竜の卵を宿すお仕事

サクラギ

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竜の渓谷

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 次の日は、とても早くやって来た。
 それはそうかもしれない。あの日はカレンに思ってもみないことを言われたから、何もせずに逃げてしまった。カレンの体は受け入れる用意が出来ていた。だからやっぱりして欲しい。そういうことだ。

 シャルは前回に言われた言葉も機嫌が悪かったせいだろうとして、次の日の呼び出しに浮かれていた。でもカレンの匂いは遠い。いつもの部屋にない。そんなことは今まで一度もなく、変な気がしながら部屋に入った。

 部屋の中に違う人の匂いがあった。
 カレンは絶対にさせなかった匂い。キツイ香水に体を洗う薬剤の匂い。それに加え発情を促す薬の匂い。どれもシャルには強すぎて、部屋に入っただけで吐き気がした。

「白銀の竜さまですか?」

 少し高い男の声がする。
 袖で鼻を押さえ、声の方を見ると、カレンよりも若い、まだ子どもにしか見えない男がベッドに座っていた。そこからシャルに気づくと近づいて来る。

「来るな!」

 思わず声を上げていた。不快でたまらない。匂いも、高い声も。

「すみません、でも、今日から僕があなたのお相手をすることになりました。カズヤです。よろしくお願いします」

「カレンは?」

 カズヤから距離を取る為に数歩下がるが、匂いはさして変わらない。

「え? あのさえない人ですか? 研究施設にいましたけど? もう捨てたんですよね? もうおじさんだから捨てられたって聞いて、僕だったら若いし、すぐに子どもを作ることだってできるって、先生が……」

 カズヤが少しずつ距離を詰めて来るから、シャルはその距離だけ後ろに下がった。

「カレンを呼んでくれ、君ではない」

「えーでも、だって、先生が僕に代われって言ったから……」

 カズヤが不貞腐れたように頬を膨らませる。それもシャルには不快で、思わず睨みつけていた。白銀の竜の睨みは人の動きを奪う。カズヤは縛られたように体を強張らせた。言葉も出せず、表情が苦痛に歪む。

「うるさい! 黙れ! カレンが来ないのなら、ここにいる意味はない!」

 シャルは踵を返して部屋を出た。
 部屋を出た瞬間にカズヤの体の縛りは解けた。カズヤが表情を歪め、敵意をむき出しにしたのを、シャルは見ていなかった。

 カレンがいない。カレンが来ない。カレンの匂いは遠い場所にある。本当にシャルを見捨てたのか。さっきの吐き気がまだ胸をムカつかせている。人の、白銀の竜に対する態度の横柄さにも怒りが向く。

 カレンはシャルに対する配慮があった。特に匂いには気を付けていてくれたことがはっきりわかった。カレンの匂いは始祖の血の香りとカレンの匂いだけで、シャルを不快にさせる匂いは少しもない。白銀の竜が好むとした、銀色の服も、嫌だと思っているのに着てくれる。その勘違いもまた可愛く見えた。言葉遣いが砕けて行くのも、シャルに慣れて行ってくれていると思えて嬉しくあった。

 あれはすべてカレンの配慮だったのだと、違う男の存在を知り、初めて気づいた。

 竜の渓谷に戻り、高い位置にある管制塔の中を見る。でもそこにカレンの姿は見えない。人の世界のもっと遠い場所に、カレンの匂いがある。カレンはまだシャルを受け入れる為の状態にある。だから感情が伝わって来る。緊張と諦め、驚愕と不安。いったいカレンがどんな状態にあるのか。本当に二度と会わないとしたのか。

 人の姿のまま竜の渓谷にある。
 それを咎めるように、黒竜が近くに来た。カレンの姿を隠すようにし、ぐるると喉を鳴らす。黒竜の意図することはシャルにもわかっている。人に竜族の実態を暴かれないよう注意を払っている。白銀の竜が怒りを露わにしたら、その怒りは別の竜に伝わり、竜の混乱を引き起こす。

 竜の渓谷は子育ての場だ。混乱を招く前に怒りを鎮めろと、黒竜はシャルの傍にある。
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