21 / 68
竜の渓谷
7
しおりを挟む
本来であれば、腹にナイフが刺さった程度の傷で死ぬことも、寝込むこともない。それくらい白銀の竜は治癒能力も高いのだが、カレンを失ったシャルには、生きる気力もないのだろう。細胞の損傷を最小限にナイフを抜き、治療を施したのだが、シャルは人の時間で3日、目を覚まさず、うわ言のようにカレンの名を呼び続けた。
3日目、ツヴァイが見守る中、目覚めたシャルは、お腹が空いたと笑った。
すぐにベッドから起き、いつもの店に行く。
シャルがカレンのことに触れて来ないので、ツヴァイからは何も言わなかった。
ツヴァイにとってシャルが初めての白銀の竜だ。白銀の竜と始祖の血の人とのあり方がどんなものか、ツヴァイにはわからない。カレンが死んでしまったから、シャルの中のカレンも死に、シャルはもう次の始祖の血を持つ者が現れるのを待つ状態になったのだろうかと思った。それくらいシャルには怒りも悲しみも見えない。
お腹が空いたと言って自分からベッドを出て歩き始めた。はじめはふらついたから、ツヴァイが手を貸したが、それもいらないとすぐにいつもの調子で歩き始めた。まるで3日寝込んでいたのが嘘のようだ。あの騒動が抜け落ち、平穏な日常の続きをしているような、それくらい、シャルは通常に戻っている。
「酒はやめておけ」
いつものように酒を注文しようとしたシャルを止めたが、店側はシャルに逆らえない。食べるものも通常通り、鳥の焼いたものや虫を炒ったものを注文している。それに加え、木の実のスープを注文したのはツヴァイだ。腹に空いたナイフの傷はもう塞がっているが、3日胃に何も入れていない。シャルの記憶がどうなっているのかはツヴァイにはわからないが、体は正直に不調を来たすだろう。
「なんで? 酒飲みたい」
運ばれて来た酒を、瓶のまま口に運ぼうとしたシャルの手から瓶を奪う。
「どうせ飲んだって酔えないんだ。こっちにしておけ」
奪った瓶の代わりに水の瓶を握らせた。
「うるさいな、好きにさせろよ」
ツヴァイの手から酒を奪い返したシャルは、ツヴァイの忠告など一切聞く気はなく、瓶を口に当ててごくごくと喉を鳴らす。ツヴァイが止めさせた時には、瓶の半分が無くなっていた。
飲んですぐに吐き気に襲われたシャルは、店の外に走って行き、店の陰で飲んだ酒と胃液を吐き出した。苦しそうに肩で息をするシャルの背を撫でたツヴァイは、吐いて辛いせいで流す涙なのか、気持ちのうえで流された涙なのか、わからないまま、ただシャルの体を支え、店には戻らず、家への道を進んだ。
「帰ったらスープ作ってやるから」
「いらない」
まだ泣き続けているシャルの肩を支え、歩く。
すれ違う者がシャルに咎める視線を送るのは、3日前に起きた騒動のせいだ。怪我をしている者が多くいる。シャルの怒りに感化された者たちが争った痕だ。救いは怒りの騒動が竜の渓谷の細部にまで響かなかったことだ。もし細部にまで広がり、抱えていた卵が割れるような事態にまでなっていたら、シャルは怒り狂った親に殺されていたかもしれない。
それからシャルは、どこへも出かけようとしなくなった。食事を取らなくなり、ベッドで寝ているばかりだ。ツヴァイが来ても起きず、話しも頷くばかりで聞こうともしない。
白銀の竜が始祖の血を引く者を失った時、狂う竜がいたという。シャルは生きる気力を失っている。
3日目、ツヴァイが見守る中、目覚めたシャルは、お腹が空いたと笑った。
すぐにベッドから起き、いつもの店に行く。
シャルがカレンのことに触れて来ないので、ツヴァイからは何も言わなかった。
ツヴァイにとってシャルが初めての白銀の竜だ。白銀の竜と始祖の血の人とのあり方がどんなものか、ツヴァイにはわからない。カレンが死んでしまったから、シャルの中のカレンも死に、シャルはもう次の始祖の血を持つ者が現れるのを待つ状態になったのだろうかと思った。それくらいシャルには怒りも悲しみも見えない。
お腹が空いたと言って自分からベッドを出て歩き始めた。はじめはふらついたから、ツヴァイが手を貸したが、それもいらないとすぐにいつもの調子で歩き始めた。まるで3日寝込んでいたのが嘘のようだ。あの騒動が抜け落ち、平穏な日常の続きをしているような、それくらい、シャルは通常に戻っている。
「酒はやめておけ」
いつものように酒を注文しようとしたシャルを止めたが、店側はシャルに逆らえない。食べるものも通常通り、鳥の焼いたものや虫を炒ったものを注文している。それに加え、木の実のスープを注文したのはツヴァイだ。腹に空いたナイフの傷はもう塞がっているが、3日胃に何も入れていない。シャルの記憶がどうなっているのかはツヴァイにはわからないが、体は正直に不調を来たすだろう。
「なんで? 酒飲みたい」
運ばれて来た酒を、瓶のまま口に運ぼうとしたシャルの手から瓶を奪う。
「どうせ飲んだって酔えないんだ。こっちにしておけ」
奪った瓶の代わりに水の瓶を握らせた。
「うるさいな、好きにさせろよ」
ツヴァイの手から酒を奪い返したシャルは、ツヴァイの忠告など一切聞く気はなく、瓶を口に当ててごくごくと喉を鳴らす。ツヴァイが止めさせた時には、瓶の半分が無くなっていた。
飲んですぐに吐き気に襲われたシャルは、店の外に走って行き、店の陰で飲んだ酒と胃液を吐き出した。苦しそうに肩で息をするシャルの背を撫でたツヴァイは、吐いて辛いせいで流す涙なのか、気持ちのうえで流された涙なのか、わからないまま、ただシャルの体を支え、店には戻らず、家への道を進んだ。
「帰ったらスープ作ってやるから」
「いらない」
まだ泣き続けているシャルの肩を支え、歩く。
すれ違う者がシャルに咎める視線を送るのは、3日前に起きた騒動のせいだ。怪我をしている者が多くいる。シャルの怒りに感化された者たちが争った痕だ。救いは怒りの騒動が竜の渓谷の細部にまで響かなかったことだ。もし細部にまで広がり、抱えていた卵が割れるような事態にまでなっていたら、シャルは怒り狂った親に殺されていたかもしれない。
それからシャルは、どこへも出かけようとしなくなった。食事を取らなくなり、ベッドで寝ているばかりだ。ツヴァイが来ても起きず、話しも頷くばかりで聞こうともしない。
白銀の竜が始祖の血を引く者を失った時、狂う竜がいたという。シャルは生きる気力を失っている。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる