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【3】復帰
2・毒
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軍学校は王城の城壁を西方向に越えた隣に位置するのだが、行き来するのは難しい為、ユーリの部屋は軍学校の寮の中に用意された。
軍学校は春に始業する。すでに夏に向かっている季節であるから、ユーリは異例の入学となる。王族が軍学校に通うのも久しぶりとなると、学校側の対応も手探り状態だった。
ユーリには3つ年上の兄がいるが、兄は優秀だったから、教師は部屋に呼んでいたし、軍の上官が剣や魔術の稽古をつけていた。
軍学校は貴族の息子や一般民の優秀な者が集まる、王が運営する直属の学校である。
ユーリには護衛が二人、使用人が二人つけられた。護衛ははじめ、学校の至る所まで着いて行くと言っていたが、それでは自由がないと、ユーリは自室、寝ている間だけの警護で良いと断った。
食事も部屋に用意するよう言われていたらしいが、寮には寮の食事が出る。ユーリは過去の記憶から、日本の学校を想像していた為、にぎやかに食堂で同じものを食べるのだと思っていたから、同じ生徒と行動を共にするのが当然と思っていた。
挨拶の場は特に設けられなかった。
座学の教室は広く、中央前に黒板があり、魔力で動くプロジェクターが置かれ、その半円の舞台を中心に放物線上に階段があり、階段の段差を利用して机と椅子が設置されていた。過去で言う大学の講義室のようなかたちだ。
部屋には後ろの扉から入るよう言われていたので、入ってすぐにある一番後ろの席の、窓側に座った。なぜか懐かしい思いを胸にする。過去の記憶と重なったらしい。
教師が黒板の前に立ち、挨拶をしている。
ユーリが王族だと伝わっているのだろう。最初に探すしぐさをし、ユーリを見つけると小さく礼をする。それを見ていた生徒たちがユーリを振り返った。すぐに視線を戻したから、ユーリは気にしていなかった。
誰も話掛けて来ないし、話しかける機会がわからない。ユーリは、とにかく勉強に励んで早くレティウスの近くに行きたいとばかり考えていたから、知識を早く手に入れて、優秀な成績を収めたいと考えていて、周囲のことは後回しにしていた。
だが、ユーリを取り巻く環境は、ユーリが思っている以上に深刻なものだった。
夕食の場、寮の食堂でのこと。軍にいた時にもわざと食事をひっくり返されたり、足を引っかけられたりした。そういうのは別にどうでも良かった。落ちた食事がもったいないなとは思うけど、その後の暴力に対抗するくらいの力はある。力でぶつかってくれるのなら、いくらでも対処はできるのだ。
がりッと何かを噛んだ。吐き出してみれば硬い何かで。苦みが口の中に広がっていた。飲み込んではいけない何かだと判断し、ユーリはすぐに吐き出したのだが、すぐに無理だと気づいた。でも皆の前で倒れる訳には行かない。静かに立ち上がったユーリは、震える手足を叱咤して寮の部屋から外に出た。
誰が仕掛けたのかわからないから、外も安全ではないだろう。しかも、寮の部屋で警護をしている軍人も信用には値しない。敵ばかりだと思いながら、とにかく人の目につかない陰へと移動した。
次第に手足が動かなくなって来る。
木の根元で蹲り、ケホケホと咳をすると、口から血が流れているのに気付いた。
レティウスと命を繋いでいた時だったら、レティウスに気づいてもらえるのにと、甘い考えが浮かぶ。
死ぬのは嫌だな……と思う。せめてレティウスの腕の中が良いと、叶わない思いに溢れた。
幸い、たくさんの量を飲んでいなかったからか、死ぬような毒ではなかったのか、数時間経てば体の痺れが引いた。ただ熱が出て来たようで、体が震えている。部屋に帰って風邪をひいたとごまかし、寝ていれば治ると医者を呼ぼうとする護衛をなだめ、次の日は学校を休んだ。
「大丈夫ですか?」
気づけばレティウスが来ていた。
第二軍隊長が直々に訪問だなど、寮内が騒がしくなっていた。
「レティ、正面から堂々と来たのか?」
「いけませんでしたか?」
「ダメだよ、静かにすると父王と約束しただろ?」
「そうでしたね、次からは気を付けます」
寂しかったから嬉しかった。無条件で信用できる相手だ。気持ちが沈んでいたから涙が出た。
「大丈夫ですか? 医者も断ったと聞きました。私が診ましょう」
「いらないよ、疲れが出ただけだと思う。それより抱きしめてレティ」
「それはいくらでも」
レティウスはユーリの願いをかなえる為に抱き締め、口づけをしようとしたところで拒まれた。思えばユーリが拒んだのも初めてのことで、レティウスは内心で怪しんでいた。
「ダメだよ、風邪がうつったらどうするの?」
口づけを拒んだユーリは、レティウスの肩口に顔をうずめた。
「……何かあれば呼び出してくださって構いませんよ? 本当でしたらずっと隣に置いておきたいくらいなのですから」
「それじゃあ以前とかわらないよ」
「おおいに結構です。ユーリは私のものなのですから」
ユーリは笑った。その言葉だけで生きて行けると思った。敵はたくさんいる。それはわかっていた。
たくさんの優遇を受けているユーリに不満がある者。王族に戻ったユーリを敵とする者がいるのかもしれない。
軍学校は春に始業する。すでに夏に向かっている季節であるから、ユーリは異例の入学となる。王族が軍学校に通うのも久しぶりとなると、学校側の対応も手探り状態だった。
ユーリには3つ年上の兄がいるが、兄は優秀だったから、教師は部屋に呼んでいたし、軍の上官が剣や魔術の稽古をつけていた。
軍学校は貴族の息子や一般民の優秀な者が集まる、王が運営する直属の学校である。
ユーリには護衛が二人、使用人が二人つけられた。護衛ははじめ、学校の至る所まで着いて行くと言っていたが、それでは自由がないと、ユーリは自室、寝ている間だけの警護で良いと断った。
食事も部屋に用意するよう言われていたらしいが、寮には寮の食事が出る。ユーリは過去の記憶から、日本の学校を想像していた為、にぎやかに食堂で同じものを食べるのだと思っていたから、同じ生徒と行動を共にするのが当然と思っていた。
挨拶の場は特に設けられなかった。
座学の教室は広く、中央前に黒板があり、魔力で動くプロジェクターが置かれ、その半円の舞台を中心に放物線上に階段があり、階段の段差を利用して机と椅子が設置されていた。過去で言う大学の講義室のようなかたちだ。
部屋には後ろの扉から入るよう言われていたので、入ってすぐにある一番後ろの席の、窓側に座った。なぜか懐かしい思いを胸にする。過去の記憶と重なったらしい。
教師が黒板の前に立ち、挨拶をしている。
ユーリが王族だと伝わっているのだろう。最初に探すしぐさをし、ユーリを見つけると小さく礼をする。それを見ていた生徒たちがユーリを振り返った。すぐに視線を戻したから、ユーリは気にしていなかった。
誰も話掛けて来ないし、話しかける機会がわからない。ユーリは、とにかく勉強に励んで早くレティウスの近くに行きたいとばかり考えていたから、知識を早く手に入れて、優秀な成績を収めたいと考えていて、周囲のことは後回しにしていた。
だが、ユーリを取り巻く環境は、ユーリが思っている以上に深刻なものだった。
夕食の場、寮の食堂でのこと。軍にいた時にもわざと食事をひっくり返されたり、足を引っかけられたりした。そういうのは別にどうでも良かった。落ちた食事がもったいないなとは思うけど、その後の暴力に対抗するくらいの力はある。力でぶつかってくれるのなら、いくらでも対処はできるのだ。
がりッと何かを噛んだ。吐き出してみれば硬い何かで。苦みが口の中に広がっていた。飲み込んではいけない何かだと判断し、ユーリはすぐに吐き出したのだが、すぐに無理だと気づいた。でも皆の前で倒れる訳には行かない。静かに立ち上がったユーリは、震える手足を叱咤して寮の部屋から外に出た。
誰が仕掛けたのかわからないから、外も安全ではないだろう。しかも、寮の部屋で警護をしている軍人も信用には値しない。敵ばかりだと思いながら、とにかく人の目につかない陰へと移動した。
次第に手足が動かなくなって来る。
木の根元で蹲り、ケホケホと咳をすると、口から血が流れているのに気付いた。
レティウスと命を繋いでいた時だったら、レティウスに気づいてもらえるのにと、甘い考えが浮かぶ。
死ぬのは嫌だな……と思う。せめてレティウスの腕の中が良いと、叶わない思いに溢れた。
幸い、たくさんの量を飲んでいなかったからか、死ぬような毒ではなかったのか、数時間経てば体の痺れが引いた。ただ熱が出て来たようで、体が震えている。部屋に帰って風邪をひいたとごまかし、寝ていれば治ると医者を呼ぼうとする護衛をなだめ、次の日は学校を休んだ。
「大丈夫ですか?」
気づけばレティウスが来ていた。
第二軍隊長が直々に訪問だなど、寮内が騒がしくなっていた。
「レティ、正面から堂々と来たのか?」
「いけませんでしたか?」
「ダメだよ、静かにすると父王と約束しただろ?」
「そうでしたね、次からは気を付けます」
寂しかったから嬉しかった。無条件で信用できる相手だ。気持ちが沈んでいたから涙が出た。
「大丈夫ですか? 医者も断ったと聞きました。私が診ましょう」
「いらないよ、疲れが出ただけだと思う。それより抱きしめてレティ」
「それはいくらでも」
レティウスはユーリの願いをかなえる為に抱き締め、口づけをしようとしたところで拒まれた。思えばユーリが拒んだのも初めてのことで、レティウスは内心で怪しんでいた。
「ダメだよ、風邪がうつったらどうするの?」
口づけを拒んだユーリは、レティウスの肩口に顔をうずめた。
「……何かあれば呼び出してくださって構いませんよ? 本当でしたらずっと隣に置いておきたいくらいなのですから」
「それじゃあ以前とかわらないよ」
「おおいに結構です。ユーリは私のものなのですから」
ユーリは笑った。その言葉だけで生きて行けると思った。敵はたくさんいる。それはわかっていた。
たくさんの優遇を受けているユーリに不満がある者。王族に戻ったユーリを敵とする者がいるのかもしれない。
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