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竜の渓谷
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※シア(カレンの呼名)=シャル(竜人の呼名)
本名 シャル・デ・アイル
※ 時間巻き戻しシャル(シア)sideです
◇◇◇
長い歴史の中で、竜は滅びの道を辿った。滅びを与えたのは人だ。だが甦らせたのもまた人だった。
双子島の渓谷で竜は蘇った。人が竜を滅びから救い、人と竜が混じり合い、新たな概念を持つ者が生まれた。
始祖の竜は白銀。始祖の竜と交わったのは、黒髪黒い瞳を持つ青年だった。
彼らは愛し合い、子を成し、荒い海に囲まれた、双子島内の渓谷を住処とした。それが通称“竜の渓谷”。
竜の渓谷から始まり、個体を増やしながら生きる竜は、人を愛している。また、同時に恨んでもいる。
相反する気持ちを抱えた彼らは、ある時、選択をした。
人と関わり、竜人として生きる道。
人との関わりを断ち、竜として生きる道。
竜の渓谷には、竜と竜人、そこに人が関わり、さらには別次元との関わりにより、より複雑さの中で生きている。
「少し匂いが濃くなった」
シャル・デ・アイルは空に視線を向ける。上空は雲で覆われていて、時折、雲の隙間から日差しが落ちる。
「次元の向こうの匂いか?」
渓谷の岩場に立つ。シャルは白銀の竜。
答えたのは黒竜、シャルの護衛に当たる竜で、個体名をツヴァイと言う。
竜の渓谷から見えるのは、地球という場所の監視塔と呼ばれるガラス面だけだ。その部分だけが宙に浮かんだ空間に映っている。竜の視力ならば、その中の人の姿が見える。竜の聴力ならば、聴きたいと思うモノに集中すれば聞こえる。
「明日、会いに行く」
「明日?」
ツヴァイが首を傾げ、ああっと頷く。
竜の時の概念は酷く曖昧だ。側に人がいれば、その人の概念に合わせて動くが、竜の谷は季節もなく、明るさもさして変わらない。
竜の渓谷を離れ、海を越え、人のいる大陸に行けば、季節もあり、朝昼夜の変化がある。
「俺専用の門が開く時が明日だよ」
シャルに伝わっている酷く甘い香りは、シャルが望んで手に入れた“人”から香る。白銀の竜には、始まりの血を継ぐ者との繋がりがある。ただ、今は次元の繋がりもある。始まりの血の香りは薄まり、さらに範囲が広がり、見つからないと思うのに、それは運命のように、白銀の竜に香って来る。
甘く、命を鷲掴みにされるような感覚。全てが自分のものだという独占欲。だが実際に目の前にすると、存在に怯える。人と竜との力の差など歴然だというのに、好かれたいと思う気持ちに揺れてしまう。だが、嬉しいのだ。嬉しくて震えるほど。全ての感覚が血に支配される悦び。これこそが白銀の竜として生まれた意味であると思えるほどの。
「お前の“明日”はいつ?」
シャルはツヴァイに問う。
「捨てた」
気持ちの籠らない一言に、シャルはツヴァイを睨む。黒竜は白銀の竜とは立場がまるで違う。白銀の竜の護衛として使えられるのは、黒竜の力が竜の種族の中で最も優れているからだ。白銀の竜は尊き存在だ。その感情を揺らすことさえ罪とされるほど。竜殺しが黙認されるほど。
「人は愛しむべき存在だろう? あんな愛らしい生き物、よく捨てられる」
ツヴァイはシャルの言葉を聞き、内心で安堵していた。ツヴァイはすでに200年以上生きている。しかし、シャルは生まれて50年経っていない。細かい歳の計算をする概念が竜にはないが、鱗の生え替わりや角の巻き具合で、お互いの年月を知る。
「俺は別に子が欲しい訳じゃねえよ。あの次元の先は気に入らねえ。俺らを見下している」
「だからって可愛い子を捨てた?」
「仕方ねえだろ。いつまでも監視付きでやってられるか。お前の子が孕んでこっちに来たら、攫おうかとも思ったが……もういい」
「俺のせい?」
「いや、そうじゃねえよ」
ツヴァイは内心で舌打ちをする。シャルが人を大事にするから、ツヴァイは人を悪く言えない。ましてやシャルのせいになどできはしない。
「残念だけど、俺の子は孕まないよ。もっと時間を掛けて、いろいろしたいからね」
シャルは嬉しそうな声を出す。目を眇め、見つめるのはガラスの向こう。声を盗み聞いては笑みを漏らす。お尻を上げて待つだけのあの子を、その従順さを明日もまた楽しむことが出来る。
本名 シャル・デ・アイル
※ 時間巻き戻しシャル(シア)sideです
◇◇◇
長い歴史の中で、竜は滅びの道を辿った。滅びを与えたのは人だ。だが甦らせたのもまた人だった。
双子島の渓谷で竜は蘇った。人が竜を滅びから救い、人と竜が混じり合い、新たな概念を持つ者が生まれた。
始祖の竜は白銀。始祖の竜と交わったのは、黒髪黒い瞳を持つ青年だった。
彼らは愛し合い、子を成し、荒い海に囲まれた、双子島内の渓谷を住処とした。それが通称“竜の渓谷”。
竜の渓谷から始まり、個体を増やしながら生きる竜は、人を愛している。また、同時に恨んでもいる。
相反する気持ちを抱えた彼らは、ある時、選択をした。
人と関わり、竜人として生きる道。
人との関わりを断ち、竜として生きる道。
竜の渓谷には、竜と竜人、そこに人が関わり、さらには別次元との関わりにより、より複雑さの中で生きている。
「少し匂いが濃くなった」
シャル・デ・アイルは空に視線を向ける。上空は雲で覆われていて、時折、雲の隙間から日差しが落ちる。
「次元の向こうの匂いか?」
渓谷の岩場に立つ。シャルは白銀の竜。
答えたのは黒竜、シャルの護衛に当たる竜で、個体名をツヴァイと言う。
竜の渓谷から見えるのは、地球という場所の監視塔と呼ばれるガラス面だけだ。その部分だけが宙に浮かんだ空間に映っている。竜の視力ならば、その中の人の姿が見える。竜の聴力ならば、聴きたいと思うモノに集中すれば聞こえる。
「明日、会いに行く」
「明日?」
ツヴァイが首を傾げ、ああっと頷く。
竜の時の概念は酷く曖昧だ。側に人がいれば、その人の概念に合わせて動くが、竜の谷は季節もなく、明るさもさして変わらない。
竜の渓谷を離れ、海を越え、人のいる大陸に行けば、季節もあり、朝昼夜の変化がある。
「俺専用の門が開く時が明日だよ」
シャルに伝わっている酷く甘い香りは、シャルが望んで手に入れた“人”から香る。白銀の竜には、始まりの血を継ぐ者との繋がりがある。ただ、今は次元の繋がりもある。始まりの血の香りは薄まり、さらに範囲が広がり、見つからないと思うのに、それは運命のように、白銀の竜に香って来る。
甘く、命を鷲掴みにされるような感覚。全てが自分のものだという独占欲。だが実際に目の前にすると、存在に怯える。人と竜との力の差など歴然だというのに、好かれたいと思う気持ちに揺れてしまう。だが、嬉しいのだ。嬉しくて震えるほど。全ての感覚が血に支配される悦び。これこそが白銀の竜として生まれた意味であると思えるほどの。
「お前の“明日”はいつ?」
シャルはツヴァイに問う。
「捨てた」
気持ちの籠らない一言に、シャルはツヴァイを睨む。黒竜は白銀の竜とは立場がまるで違う。白銀の竜の護衛として使えられるのは、黒竜の力が竜の種族の中で最も優れているからだ。白銀の竜は尊き存在だ。その感情を揺らすことさえ罪とされるほど。竜殺しが黙認されるほど。
「人は愛しむべき存在だろう? あんな愛らしい生き物、よく捨てられる」
ツヴァイはシャルの言葉を聞き、内心で安堵していた。ツヴァイはすでに200年以上生きている。しかし、シャルは生まれて50年経っていない。細かい歳の計算をする概念が竜にはないが、鱗の生え替わりや角の巻き具合で、お互いの年月を知る。
「俺は別に子が欲しい訳じゃねえよ。あの次元の先は気に入らねえ。俺らを見下している」
「だからって可愛い子を捨てた?」
「仕方ねえだろ。いつまでも監視付きでやってられるか。お前の子が孕んでこっちに来たら、攫おうかとも思ったが……もういい」
「俺のせい?」
「いや、そうじゃねえよ」
ツヴァイは内心で舌打ちをする。シャルが人を大事にするから、ツヴァイは人を悪く言えない。ましてやシャルのせいになどできはしない。
「残念だけど、俺の子は孕まないよ。もっと時間を掛けて、いろいろしたいからね」
シャルは嬉しそうな声を出す。目を眇め、見つめるのはガラスの向こう。声を盗み聞いては笑みを漏らす。お尻を上げて待つだけのあの子を、その従順さを明日もまた楽しむことが出来る。
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