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第五章(3)
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*†~†~†~†~*
ぱさりとやわらかな音がして、シアははっと目を開けた。身体を動かした拍子に、毛布がソファの下に滑り落ちていた。
ぼんやりとした頭で、ここはどこだと考える。いつもと異なるにおいで、ここが住み慣れた自宅ではないと理解した。
身体を起こし、ソファの下の毛布を拾い上げ、隣でまだ眠るヘリオスにそっとかけた。
ひどく喉が渇いていた。
記憶を取り戻すと決意し、ジェイラスとともに王都へとやってきた。
ボブやコリンナたちは「いつでも遊びに来て」とにこやかに手を振って送り出してくれた。彼らがいてくれたからこそ、何もないシアが三年間もサバドで暮らせたのだ。
だが、フランクの沈んだ表情が脳裏に浮かぶ。彼だけは別れを惜しむかのように、目を伏せていた。
ジェイラスと出会わなければ、フランクとの仲も進展していたかもしれない。互いに恋愛に対して臆病で、あと一歩が踏み出せない関係だった。
そんな二人だからこそ「別れましょう」とか「終わりにしましょう」とか、そういった言葉を口にするのも不自然だった。
それでもシアはフランクに、王都へ行くこと、今まで世話になった感謝の気持ちだけは伝えた。彼もその言葉を受け入れ「身体に気をつけて」と呟いたが、その声には寂しさがにじんでいた。シアの心の中には、ほろ苦い後悔が生まれた。
ジェイラスとの出会いは、シアの人生を大きく変えた。何よりも彼は、過去のシアを知っていると言う。
ソファから立ち上がり、飲み物が用意されているワゴンへと近づいた。
王城に足を踏み入れた瞬間から、なんとなく懐かしい気持ちが胸を支配した。この部屋も、どこか知っているような気がする。高い天井、ふかふかの絨毯、繊細な幾何学模様が施された壁紙。そんななか洗練された調度品が並ぶが、部屋の主の性格を表すのか、落ち着いた茶系統で統一されている。
すべてが記憶の断片を刺激するのに、それ以上のことは何もわからない。もどかしさだけが積み上がっていく。
水差しからグラスへと水を注ぎ、それを一気に飲み干した。思っていたよりも身体が水分を欲しがっていて、途中でやめられなかった。グラスをワゴンに戻したところで、声をかけられた。
「目が覚めたのか?」
低く落ち着きのある声の主はジェイラスだ。
「すみません、すっかりと寝入ってしまって」
「いや、慣れない移動で疲れたのだろう。今日はゆっくり休むようにと、殿下もおっしゃっていたよ」
そこでジェイラスは手にしている籠を、シアに見せつけるように掲げた。
「お菓子、もらってきた。食べないか?」
その言葉にお腹が刺激され、空腹を覚えた。
「では、お茶を淹れますね」
「ヘリオスはまだ眠っているのか?」
「そのようですね。眠くないと言っていたのに、ジェイラスさんが部屋を出ていってすぐに抱っこをせがんできて。そのまま二人で寝てしまいました」
ヘリオスと一緒にお菓子を食べたかったのだろうか。シアの話を聞いたジェイラスは、少しだけ寂しそうに目尻を下げた。
トレイの上にお茶の用意をして、ジェイラスが待つソファへと向かう。
どこに座ろうかと視線を走らせると、ジェイラスが「隣においで」と甘い声で誘ってきた。
「失礼します」
少しぎこちなく腰を下ろすと、ジェイラスが籠からクッキーを取り出し、「どれがいい?」と尋ねた。
「何か、不便なことはないか?」
「不便も何も……。まだ、何が何やら、よくわかっていないですから」
シアは小さく答える。今までの生活と違いすぎて、まだ頭の中で理解が追い付いていない。
「そうだな」
白磁のカップを握る彼の指があまりにもきれいで、思わず見入ってしまう。
「ん? どうかしたか? もしかして、こっちの菓子のほうがよかったか?」
「あ、いえ……」
恥ずかしさで頬が熱くなったシアは、手元に視線を向け、彼からもらったクッキーをぱくりと食べた。口の中に入れたとたん、舌の上でとろりと溶けていく食感が面白い。なめらかで舌触りもよく、そして甘すぎない。
もう一つ手にとると、ジェイラスが微かに笑った。
「ああ、すまない。それはアリシアが好きだった焼き菓子だ。いくらでも食べられると言って、一人で一缶食べたことがあった」
そう言った彼の目線は、どこか遠いところを見つめている。
だがそんなことを言われてしまえば、シアもとたんに恥ずかしくなる。
「……明日、ガネル子爵夫妻が、こちらに来られるそうだ」
ジェイラスの言葉に、シアの心臓がドキンと跳ねた。つまり、アリシアの両親だ。もしかしたらシアの両親かもしれない。
ぱさりとやわらかな音がして、シアははっと目を開けた。身体を動かした拍子に、毛布がソファの下に滑り落ちていた。
ぼんやりとした頭で、ここはどこだと考える。いつもと異なるにおいで、ここが住み慣れた自宅ではないと理解した。
身体を起こし、ソファの下の毛布を拾い上げ、隣でまだ眠るヘリオスにそっとかけた。
ひどく喉が渇いていた。
記憶を取り戻すと決意し、ジェイラスとともに王都へとやってきた。
ボブやコリンナたちは「いつでも遊びに来て」とにこやかに手を振って送り出してくれた。彼らがいてくれたからこそ、何もないシアが三年間もサバドで暮らせたのだ。
だが、フランクの沈んだ表情が脳裏に浮かぶ。彼だけは別れを惜しむかのように、目を伏せていた。
ジェイラスと出会わなければ、フランクとの仲も進展していたかもしれない。互いに恋愛に対して臆病で、あと一歩が踏み出せない関係だった。
そんな二人だからこそ「別れましょう」とか「終わりにしましょう」とか、そういった言葉を口にするのも不自然だった。
それでもシアはフランクに、王都へ行くこと、今まで世話になった感謝の気持ちだけは伝えた。彼もその言葉を受け入れ「身体に気をつけて」と呟いたが、その声には寂しさがにじんでいた。シアの心の中には、ほろ苦い後悔が生まれた。
ジェイラスとの出会いは、シアの人生を大きく変えた。何よりも彼は、過去のシアを知っていると言う。
ソファから立ち上がり、飲み物が用意されているワゴンへと近づいた。
王城に足を踏み入れた瞬間から、なんとなく懐かしい気持ちが胸を支配した。この部屋も、どこか知っているような気がする。高い天井、ふかふかの絨毯、繊細な幾何学模様が施された壁紙。そんななか洗練された調度品が並ぶが、部屋の主の性格を表すのか、落ち着いた茶系統で統一されている。
すべてが記憶の断片を刺激するのに、それ以上のことは何もわからない。もどかしさだけが積み上がっていく。
水差しからグラスへと水を注ぎ、それを一気に飲み干した。思っていたよりも身体が水分を欲しがっていて、途中でやめられなかった。グラスをワゴンに戻したところで、声をかけられた。
「目が覚めたのか?」
低く落ち着きのある声の主はジェイラスだ。
「すみません、すっかりと寝入ってしまって」
「いや、慣れない移動で疲れたのだろう。今日はゆっくり休むようにと、殿下もおっしゃっていたよ」
そこでジェイラスは手にしている籠を、シアに見せつけるように掲げた。
「お菓子、もらってきた。食べないか?」
その言葉にお腹が刺激され、空腹を覚えた。
「では、お茶を淹れますね」
「ヘリオスはまだ眠っているのか?」
「そのようですね。眠くないと言っていたのに、ジェイラスさんが部屋を出ていってすぐに抱っこをせがんできて。そのまま二人で寝てしまいました」
ヘリオスと一緒にお菓子を食べたかったのだろうか。シアの話を聞いたジェイラスは、少しだけ寂しそうに目尻を下げた。
トレイの上にお茶の用意をして、ジェイラスが待つソファへと向かう。
どこに座ろうかと視線を走らせると、ジェイラスが「隣においで」と甘い声で誘ってきた。
「失礼します」
少しぎこちなく腰を下ろすと、ジェイラスが籠からクッキーを取り出し、「どれがいい?」と尋ねた。
「何か、不便なことはないか?」
「不便も何も……。まだ、何が何やら、よくわかっていないですから」
シアは小さく答える。今までの生活と違いすぎて、まだ頭の中で理解が追い付いていない。
「そうだな」
白磁のカップを握る彼の指があまりにもきれいで、思わず見入ってしまう。
「ん? どうかしたか? もしかして、こっちの菓子のほうがよかったか?」
「あ、いえ……」
恥ずかしさで頬が熱くなったシアは、手元に視線を向け、彼からもらったクッキーをぱくりと食べた。口の中に入れたとたん、舌の上でとろりと溶けていく食感が面白い。なめらかで舌触りもよく、そして甘すぎない。
もう一つ手にとると、ジェイラスが微かに笑った。
「ああ、すまない。それはアリシアが好きだった焼き菓子だ。いくらでも食べられると言って、一人で一缶食べたことがあった」
そう言った彼の目線は、どこか遠いところを見つめている。
だがそんなことを言われてしまえば、シアもとたんに恥ずかしくなる。
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ジェイラスの言葉に、シアの心臓がドキンと跳ねた。つまり、アリシアの両親だ。もしかしたらシアの両親かもしれない。
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