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第五章(8)
「ヘリオス、今日はすぐに寝たよ」
ヘリオスの寝かしつけはジェイラスの担当だ。その間、シアが洗い物だったり、次の日の朝食の準備だったり、洗濯物を片づけたりと、やることがいっぱいあったからジェイラスが引き受けてくれたのがきっかけだった。
「新しい場所で興奮していたから心配していましたが、安心しました」
やることもなく、シアはただソファに座ってぼうっとしていた。ヘリオスと一緒に寝てもよかったのだが、シア自身も変に気持ちが昂っていたし、何よりもジェイラスが二人きりで話をしたいと言っていたからだ。だから彼が来るのを待っていた。
この部屋はシアがサバドで暮らしていたアパートメントよりも広い。寝室は扉続きの隣の部屋、居間だってヘリオスが走り回れるくらいに広い。ジェイラスはここで仕事をすることもあるようだ。
「何か、飲むか?」
自然とシアの隣に座ったジェイラスが尋ねる。
「いいえ……」
シアは首を横に振った。
「疲れただろう? 俺のわがままに付き合わせて悪い……」
「いえ」
だが、先ほどの手紙がシアを変に緊張させていた。
「……シア。甘えてもいいか?」
「え?」
「いや……いつもヘリオスが側にいるからな。俺がシアに甘えられるのは、ヘリオスが眠った今くらいしか……」
まるでじゃれてくる大型犬のようだ。
「俺はずっと君がアリシアだと思っていたが、それでもやっぱり……はっきりするまではと思って、我慢していたんだ。偉いだろ?」
「我慢……?」
「そう。今だって君に触れたい。甘えたい。いいか?」
「甘えるって……? 何を?」
結婚はしていないが、結婚を約束した男女とあれば、やはりそういったことを望まれるのだろうか。
シアは変にとぎまぎしてしまう。
「甘えるって、こういうことだ」
ごろんとソファに横になったジェイラスだが、彼の頭はシアの膝の上に乗っている。
「疲れた」
ぼそっと呟く姿は、普段の凜々しい姿の彼からは想像できない。
シアはそっとジェイラスの髪を指で梳く。
「お疲れ様でした」
気持ちよさそうにジェイラスは目を細くする。
「アリシアは、いつもこうやって頭をなでてくれていた」
「そうなんですね」
本当に甘えている。ヘリオスみたいだ。ヘリオスの機嫌が悪いときもこうやって頭をなでて、ご機嫌とりをしたものだ。
そこでシアは新しい発見をしてしまった。ヘリオスとジェイラスは耳の形がよく似ている。
「あの……ジェイラスさんは、どうしてヘリオスが自分の息子だと、そう思えるんですか?」
シアから見ても、共通点の多い二人である。コリンナとボブだって、ジェイラスが自分の子だと言ったときに驚きもしなかった。第三者から見ても似ているのだろう。
だけど記憶のないシアにとっては、不安は拭いきれない。
「目の色だ。この色は珍しく、ケンジット家に見られる色だ。俺とヘリオスの目の色は同じだろ? ついでに言えば、俺の父親も同じ目をしている」
「ジェイラスさんのお父様は、どのような方なのでしょうか……」
何よりもケンジット公爵だ。田舎貴族のガネル子爵とは、格が違う。
「どんな人か……まあ、弱い人だな」
ぼそっと答えるジェイラスの目は、どこか遠い場所を見ているかのよう。
「ケンジット家は、代々騎士の家系でね。父も騎士だった。父が引退し、俺がその地位を継いだ。だから、親の七光りだなんだとよく言われたものだ」
若くして近衛騎士団長になったのだろうとは思っていたが、そんな背景があるとは知らなかった。
「父と母は典型的な政略結婚だ。俺が生まれたら、母は勤めを果たしたと言わんばかりに、父から距離を取った。同じ屋敷にいるのに、お互い、相手がいない者だとして扱っていた」
両親の不仲をまざまざと見せられた子は、どんなことを思うのか。
「父は仕事に逃げた。母は酒に逃げた。俺は……父に連れられ王城に来ていた。殿下の遊び相手だな。それにたった一人の跡取りだから、父は手放したくなかったのだろう」
この部屋はジェイラスの父親が使っていた部屋だという。父から団長を引き継いだときに、この場所も一緒に引き継いだらしい。
「酒に溺れた母は、身体を壊して亡くなった。表向きは病死にしてあるが……。まあ、その年に父も騎士を辞めて、俺にすべてを引き継いで、屋敷に戻った」
だから弱い人なんだと、彼は呟いた。
その呟きには、深い悲しみがにじんでいた。シアはそっと彼の髪をなで続け、その痛みを少しでも癒したいと思う。
ヘリオスの寝かしつけはジェイラスの担当だ。その間、シアが洗い物だったり、次の日の朝食の準備だったり、洗濯物を片づけたりと、やることがいっぱいあったからジェイラスが引き受けてくれたのがきっかけだった。
「新しい場所で興奮していたから心配していましたが、安心しました」
やることもなく、シアはただソファに座ってぼうっとしていた。ヘリオスと一緒に寝てもよかったのだが、シア自身も変に気持ちが昂っていたし、何よりもジェイラスが二人きりで話をしたいと言っていたからだ。だから彼が来るのを待っていた。
この部屋はシアがサバドで暮らしていたアパートメントよりも広い。寝室は扉続きの隣の部屋、居間だってヘリオスが走り回れるくらいに広い。ジェイラスはここで仕事をすることもあるようだ。
「何か、飲むか?」
自然とシアの隣に座ったジェイラスが尋ねる。
「いいえ……」
シアは首を横に振った。
「疲れただろう? 俺のわがままに付き合わせて悪い……」
「いえ」
だが、先ほどの手紙がシアを変に緊張させていた。
「……シア。甘えてもいいか?」
「え?」
「いや……いつもヘリオスが側にいるからな。俺がシアに甘えられるのは、ヘリオスが眠った今くらいしか……」
まるでじゃれてくる大型犬のようだ。
「俺はずっと君がアリシアだと思っていたが、それでもやっぱり……はっきりするまではと思って、我慢していたんだ。偉いだろ?」
「我慢……?」
「そう。今だって君に触れたい。甘えたい。いいか?」
「甘えるって……? 何を?」
結婚はしていないが、結婚を約束した男女とあれば、やはりそういったことを望まれるのだろうか。
シアは変にとぎまぎしてしまう。
「甘えるって、こういうことだ」
ごろんとソファに横になったジェイラスだが、彼の頭はシアの膝の上に乗っている。
「疲れた」
ぼそっと呟く姿は、普段の凜々しい姿の彼からは想像できない。
シアはそっとジェイラスの髪を指で梳く。
「お疲れ様でした」
気持ちよさそうにジェイラスは目を細くする。
「アリシアは、いつもこうやって頭をなでてくれていた」
「そうなんですね」
本当に甘えている。ヘリオスみたいだ。ヘリオスの機嫌が悪いときもこうやって頭をなでて、ご機嫌とりをしたものだ。
そこでシアは新しい発見をしてしまった。ヘリオスとジェイラスは耳の形がよく似ている。
「あの……ジェイラスさんは、どうしてヘリオスが自分の息子だと、そう思えるんですか?」
シアから見ても、共通点の多い二人である。コリンナとボブだって、ジェイラスが自分の子だと言ったときに驚きもしなかった。第三者から見ても似ているのだろう。
だけど記憶のないシアにとっては、不安は拭いきれない。
「目の色だ。この色は珍しく、ケンジット家に見られる色だ。俺とヘリオスの目の色は同じだろ? ついでに言えば、俺の父親も同じ目をしている」
「ジェイラスさんのお父様は、どのような方なのでしょうか……」
何よりもケンジット公爵だ。田舎貴族のガネル子爵とは、格が違う。
「どんな人か……まあ、弱い人だな」
ぼそっと答えるジェイラスの目は、どこか遠い場所を見ているかのよう。
「ケンジット家は、代々騎士の家系でね。父も騎士だった。父が引退し、俺がその地位を継いだ。だから、親の七光りだなんだとよく言われたものだ」
若くして近衛騎士団長になったのだろうとは思っていたが、そんな背景があるとは知らなかった。
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両親の不仲をまざまざと見せられた子は、どんなことを思うのか。
「父は仕事に逃げた。母は酒に逃げた。俺は……父に連れられ王城に来ていた。殿下の遊び相手だな。それにたった一人の跡取りだから、父は手放したくなかったのだろう」
この部屋はジェイラスの父親が使っていた部屋だという。父から団長を引き継いだときに、この場所も一緒に引き継いだらしい。
「酒に溺れた母は、身体を壊して亡くなった。表向きは病死にしてあるが……。まあ、その年に父も騎士を辞めて、俺にすべてを引き継いで、屋敷に戻った」
だから弱い人なんだと、彼は呟いた。
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