55 / 94
第四章(11)
しおりを挟む
結局シアは、ジェイラスから話を聞けずにいた。
目が覚めたヘリオスはジェイラスにすっかり懐き、一緒に食事を終えるまで彼の側を離れなかった。夕食のテーブルを囲む二人の姿を目にしたシアの胸には、温かさと同時にざわめきがこみ上げてきた。
それに、ヘリオスの前で話せる内容ではない。
授業の合間の昼休憩なら、ジェイラスと二人きりになれるかもしれない。だが、そんな話をした後、平静を装って授業を続けられるだろうか。ジェイラスが何を語るのか、シアには想像もつかなかった。不安と期待が交錯し、心は揺れ動く。
結局、悩んだ末に、学校の授業がない日を選び、モンクトン商会の屋敷でジェイラスと話をする場を設けることにした。
ジェイラスは、「どうせなら、ボブにも話を聞いてもらいたい」と提案した。シアは自分の不安を抑えるため、コリンナの同席を求めた。
時間はヘリオスが昼寝をする午後。普段なら、彼は一時間以上ぐっすり眠るはずだ。
場所は応接室。シアはコリンナと並んで座り、向かい側にジェイラスが腰をおろした。ボブはそんな彼らを見守るような位置に座っている。
シアの胸は、緊張で痛いほど高鳴っていた。この場があまりにも重く、喉は乾き、息を整えるのも難しかった。
「つまり、ジェイラスさんはシアの素性を知っていると?」
ボブの落ち着いた声が、静かな部屋に響いた。
ジェイラスとボブは何度も顔を合わせてきたせいか、二人の間には親密な信頼感が漂う。
「恐らく、そうだろうという話であって、絶対ではないのだが……」
ジェイラスは慎重に前置きし、言葉を選びながら続けた。
「彼女が自身に関する記憶を失っているため、それを証明する手段がない。それを承知のうえで聞いてほしい」
テーブルの上に置かれているお茶に、誰も手をつけない。白い湯気がゆらゆらと立ち上っては消えていく。
「シアは、恐らくアリシア・ガネル。ガネル子爵家の令嬢、王国騎士団、第二騎士団に所属する人物だ」
その言葉にシアの心は凍りついた。自分のことだと言われても、まるで遠い物語の登場人物のようで信じられなかった。頭の中で言葉を理解するが、現実感はまるでない。
「ヘリオスは……俺とアリシアの子……だと、思っている……」
その告白に、ボブもコリンナも驚いた様子はなかった。どちらかといえば「ああ、やっぱり」と納得した感じである。
シアはそんな彼らの反応に戸惑い、まるで自分が場違いな存在のように思えてきた。
「つまり、シアとジェイラスさんは、結婚されていた?」
コリンナの質問に、シアはどこか他人事のような気分で耳を傾けた。自分の過去が語られているのに、心が追いつかない。
「いや。結婚を前提とした付き合いをしていた……つもりだ」
ジェイラスの最後の言葉は、吐息と共に消えていく。
「シアが女性騎士というのであれば、あのときのあなたの行動も納得できるわ」
コリンナの目は遠くを見つめ、過去の記憶を辿っているかのよう。
「あのときのシアはとても勇敢だったわ。シアが通りかかってくれなかったら、私たちは今頃、ここにいなかったかもしれない。だからシアには無理を言って、サバドまで一緒に来てもらうことにしたの」
何度もコリンナから聞かされ感謝を伝えられた話だが、それでもシアにはまったく覚えがない。
「王都からサバドへ移動中、急に馬が暴れ出したの。そのまま馬車に乗り続けるのは危険だってフランクが言って、私たちは馬車から飛び降りたわ。シアはシェリーをしっかりと守ってくれたのよ」
ジェイラスは満足そうに頷いたが、シアにはその記憶がまるでない。まるで別人の物語を聞いているような気分だった。
「だけど、あなたが王国騎士団に所属する騎士だと聞いたら……納得できるかもしれないわ」
コリンナの顔は、感謝してもしきれない様子を物語っている。彼女のあたたかい眼差しに胸を締めつけられつつも、自分の過去が遠い霧の向こうにあるような感覚に襲われた。
目が覚めたヘリオスはジェイラスにすっかり懐き、一緒に食事を終えるまで彼の側を離れなかった。夕食のテーブルを囲む二人の姿を目にしたシアの胸には、温かさと同時にざわめきがこみ上げてきた。
それに、ヘリオスの前で話せる内容ではない。
授業の合間の昼休憩なら、ジェイラスと二人きりになれるかもしれない。だが、そんな話をした後、平静を装って授業を続けられるだろうか。ジェイラスが何を語るのか、シアには想像もつかなかった。不安と期待が交錯し、心は揺れ動く。
結局、悩んだ末に、学校の授業がない日を選び、モンクトン商会の屋敷でジェイラスと話をする場を設けることにした。
ジェイラスは、「どうせなら、ボブにも話を聞いてもらいたい」と提案した。シアは自分の不安を抑えるため、コリンナの同席を求めた。
時間はヘリオスが昼寝をする午後。普段なら、彼は一時間以上ぐっすり眠るはずだ。
場所は応接室。シアはコリンナと並んで座り、向かい側にジェイラスが腰をおろした。ボブはそんな彼らを見守るような位置に座っている。
シアの胸は、緊張で痛いほど高鳴っていた。この場があまりにも重く、喉は乾き、息を整えるのも難しかった。
「つまり、ジェイラスさんはシアの素性を知っていると?」
ボブの落ち着いた声が、静かな部屋に響いた。
ジェイラスとボブは何度も顔を合わせてきたせいか、二人の間には親密な信頼感が漂う。
「恐らく、そうだろうという話であって、絶対ではないのだが……」
ジェイラスは慎重に前置きし、言葉を選びながら続けた。
「彼女が自身に関する記憶を失っているため、それを証明する手段がない。それを承知のうえで聞いてほしい」
テーブルの上に置かれているお茶に、誰も手をつけない。白い湯気がゆらゆらと立ち上っては消えていく。
「シアは、恐らくアリシア・ガネル。ガネル子爵家の令嬢、王国騎士団、第二騎士団に所属する人物だ」
その言葉にシアの心は凍りついた。自分のことだと言われても、まるで遠い物語の登場人物のようで信じられなかった。頭の中で言葉を理解するが、現実感はまるでない。
「ヘリオスは……俺とアリシアの子……だと、思っている……」
その告白に、ボブもコリンナも驚いた様子はなかった。どちらかといえば「ああ、やっぱり」と納得した感じである。
シアはそんな彼らの反応に戸惑い、まるで自分が場違いな存在のように思えてきた。
「つまり、シアとジェイラスさんは、結婚されていた?」
コリンナの質問に、シアはどこか他人事のような気分で耳を傾けた。自分の過去が語られているのに、心が追いつかない。
「いや。結婚を前提とした付き合いをしていた……つもりだ」
ジェイラスの最後の言葉は、吐息と共に消えていく。
「シアが女性騎士というのであれば、あのときのあなたの行動も納得できるわ」
コリンナの目は遠くを見つめ、過去の記憶を辿っているかのよう。
「あのときのシアはとても勇敢だったわ。シアが通りかかってくれなかったら、私たちは今頃、ここにいなかったかもしれない。だからシアには無理を言って、サバドまで一緒に来てもらうことにしたの」
何度もコリンナから聞かされ感謝を伝えられた話だが、それでもシアにはまったく覚えがない。
「王都からサバドへ移動中、急に馬が暴れ出したの。そのまま馬車に乗り続けるのは危険だってフランクが言って、私たちは馬車から飛び降りたわ。シアはシェリーをしっかりと守ってくれたのよ」
ジェイラスは満足そうに頷いたが、シアにはその記憶がまるでない。まるで別人の物語を聞いているような気分だった。
「だけど、あなたが王国騎士団に所属する騎士だと聞いたら……納得できるかもしれないわ」
コリンナの顔は、感謝してもしきれない様子を物語っている。彼女のあたたかい眼差しに胸を締めつけられつつも、自分の過去が遠い霧の向こうにあるような感覚に襲われた。
505
あなたにおすすめの小説
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
「出来損ないの妖精姫」と侮辱され続けた私。〜「一生お護りします」と誓った専属護衛騎士は、後悔する〜
高瀬船
恋愛
「出来損ないの妖精姫と、どうして俺は……」そんな悲痛な声が、部屋の中から聞こえた。
「愚かな過去の自分を呪いたい」そう呟くのは、自分の専属護衛騎士で、最も信頼し、最も愛していた人。
かつては愛おしげに細められていた目は、今は私を蔑むように細められ、かつては甘やかな声で私の名前を呼んでいてくれた声は、今は侮辱を込めて私の事を「妖精姫」と呼ぶ。
でも、かつては信頼し合い、契約を結んだ人だから。
私は、自分の専属護衛騎士を最後まで信じたい。
だけど、四年に一度開催される祭典の日。
その日、私は専属護衛騎士のフォスターに完全に見限られてしまう。
18歳にもなって、成長しない子供のような見た目、衰えていく魔力と魔法の腕。
もう、うんざりだ、と言われてフォスターは私の義妹、エルローディアの専属護衛騎士になりたい、と口にした。
絶望の淵に立たされた私に、幼馴染の彼が救いの手を伸ばしてくれた。
「ウェンディ・ホプリエル嬢。俺と専属護衛騎士の契約を結んで欲しい」
かつては、私を信頼し、私を愛してくれていた前専属護衛騎士。
その彼、フォスターは幼馴染と契約を結び直した私が起こす数々の奇跡に、深く後悔をしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる