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第五章(6)
シアは不安になり、ちらちらとジェイラスに視線を送る。それに気がついた彼が、ガネル夫妻にソファに座るようにと促した。
シアにとって、この状況はひどく気まずかった。アリシア・ガネルだと証明された今、目の前の二人が両親だとわかっても、記憶は曖昧なまま。隣にいるジェイラスとの関係は、さらに不確かだ。
腰を落ち着けたところで、すかさず先ほどの侍女がお茶を用意して四人の前に置いた。白い湯気がゆらゆらと立ち上り、部屋に穏やかな香りを広げる。
「何から話せばいいでしょうか……」
ジェイラスが静かに切り出した。
「できればアリシアがこの三年間。どうやって過ごしていたのかを……」
答えたのはガネル子爵。シアと同じキャメル色の瞳には安堵の光を宿している。だが、空白の三年間を埋めたいという切実な願いも感じられた。
シアは、三年前サバドで目が覚め、そこで自身に関する記憶を失っていたところから話し始めた。モンクトン商会での生活、養護院での教師としての日々、ヘリオスの誕生。言葉を紡ぐたびに両親の目が潤む。
ひととおり話し終えたところで、シアはカップに手を伸ばし、渇いた喉を潤した。紅茶のぬくもりが、高まった気持ちを落ち着ける。
両親は、かける言葉を探しているようにも見えた。
三年間行方不明だった娘が、子を授かり、ケンジット公爵家の嫡男と関係を持っていたのだ。驚くのも無理はない。
「つまり、閣下は本当にアリシアと……? 手紙をいただいたときは、夢かと思っていましたが……」
その言葉の先を認めるのが怖いのか、ガネル子爵が言葉を詰まらせた。
「はい。順番が逆になってしまいましたが、三年前、俺は彼女に求婚しました。その正式な返事をもらう前に、彼女が行方不明になってしまい、三年間、答えは保留にされておりましたが」
ジェイラスは自嘲気味に笑うと、シアの心に小さな痛みが走る。
「多分……ジェイラスさんに求婚されて。それで実家に帰ろうとしたときにコリンナたちと出会って、そこで馬車の事故に巻き込まれたんだと思います」
母親は唇を噛みしめたまま、うんうんと頷く。涙が頬を伝う姿に、シアの胸が締め付けられる。
「このような場で申し訳ないのですが。どうかアリシア嬢との結婚を認めていただけないでしょうか」
ジェイラスが深く頭を下げた。
予想していなかった彼の行動に、両親もアリシアも驚き肩を震わせる。
「か、か、か、閣下。頭をあげてください。アリシアを望んでくださってありがとうございます。ふつつかな娘ではありますが、どうぞどうぞ……」
父親が動揺している様子が伝わってきた。
「ありがとうございます。それからもう一つ。お伝えしなければならないことが……」
顔を上げたジェイラスの表情は真剣そのものだった。
「彼女の記憶解析を行わせていただきたい」
記憶解析。馴染みのない言葉に、両親も顔を見合わせる。
「彼女が失った記憶は断片的です。彼女自身に関することだけを忘れている。だから自分の名も、年齢もすべてを忘れていた。だが、それまでに学んだことは覚えていたようです」
どういうことでしょう、とガネル子爵が眉を寄せる。
「先ほども言いましたように、彼女はサバドの養護院で子どもたちに勉強を教えていました。それは彼女自身に、教えられるだけの教養があったからです。そういった教養、生活に必要な知識は人並み以上に備えていました」
シアはふと考える。もしすべての記憶を失っていたら、文字の読み書きも、言葉の理解もできなかったかもしれない。そんな世界に放り出された恐怖を想像すると、背筋が寒くなった。
「我々は、彼女の記憶は魔法によるもので封じられていると考えています」
「魔法……」
シアもぽつりと呟く。その考えはなかった。馬車の事故のときにシェリーを助けたと聞いていたから、そのときに頭を強く打ったのだろうと、そんなふうに考えていたのだ。魔法によるものだなんて、思ってもいなかった。
「そのためにも、魔法師による記憶解析。それを行わせていただきたい。記憶を操る魔法は精神に干渉するため、本人の他にも身近な家族の同意が必要です」
「アリシアは?」
やさしい眼差しで尋ねてきたのは、母親だ。彼女を見ると、涙が込み上げてくるくらい懐かしいというのに、その思い出が何もない。
「私は、自分の記憶を取り戻したいです。こうやってわざわざ会いに来てくれたお父様やお母様のこと、何も覚えていないので。それに、ヘリオスの父親のことも……」
隣でジェイラスがピクリと反応を示す。
「私たちは娘の気持ちを尊重します。彼女が嫌だというなら、無理やりは望みません。娘の気持ちが私たちの気持ちだと思ってください」
ガネル夫人の言葉は、決して無責任ではなく、シアを支える深い愛に満ちていた。娘の決断を尊重し寄り添う姿勢が、シアに勇気をくれる。
「ジェイラスさん。よろしくお願いします」
シアにとって、この状況はひどく気まずかった。アリシア・ガネルだと証明された今、目の前の二人が両親だとわかっても、記憶は曖昧なまま。隣にいるジェイラスとの関係は、さらに不確かだ。
腰を落ち着けたところで、すかさず先ほどの侍女がお茶を用意して四人の前に置いた。白い湯気がゆらゆらと立ち上り、部屋に穏やかな香りを広げる。
「何から話せばいいでしょうか……」
ジェイラスが静かに切り出した。
「できればアリシアがこの三年間。どうやって過ごしていたのかを……」
答えたのはガネル子爵。シアと同じキャメル色の瞳には安堵の光を宿している。だが、空白の三年間を埋めたいという切実な願いも感じられた。
シアは、三年前サバドで目が覚め、そこで自身に関する記憶を失っていたところから話し始めた。モンクトン商会での生活、養護院での教師としての日々、ヘリオスの誕生。言葉を紡ぐたびに両親の目が潤む。
ひととおり話し終えたところで、シアはカップに手を伸ばし、渇いた喉を潤した。紅茶のぬくもりが、高まった気持ちを落ち着ける。
両親は、かける言葉を探しているようにも見えた。
三年間行方不明だった娘が、子を授かり、ケンジット公爵家の嫡男と関係を持っていたのだ。驚くのも無理はない。
「つまり、閣下は本当にアリシアと……? 手紙をいただいたときは、夢かと思っていましたが……」
その言葉の先を認めるのが怖いのか、ガネル子爵が言葉を詰まらせた。
「はい。順番が逆になってしまいましたが、三年前、俺は彼女に求婚しました。その正式な返事をもらう前に、彼女が行方不明になってしまい、三年間、答えは保留にされておりましたが」
ジェイラスは自嘲気味に笑うと、シアの心に小さな痛みが走る。
「多分……ジェイラスさんに求婚されて。それで実家に帰ろうとしたときにコリンナたちと出会って、そこで馬車の事故に巻き込まれたんだと思います」
母親は唇を噛みしめたまま、うんうんと頷く。涙が頬を伝う姿に、シアの胸が締め付けられる。
「このような場で申し訳ないのですが。どうかアリシア嬢との結婚を認めていただけないでしょうか」
ジェイラスが深く頭を下げた。
予想していなかった彼の行動に、両親もアリシアも驚き肩を震わせる。
「か、か、か、閣下。頭をあげてください。アリシアを望んでくださってありがとうございます。ふつつかな娘ではありますが、どうぞどうぞ……」
父親が動揺している様子が伝わってきた。
「ありがとうございます。それからもう一つ。お伝えしなければならないことが……」
顔を上げたジェイラスの表情は真剣そのものだった。
「彼女の記憶解析を行わせていただきたい」
記憶解析。馴染みのない言葉に、両親も顔を見合わせる。
「彼女が失った記憶は断片的です。彼女自身に関することだけを忘れている。だから自分の名も、年齢もすべてを忘れていた。だが、それまでに学んだことは覚えていたようです」
どういうことでしょう、とガネル子爵が眉を寄せる。
「先ほども言いましたように、彼女はサバドの養護院で子どもたちに勉強を教えていました。それは彼女自身に、教えられるだけの教養があったからです。そういった教養、生活に必要な知識は人並み以上に備えていました」
シアはふと考える。もしすべての記憶を失っていたら、文字の読み書きも、言葉の理解もできなかったかもしれない。そんな世界に放り出された恐怖を想像すると、背筋が寒くなった。
「我々は、彼女の記憶は魔法によるもので封じられていると考えています」
「魔法……」
シアもぽつりと呟く。その考えはなかった。馬車の事故のときにシェリーを助けたと聞いていたから、そのときに頭を強く打ったのだろうと、そんなふうに考えていたのだ。魔法によるものだなんて、思ってもいなかった。
「そのためにも、魔法師による記憶解析。それを行わせていただきたい。記憶を操る魔法は精神に干渉するため、本人の他にも身近な家族の同意が必要です」
「アリシアは?」
やさしい眼差しで尋ねてきたのは、母親だ。彼女を見ると、涙が込み上げてくるくらい懐かしいというのに、その思い出が何もない。
「私は、自分の記憶を取り戻したいです。こうやってわざわざ会いに来てくれたお父様やお母様のこと、何も覚えていないので。それに、ヘリオスの父親のことも……」
隣でジェイラスがピクリと反応を示す。
「私たちは娘の気持ちを尊重します。彼女が嫌だというなら、無理やりは望みません。娘の気持ちが私たちの気持ちだと思ってください」
ガネル夫人の言葉は、決して無責任ではなく、シアを支える深い愛に満ちていた。娘の決断を尊重し寄り添う姿勢が、シアに勇気をくれる。
「ジェイラスさん。よろしくお願いします」
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