【R18】記憶をなくした女騎士、子育てに奔走していたら元彼が追いかけてきたらしい

澤谷弥(さわたに わたる)

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第五章(5)

 その人たちをひと目見た瞬間、せつなさが込み上げてきた。心の奥の閉ざされた扉が、そっと開くような感覚に襲われる。

「アリシア……」

 落ち着いた翡翠色のドレスを身につけ、金色の髪を一つにまとめた夫人は、目に涙をためて今にも倒れそうだった。その華奢な身体を、隣に立つ男性が静かに支える。

「ガネル夫人、先ほどお話ししたように、彼女には自身に関する記憶がいっさいないようだ」

 ランドルフの落ち着いた声が、室内に響く。

「彼女がアリシア・ガネルであるという確かな証拠が欲しい」

 その言葉に促され、夫人が嗚咽を漏らしながら、震える声で言葉を紡いだ。

「アリシアは……右耳の後ろに黒子があります。二つ並んでいて……夫と同じ場所にあるから、親子なんだと……あの子の髪を結わえたときに……」

 夫人の声は、過去の思い出に浸るように震えている。ランドルフは近くにいた侍女に目配せし、確認するようにと指示を出す。

「失礼いたします」

 侍女がそっとシアの耳に触れる。冷たい指先が肌に触れ、シアの身体には緊張が高まっていく。

「殿下。ございました」

 侍女の言葉に、ジェイラスもひょいっとのぞき込んできた。

「あぁ……アリシア……」
「お母様?」

 シアは思わず一歩踏み出した。夫人をつい母と呼んでしまったが、彼女は自分の母親で間違いないと本能が叫んでいる。

「アリシア」

 見知らぬ女性に抱きしめられながらも、彼女は母だとそんな確信に満ちていた。

「生きていてよかった……三年もの間、あなたは行方不明で……」
「ごめんなさい」
「でも、殿下から話をうかがって……大変だったのね……」

 母娘の感動の再会の場で「まま~」という幼い声が響く。シアははっとして、母親からそっと離れ、振り返る。

「あ、あの……」
「まま、だっこ!」

 ヘリオスがジェイラスからシアに向かって小さな腕を伸ばし、じたばたと暴れた。

「こら、おとなしくしていなさい」

 ジェイラスが慌てて宥めようとするが、ヘリオスも顔を背け、背中を反らし、必死に対抗している。

「アリシア……その子は……」
「まま、だっこ」
「すまない。俺ではもう限界だ」

 ジェイラスがヘリオスに負けた。
 シアは息子を預かったが、目の前の両親は目を見開いて、じっくりとヘリオスの顔を見ている。

「ええと……息子のヘリオスです。リオ、お名前、言える?」
「リオよ」

 室内がしんと静まり返り、気まずい沈黙が流れる。だが、幼いヘリオスが空気を読むなど、そんなことできるわけがない。

「だあれ?」

 夫人に向かって首を傾げるヘリオスに、夫妻は柔らかく微笑んだ。
 そこへランドルフの声が静寂を破る。

「これで彼女がアリシア・ガネルだと証明できた。積もる話もあるだろう。この部屋を自由に使ってもらってかまわない。私は次の予定があるので失礼する」

 ランドルフがシアに歩み寄ると、ジェイラスが鋭い視線でけん制した。

「ジェイ。私が用があるのはアリシア嬢ではない。おまえの息子だ」

 その言葉に、ガネル子爵夫妻の顔色がさっと変わった。
 シアが息子だと紹介したばかりの子どもを、ランドルフはジェイラスの子だと言う。

「ヘリオス。おもちゃがたくさんある部屋がある。そこでは君と同じくらいの男の子が遊んでいる。一緒に遊ぶか?」
「殿下!」

 ジェイラスが声を荒らげたが、ランドルフは涼しい顔で続ける。

「大人の話し合いの場に、この子がいたら気を遣うだろう? 私なりの配慮のつもりなのだが?」

 ランドルフの言うことも一理ある。確かに、この場ではシアがアリシア・ガネルであり、ヘリオスを授かった経緯を話さなければならない。記憶を取り戻すためにも過去をさらい、未来を決めていく必要がある。

「リオ。どうする? おもちゃがいっぱいあるって。お友達もいるみたいよ?」

 シアが声をかえれば、ヘリオスも「おもちゃ」と声をあげる。

「どうやらこの子は、父親と違って物わかりがいいようだ。おいで、ヘリオス」

 その声に従い、ヘリオスはシアの腕からランドルフの腕へと移る。

「アンドリューよりも重いな。だが、父親と違って素直な子だな」

 先ほどからランドルフは「父親と違って」と強調している。そのたびに、ジェイラスのこめかみはひくひくと動くのだ。

「では、ヘリオスは私が預かろう。ジェイラス、おまえはここに残れ。どうぞごゆっくり」

 ランドルフがヘリオスを抱いて退出すると、室内にはガネル夫妻、シア、ジェイラスが残された。ランドルフもごゆっくりと言ったのだから、ここは顔を合わせてじっくりと話をすべきだろう。

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