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本編

6 いらない仕様

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 四つある棟のひとつが宿舎になっていた。宿舎棟は、中央に入口があり、入ると中央ホールとなっている。左右に階段があり、二階、三階、屋上へと行ける。入ると左右に分かれて部屋があり、片方十部屋が並んでいる。そのうちの二階階段脇の部屋に住まわせてもらえることになった。

 小さいが一人部屋だ。部屋には小さなシャワールームとトイレもある。簡易ベッドには布団が備え付けてあるし、小さな机と椅子もあって、何も持たずに来た俺には本当に有難かった。

 服も制服だと言ってツナギを3着も持たせてくれたし、アイザックが生活に必要なものを用意してくれた。

 これで当分の生活には困らないだろうとシャワーを浴び、鏡を見て最大の失敗に気づいた。髪と目の色が黒に戻っている。ブラッドに貰った髪と目の色を変える薬を置いて来てしまった。

 ベッドに座り、濡れた髪をタオルで拭きながら、どうしたものかと考える。
 ブラッドに助けを求めることはできない。クロードや副神殿長と連絡を取ることもできない。としたらアイザックを頼る方法しか思いつかない。

 アイザックの部屋は、俺のいる宿舎棟ではなく、研究棟の二階だと聞いた。一度、宿舎棟から外に出て、外を歩いて研究棟に行かないとダメだ。それはとても無防備な行動に思えるけど、明日の朝、宿舎の皆に挨拶をしなければならないと聞いている。そんな場に黒い髪と瞳のまま出る勇気はない。

 仕方なく髪をタオルで覆い、ドアを薄っすら開けて外を確かめた。まだ廊下や下の階から声が聞こえている。寝静まるまで待とうかと思ったけど、そうしたらアイザックも寝てしまうかもしれない。

 とにかく足早に部屋を出て、階段を降りる。一階に食堂と大きなお風呂がある。そこからたくさんの人の声が聞こえて来る。廊下で溜まって話している人もいて、誰にも話しかけられませんようにと焦りながら棟を出た。夜の暗がりに紛れてやっと息を吐いた。

 棟と棟へ行くのに歩いて5分くらいだろうか。走ればもっと早く行けるかとタオルを押さえて走り出した。何も悪いことをしている訳でもないのに、変に気が焦る。これも黒が高貴だ、なんていうこの世界のせいだ。

 研究棟についても入口の鍵が開いていない。しかも玄関に近づいたら電気が点いた。泥棒除けのライトを思い出してひやひやする。でも電気が点いてくれたおかげで、インターホンなるものを発見できた。もうこれは日本とかわらないなと思いながら、インターホンを押した。

「何か用?」

 インターホンから声が聞こえた。知らない声だ。

「あの、シンと言います。アイザックに用があって……」

 あれ、アイザックって呼び捨てにして良いんだっけ? 役職名を付けるべきだったかと焦っていると、ブツッとインターホンが切られた。

 玄関が開く。
 出て来たのは知らない人だ。

「あのさ、どこの誰? こんな時間に真正面からお忍びにでも行く気?」

「いえ、そうではなく、どうしても相談したいことがあるので」

 タオルを頭からかぶって身を縮めている姿なんて胡散臭く映っているだろう。すごく恥ずかしい。

「だいたいさぁ、仲が良いんだったら部屋の内線番号なり、個人番号なり聞いておけば良いだろ? 俺を煩わせる理由はなに? 伝言ならしてやるよ、それとも俺には言えないこと?」

「すみません、今日来たばかりでこちらの説明もまだ受けていなくて、ご迷惑だとは思うのですが……」

「いいよ、おいで」

 見知らぬ男の後ろにアイザックがいた。思わず顔を上げそうになり、タオルで顔を隠した。

「すみません、ありがとうございます」

「所長、ルール違反ですよ? 俺、知りませんから」

 アイザックがドアを大きく開けてくれて、俺を棟に入れてくれて、ドアを閉め、鍵をする。

「ああ、悪い、新人なんだから多めに見てくれ。説明は明日って言ってあったんだ」

 アイザックは俺を見て何かを感じたのだろう。アイザックの背にかばわれるようにして室内に入った。中は最初に出てくれた人以外に誰もおらず、静まり返っている。どうやらこの人は、夜間の警備担当らしく、入口横の警備室にいたらしい。

「秘密にしてくれたら秘蔵の酒やるから、よろしくな、ハンス」

「あーあ、所長自ら規律を乱すとか、酒一本じゃ割に合いませんよ」

 ハンスと呼ばれた男は、アイザックに悪態をつきながら、警備室へ入って行った。

「おいで」

 アイザックの手が背中に触れている。案内されるように階段を上がり、奥の部屋へ向かった。

「この棟には誰もいないんですか?」

「ああ、反対側の隅部屋がハリーの部屋で、その上に事務棟の所長がいる。あとは一階の警備室に常時2名が詰めている。こっち側は俺ひとりだ」

 研究棟も真ん中が入口で左右に分かれる造りの建物になっている。宿舎棟では一列十部屋あったが、大部屋が続いているのだろう。ドアが4つしかない。

 その一番奥の部屋のドアを開けたアイザックに連れられて部屋に入った。

「こんな時間にどうした?」

「すみません、でもここで頼れるのはアイザックだけで……」

「ああ、構わない、どうした?」

 アイザックは入口近くにある机に尻を半分のせ、座ると、俺に向き合ってくれる。
 俺はドアを入ったすぐの所に立っていて、借りたばかりのツナギを着ていて、頭からタオルをかぶっている。顔も上げれない。上げるのが怖い。黒い髪と瞳の威力は、自分で思っているよりもすごいと思うから。ホント、この世界間違っている。俺が綺麗で美形の基準だとか、以前の自分と同じ、何一つ変わっていないのに、場所が違うだけで常識が違うなんていい加減にしてほしい。

 アイザックが痺れを切らしたのか、近づいて来る。タオル越しに頭を撫でられ、ビクッと体が震えた。

「おいおい、マジで夜這いに来たとか言うなよ?」

 顔も上げられないから首を振る。その拍子にタオルがずれて、髪が見えてしまった。
 アイザックがタオルを奪う。思わず見上げてしまって、アイザックと視線が合った。
 驚愕の表情だった。いつも優しく微笑んでいたのに。思わずマジマジとその表情を見てしまった。
 でもアイザックの見方は違う。色を確かめるように、探るような視線だ。

「……これは、ヤバいな」

 腕の中に抱き込まれた。

「いやだ」

 押しのけようとしてもびくともしない。

「見ていると変に欲情しそうだからあえてこうしてるんだ。何もしないから暴れるな」

 そう言われて動きを止めた。

「これ、やっぱり異質ですか? 色を変える薬をもらったのに、置いて来てしまったから……」

 アイザックの手が俺の顎を持ち、上向かされる。左右に振られ、確かめられた。

「湯上がりの濡れた黒髪か。頬の痣が惜しいな。こんなことなら痣は明日からにすれば良かったなぁ。完璧な顔を見たかったぜ」

「色を変える薬って高いですか? すぐに手に入りますか?」

「っていうかさ、今朝から黒かったけど、気にしてたのか。あーっ、抱き込むのもヤバかったな。会った時から何となく感じていたんだが、こうしてみるとより匂いが濃くなって誘われる」

「聞いてますか? アイザック」

 そういえば、クロードの所からここまで来るのに誰も何も言わなかったから忘れていた。アイザックたちの過剰な反応は黒髪黒目のせいか。

 見上げると、欲情に駆られた男の顔が俺を見ている。ドアはすぐ背にあるのに、逃げられない。
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