【R18】記憶をなくした女騎士、子育てに奔走していたら元彼が追いかけてきたらしい

澤谷弥(さわたに わたる)

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第五章(3)

*†~†~†~†~*

 ぱさりとやわらかな音がして、シアははっと目を開けた。身体を動かした拍子に、毛布がソファの下に滑り落ちていた。

 ぼんやりとした頭で、ここはどこだと考える。いつもと異なるにおいで、ここが住み慣れた自宅ではないと理解した。

 身体を起こし、ソファの下の毛布を拾い上げ、隣でまだ眠るヘリオスにそっとかけた。

 ひどく喉が渇いていた。

 記憶を取り戻すと決意し、ジェイラスとともに王都へとやってきた。

 ボブやコリンナたちは「いつでも遊びに来て」とにこやかに手を振って送り出してくれた。彼らがいてくれたからこそ、何もないシアが三年間もサバドで暮らせたのだ。

 だが、フランクの沈んだ表情が脳裏に浮かぶ。彼だけは別れを惜しむかのように、目を伏せていた。
 ジェイラスと出会わなければ、フランクとの仲も進展していたかもしれない。互いに恋愛に対して臆病で、あと一歩が踏み出せない関係だった。

 そんな二人だからこそ「別れましょう」とか「終わりにしましょう」とか、そういった言葉を口にするのも不自然だった。
 それでもシアはフランクに、王都へ行くこと、今まで世話になった感謝の気持ちだけは伝えた。彼もその言葉を受け入れ「身体に気をつけて」と呟いたが、その声には寂しさがにじんでいた。シアの心の中には、ほろ苦い後悔が生まれた。

 ジェイラスとの出会いは、シアの人生を大きく変えた。何よりも彼は、過去のシアを知っていると言う。

 ソファから立ち上がり、飲み物が用意されているワゴンへと近づいた。

 王城に足を踏み入れた瞬間から、なんとなく懐かしい気持ちが胸を支配した。この部屋も、どこか知っているような気がする。高い天井、ふかふかの絨毯、繊細な幾何学模様が施された壁紙。そんななか洗練された調度品が並ぶが、部屋の主の性格を表すのか、落ち着いた茶系統で統一されている。
 すべてが記憶の断片を刺激するのに、それ以上のことは何もわからない。もどかしさだけが積み上がっていく。

 水差しからグラスへと水を注ぎ、それを一気に飲み干した。思っていたよりも身体が水分を欲しがっていて、途中でやめられなかった。グラスをワゴンに戻したところで、声をかけられた。

「目が覚めたのか?」

 低く落ち着きのある声の主はジェイラスだ。

「すみません、すっかりと寝入ってしまって」
「いや、慣れない移動で疲れたのだろう。今日はゆっくり休むようにと、殿下もおっしゃっていたよ」

 そこでジェイラスは手にしている籠を、シアに見せつけるように掲げた。

「お菓子、もらってきた。食べないか?」

 その言葉にお腹が刺激され、空腹を覚えた。

「では、お茶を淹れますね」
「ヘリオスはまだ眠っているのか?」
「そのようですね。眠くないと言っていたのに、ジェイラスさんが部屋を出ていってすぐに抱っこをせがんできて。そのまま二人で寝てしまいました」

 ヘリオスと一緒にお菓子を食べたかったのだろうか。シアの話を聞いたジェイラスは、少しだけ寂しそうに目尻を下げた。

 トレイの上にお茶の用意をして、ジェイラスが待つソファへと向かう。
 どこに座ろうかと視線を走らせると、ジェイラスが「隣においで」と甘い声で誘ってきた。

「失礼します」

 少しぎこちなく腰を下ろすと、ジェイラスが籠からクッキーを取り出し、「どれがいい?」と尋ねた。

「何か、不便なことはないか?」
「不便も何も……。まだ、何が何やら、よくわかっていないですから」

 シアは小さく答える。今までの生活と違いすぎて、まだ頭の中で理解が追い付いていない。

「そうだな」

 白磁のカップを握る彼の指があまりにもきれいで、思わず見入ってしまう。

「ん? どうかしたか? もしかして、こっちの菓子のほうがよかったか?」
「あ、いえ……」

 恥ずかしさで頬が熱くなったシアは、手元に視線を向け、彼からもらったクッキーをぱくりと食べた。口の中に入れたとたん、舌の上でとろりと溶けていく食感が面白い。なめらかで舌触りもよく、そして甘すぎない。

 もう一つ手にとると、ジェイラスが微かに笑った。

「ああ、すまない。それはアリシアが好きだった焼き菓子だ。いくらでも食べられると言って、一人で一缶食べたことがあった」

 そう言った彼の目線は、どこか遠いところを見つめている。
 だがそんなことを言われてしまえば、シアもとたんに恥ずかしくなる。

「……明日、ガネル子爵夫妻が、こちらに来られるそうだ」

 ジェイラスの言葉に、シアの心臓がドキンと跳ねた。つまり、アリシアの両親だ。もしかしたらシアの両親かもしれない。

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