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第五章(2)
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「ああ、聞いた。あの暗殺者、素人だろうとは思っていたが……使い捨てだな」
「そのようですね。呪詛の解析は?」
「それはエイミが行っている。意気揚々と監察していたからな……あの死体、元の形に戻ればいいが……」
エイミとは魔法師長だ。また、監察といえば聞こえがいいが、つまりは解剖である。死因に魔法が絡んでいる場合、どこまで魔力が浸透していたのかを確認するため、血液から内臓、脳まで調べる必要があった。
「だが、症状から心臓の動きを止める呪詛だろうとは言っていたな。それを裏付けるための監察だ」
ジェイラスにはその詳細はわからないが、魔法師たちの仕事に委ねるしかない。
「それから、アリシア・ガネルと息子のヘリオスを連れてきました」
ジェイラスの報告に、ランドルフが興味深そうに目を細める。
「アリシア嬢に変化は?」
「ここに来て、懐かしい感覚があるとは言っていましたが。自分が騎士団にいたときの記憶はさっぱりですね」
「記憶は複雑に絡み合っているからな。ここに来て、当時の記憶が刺激され、思い出すことを期待したが……。やはり彼女の記憶は操作されていると考えていいだろうな。記憶の境目は、三年前、彼女がいなくなったときか……?」
ランドルフが顎をさすり、思案するように呟いた。
ジェイラスの胸に、彼女の記憶を巡る不安が広がっていく。
「明日、ガネル子爵夫妻がこちらに来る。まずは、モンクトン商会のシアがアリシア・ガネルであるかどうかをはっきりさせよう」
「彼女はアリシアで間違いありません」
ジェイラスはシアがアリシアだと信じて疑わない。だが、ランドルフはそうではない。いや、彼だってシアがアリシアだと考えているようだが、確実な証拠が欲しいのだ。
ランドルフは首を横に振って答える。
「脳内お花畑のおまえの言葉は信じないと言っているだろう? とにかく、彼女がアリシア・ガネルだと判明したら、エイミに記憶解析をしてもらう」
「ホーガンではなく?」
「暗殺者の呪詛もホーガンでは見抜けなかった。同等の魔法師がアリシア嬢を狙ったと考えれば、ホーガンでは敵わない。面倒ではあるがエイミに頼むしかない」
ランドルフが面倒だと口にするくらい、エイミもなかなか癖のある人間だ。だが、それでも魔法師長。頼らざるを得ない。
「今日はおまえもゆっくり休め。できればシア嬢には出歩かないでほしいところだが……そうだな、庭くらいなら連れ出してもいい。知り合いに会うかもしれないが、それも刺激になっていいだろう」
「承知しました」
ランドルフが机の上の書類を手にする。それは、話は終わりという合図だ。
もう一度頭を下げたジェイラスは、アリシアたちが待つ自室へと足を向ける。心なしか、足取りが軽い気がしたが、それは決して気のせいではない。
三年間、捜しまわった彼女が生きていた。それだけでない。二人の子どもまで授かっていた。これを喜ばずにいられるか。
しかし、部屋に戻ると、室内はシンと静まり返っていた。ヘリオスのはしゃぐ声と、それを宥めるアリシアの声を期待していたのに、それが聞こえない。
「……シア?」
ジェイラスの心に、不安の影が押し寄せてきた。室内をくまなく探し回ろうとしたが、その考えはすぐに変わった。静かな室内に響くのは、微かな寝息。
ソファで横になっているアリシアの姿が見えた。ヘリオスも彼女に抱かれるようにして眠っている。慣れない馬車の旅で疲れたのだろう。ほんの少し前には、眠くないと言っていたヘリオスだというのに。
起こす必要はないが、このままでは風邪を引いてしまう。
ジェイラスはそっと毛布を持ち、二人にふわりとかけた。
「んっ……」
柔らかな毛布が彼女の肩に触れた瞬間、少しだけ身じろいだ。だが、起きる気配はなさそうだ。ヘリオスもすやすやとよく眠っている。
「シア……」
三年前と変わらぬ美しさに、胸に熱い感情が込み上げた。再会できた喜びと、彼女を失った虚しさが複雑に絡み合う。
あのとき、求婚を受け入れてくれたと思ったのに、どうして黙ってジェイラスの前から姿を消したのか。その理由がわからなかった。
三年前、ランドルフとクラリッサの結婚パーティーが開かれた。いつもは護衛にまわるジェイラスが騎士団の正装で出席したため、普段は感じない視線がまとわりついた。さらに「隣の女性は誰だ」とささやく声も聞こえてきた。
ドレス姿のアリシアは輝き、第二騎士団の伝令係とは思えないほど魅力的だった。他の男たちが彼女に声をかけようとするのを、ジェイラスは鋭い視線で追い払った。
そして彼女とは、一緒にダンスを踊り、言葉を交わし、愛を確かめ合ったはずだったのに――。
「そのようですね。呪詛の解析は?」
「それはエイミが行っている。意気揚々と監察していたからな……あの死体、元の形に戻ればいいが……」
エイミとは魔法師長だ。また、監察といえば聞こえがいいが、つまりは解剖である。死因に魔法が絡んでいる場合、どこまで魔力が浸透していたのかを確認するため、血液から内臓、脳まで調べる必要があった。
「だが、症状から心臓の動きを止める呪詛だろうとは言っていたな。それを裏付けるための監察だ」
ジェイラスにはその詳細はわからないが、魔法師たちの仕事に委ねるしかない。
「それから、アリシア・ガネルと息子のヘリオスを連れてきました」
ジェイラスの報告に、ランドルフが興味深そうに目を細める。
「アリシア嬢に変化は?」
「ここに来て、懐かしい感覚があるとは言っていましたが。自分が騎士団にいたときの記憶はさっぱりですね」
「記憶は複雑に絡み合っているからな。ここに来て、当時の記憶が刺激され、思い出すことを期待したが……。やはり彼女の記憶は操作されていると考えていいだろうな。記憶の境目は、三年前、彼女がいなくなったときか……?」
ランドルフが顎をさすり、思案するように呟いた。
ジェイラスの胸に、彼女の記憶を巡る不安が広がっていく。
「明日、ガネル子爵夫妻がこちらに来る。まずは、モンクトン商会のシアがアリシア・ガネルであるかどうかをはっきりさせよう」
「彼女はアリシアで間違いありません」
ジェイラスはシアがアリシアだと信じて疑わない。だが、ランドルフはそうではない。いや、彼だってシアがアリシアだと考えているようだが、確実な証拠が欲しいのだ。
ランドルフは首を横に振って答える。
「脳内お花畑のおまえの言葉は信じないと言っているだろう? とにかく、彼女がアリシア・ガネルだと判明したら、エイミに記憶解析をしてもらう」
「ホーガンではなく?」
「暗殺者の呪詛もホーガンでは見抜けなかった。同等の魔法師がアリシア嬢を狙ったと考えれば、ホーガンでは敵わない。面倒ではあるがエイミに頼むしかない」
ランドルフが面倒だと口にするくらい、エイミもなかなか癖のある人間だ。だが、それでも魔法師長。頼らざるを得ない。
「今日はおまえもゆっくり休め。できればシア嬢には出歩かないでほしいところだが……そうだな、庭くらいなら連れ出してもいい。知り合いに会うかもしれないが、それも刺激になっていいだろう」
「承知しました」
ランドルフが机の上の書類を手にする。それは、話は終わりという合図だ。
もう一度頭を下げたジェイラスは、アリシアたちが待つ自室へと足を向ける。心なしか、足取りが軽い気がしたが、それは決して気のせいではない。
三年間、捜しまわった彼女が生きていた。それだけでない。二人の子どもまで授かっていた。これを喜ばずにいられるか。
しかし、部屋に戻ると、室内はシンと静まり返っていた。ヘリオスのはしゃぐ声と、それを宥めるアリシアの声を期待していたのに、それが聞こえない。
「……シア?」
ジェイラスの心に、不安の影が押し寄せてきた。室内をくまなく探し回ろうとしたが、その考えはすぐに変わった。静かな室内に響くのは、微かな寝息。
ソファで横になっているアリシアの姿が見えた。ヘリオスも彼女に抱かれるようにして眠っている。慣れない馬車の旅で疲れたのだろう。ほんの少し前には、眠くないと言っていたヘリオスだというのに。
起こす必要はないが、このままでは風邪を引いてしまう。
ジェイラスはそっと毛布を持ち、二人にふわりとかけた。
「んっ……」
柔らかな毛布が彼女の肩に触れた瞬間、少しだけ身じろいだ。だが、起きる気配はなさそうだ。ヘリオスもすやすやとよく眠っている。
「シア……」
三年前と変わらぬ美しさに、胸に熱い感情が込み上げた。再会できた喜びと、彼女を失った虚しさが複雑に絡み合う。
あのとき、求婚を受け入れてくれたと思ったのに、どうして黙ってジェイラスの前から姿を消したのか。その理由がわからなかった。
三年前、ランドルフとクラリッサの結婚パーティーが開かれた。いつもは護衛にまわるジェイラスが騎士団の正装で出席したため、普段は感じない視線がまとわりついた。さらに「隣の女性は誰だ」とささやく声も聞こえてきた。
ドレス姿のアリシアは輝き、第二騎士団の伝令係とは思えないほど魅力的だった。他の男たちが彼女に声をかけようとするのを、ジェイラスは鋭い視線で追い払った。
そして彼女とは、一緒にダンスを踊り、言葉を交わし、愛を確かめ合ったはずだったのに――。
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