あなたが王国騎士団に所属する騎士だと聞いたら……納得できるかもしれないわ」

 コリンナの顔は、感謝してもしきれない様子を物語っている。彼女のあたたかい眼差しに胸を締めつけられつつも、自分の過去が遠い霧の向こうにあるような感覚に襲われた。


感想 27

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。