【R18】記憶をなくした女騎士、子育てに奔走していたら元彼が追いかけてきたらしい

澤谷弥(さわたに わたる)

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第五章(4)

「会ってもらえるだろうか?」

 そうやってシアの意思を確認してくれるのは、彼のやさしさなのだろうか。

 会いたいけど会いたくないという矛盾する気持ちが、胸を締め付ける。だが、記憶を取り戻したいと願ったのはシア自身。

 だけど本当にシアはアリシア・ガネルなのか。そうでなかったらどうなるのか。
 知りたいと思いながらもどこか怖く、不安が波のように襲い掛かってくる。

「……シア?」

 名を呼ばれて顔を向けると、ジェイラスが心配そうにこちらを見つめていた。ヘリオスと同じ紫眼が、真っすぐにシアを射貫く。

「あ、ごめんなさい……」
「君は昔からそうだ。自分の言葉を心に押し込めすぎる。悩んでいるなら、俺に教えてくれないか? 俺では頼りにならないかもしれないし。だけど、誰かに話すことでシア自身の考えがまとまるかもしれないし、もしかしたら俺だって何か思い浮かぶかもしれない」

 ジェイラスの真摯な言葉に、目の奥が熱くなった。抑えていた感情が、溢れ出してくる。

「ごめんなさい。私もどうしたらいいのか、気持ちの整理がつかなくて……怖いんです……」

 一度、気持ちを口にしてしまうと、箍が外れたかのようにぼろぼろと感情が口から出てくる。

「私は、本当にアリシア・ガネルなのか。どうして何も思い出せないの? アリシアじゃなかったらどうなるの? ヘリオスのためだと思ってきたけど、やっぱりサバドにいたほうがよかったんじゃ……?」

 覚えていること、覚えていないこと。それが中途半端すぎるから、空白の記憶に手が届きそうで届かないのだ。

 ギニー国の言葉はどこで覚えた? なぜ、ヘバーリア国の訛りだとわかった? それがわかるのに、学んだときのことが思い出せない。

「シア……」

 ジェイラスが力強く抱きしめてきた。

「自分が何者かわからないって怖いよな。だけど俺は、君がアリシアだと信じている。だから、これからも俺の側にいてほしい。それだけじゃ、駄目か?」

 不意打ちだったが、彼に抱きしめられる行為に嫌悪感はなかった。布越しに伝わる体温がシアの震える心を包み込む。

 シアは子どものように声をあげて泣き始めた。
 ジェイラスの手はやさしく背中をなでてくれた。それに甘えつつ、涙が涸れるまで泣き続けた。




 次の日――。

 朝からシアの心は張り詰めていた。外からあたたかな日差しが明るく入り込むのに、心が重く沈んでいる。

「ジェイラスさん、どうしましょう……」

 昼前にガネル子爵夫妻が王城に入ったとジェイラスから聞いたシアは、落ち着かなかった。
 その日の昼食の味などさっぱりとわからない。

「おいしいね」

 ヘリオスが喜んで食べているのを横目に、シア自身は食欲がまったく湧かなかった。ジェイラスが心配して、食べやすそうな果物を取り分けてくれたが、それを二口食べただけで胸が詰まった。

 ガネル子爵夫妻と顔を合わせる時間が刻一刻と近づく中、シアの心臓も送り出す血液が沸騰しているのではと思えるくらい、熱く鼓動を鳴らす。

 彼らとの顔合わせの場所は、王城内にある客室の一つ。

「シア、緊張しているのか?」

 ヘリオスを抱いたジェイラスが、扉の前に立ったシアを、やさしく見下ろしてきた。だが、その眼差しで心がふっと軽くなる。

「それはしていますけど……」

 ジェイラスとの軽口でさらに緊張は和らいだ。

 ふぅ、と息を吐いて胸を張る。この扉を開けたとき、それがシアの人生の分かれ道のような気がした。
 アリシア・ガネルなのか、そうではないのか。

 だけどヘリオスだけはシアの子なのは間違いない。あのときの痛み、元気な産声、初めてしわくちゃの顔を見たときに込み上げてきた涙、それだけはしっかりと覚えている。

 それにジェイラスは「側にいてほしい」と言ってくれた。その言葉がシアに勇気を与えてくれる。

「では、いくぞ」

 シアを励ますように声をかけたジェイラスが、ノックをして扉を開けた。
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