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白銀の竜
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「すごいイケメン、背が高い、スタイルすごくない? ちょっとあれ、見て。写真撮って良いかな? 夏なのに黒服とかモデルさんかな?」
こそこそと話声が聞こえて来る。しかし、竜語しか知らないツヴァイには意味はわからない。だが注目されているのも、頬を赤らめた女の考えくらいはわかる。
『なんで急に電車? だったかコレ』
シャルは日本語がわかっている。過去の白銀の竜が覚えていたからだ。記憶を継ぐということは言語も含まれるらしい。ドアの角にシャルを立たせ、囲って守るようにツヴァイが立っている。それがどうやら絵になるらしく、スマホの電子音が方々から聞こえている。
シャルは白Tシャツに黒いパンツ、スニーカー、その上にフードのある薄手の黒いコートを羽織っている。フードを目深にかぶっていても、銀の髪がひと房胸に流れていて、妙に目立つ。ツヴァイは全身黒だ。髪も目も黒いから特に隠してはいないが、顔立ちが濃いから混血に見える。しかも竜語しか話せない。どこの国の人なんだろうと興味を持たれている。
『研究所がなくなっちゃったからね。知り合いいなくなっちゃっただろ? 公共機関使わないとどこにも行けない』
シャルはいたずらっ子みたいに笑い、ツヴァイの胸をグーで押した。シャッターチャンスとばかりに電子音が聞こえる。
『馬鹿か、時空潜れるのなら目的の人物の前に出れば良いだろ? 無駄だ』
ツヴァイがそう言うと、シャルは電車内の座席のひとつに目配せした。
そこにはスーツを着た男性がいる。疲れた顔でビジネスバッグを膝に抱え、背中を丸めてスマホを見ている。歳は40歳くらいだろうか。頭髪に白いものがポツポツと見える。
『あれがどうした』
『カレン』
『は?』
ツヴァイはカレンを見ている。最初にカレンを見たのは、カレンがまだ10歳未満の時だ。シャルが惹かれる匂いを辿って見つけた相手。その時は年齢もあり、可愛い子だった。カレンと実際に出会ったのはカレンが25歳の時。ツヴァイにとっては冴えない男という印象だったが、シャルには極上の男に見えていた。シャルが良いのならそれで良い、がツヴァイの考えだ。だが電車の座席に座っている男はシャルの目にも良く映っていないらしい。
『歴史が変わったと言っただろ? 俺と出会ったカレンがいなくなった』
『いや、俺の記憶の中では何も変わっていないが?』
シャルはツヴァイの言葉を聞いて、嬉しそうに笑んだ。
『俺たちはまだ歴史の狭間でさまよっている状態らしい。なぜか歴史を刻んで行く立場に立たされている。でもカレンはすでに記憶を失い、新しい歴史の先を生きているんだ』
シャルの言葉を聞き、ツヴァイは考える。
『さっき研究所がなくなったと言ったな。ということは、俺たちはこの世界と時空を繋いでいなかった世界にいるということか?』
『うん、そう。白銀の竜が自分で時空を繋げられるようになったからね、大掛かりな時空装置がいらなくなったみたい。自力で始祖の血の匂いを辿れるようになったから、人の協力はいらないってことかな』
『それで? おまえは始祖の血の匂いを辿ってここに来たと? だが、その相手がおまえの好みでなかった場合はどうなるんだ?』
カレンは腕時計を見て、荷物を持ち直し、ドアが開くタイミングで電車の外に飛び出した。それを追うようにシャルとツヴァイも電車を降りる。人の波に流されながら歩いて行くカレンの背を追う。時計をひっきりなしに見ている。約束の時間があるのだろう。くたびれたスーツ、疲れの見える顔、おどおどした態度。どれもが貧相に映る。
「ゆいとさーん、こっち、こっち」
「ああ、わるい、電車1本乗り逃した」
カレンが手に持つ招待状には“木梨 唯人 様”と書かれている。呼んだ相手もスーツを着ている。一緒に連れ立ってホームの階段を上って行く。シャルとツヴァイはこの時空にとって無いものとして扱われるらしい。改札も反応せず素通りできた。ということはスマホのカメラ機能にも映らないし、防犯カメラにも映らない。ここでは幽霊のような存在だ。彼らが視界から消えれば、そのうち記憶から消える。歴史の狭間にいるということは、存在しないということらしい。
「セミナー始まりますよ、急ぎましょう」
「うん、わるい、急ごう」
カレンはシャルとは出会わず、東京で普通に暮らしている。普通に暮らして、普通の会社員になって、よれよれのスーツを着て普通の人に紛れて暮らしている。シャルはカレンを追うことを止め、踵を返し、ツヴァイを見た。
『行こう』
その表情には悲しみよりも寂しさがある。シャルと出会っていれば25歳で成長を止める。だがカレンは時を止めず、人として生きている。
こそこそと話声が聞こえて来る。しかし、竜語しか知らないツヴァイには意味はわからない。だが注目されているのも、頬を赤らめた女の考えくらいはわかる。
『なんで急に電車? だったかコレ』
シャルは日本語がわかっている。過去の白銀の竜が覚えていたからだ。記憶を継ぐということは言語も含まれるらしい。ドアの角にシャルを立たせ、囲って守るようにツヴァイが立っている。それがどうやら絵になるらしく、スマホの電子音が方々から聞こえている。
シャルは白Tシャツに黒いパンツ、スニーカー、その上にフードのある薄手の黒いコートを羽織っている。フードを目深にかぶっていても、銀の髪がひと房胸に流れていて、妙に目立つ。ツヴァイは全身黒だ。髪も目も黒いから特に隠してはいないが、顔立ちが濃いから混血に見える。しかも竜語しか話せない。どこの国の人なんだろうと興味を持たれている。
『研究所がなくなっちゃったからね。知り合いいなくなっちゃっただろ? 公共機関使わないとどこにも行けない』
シャルはいたずらっ子みたいに笑い、ツヴァイの胸をグーで押した。シャッターチャンスとばかりに電子音が聞こえる。
『馬鹿か、時空潜れるのなら目的の人物の前に出れば良いだろ? 無駄だ』
ツヴァイがそう言うと、シャルは電車内の座席のひとつに目配せした。
そこにはスーツを着た男性がいる。疲れた顔でビジネスバッグを膝に抱え、背中を丸めてスマホを見ている。歳は40歳くらいだろうか。頭髪に白いものがポツポツと見える。
『あれがどうした』
『カレン』
『は?』
ツヴァイはカレンを見ている。最初にカレンを見たのは、カレンがまだ10歳未満の時だ。シャルが惹かれる匂いを辿って見つけた相手。その時は年齢もあり、可愛い子だった。カレンと実際に出会ったのはカレンが25歳の時。ツヴァイにとっては冴えない男という印象だったが、シャルには極上の男に見えていた。シャルが良いのならそれで良い、がツヴァイの考えだ。だが電車の座席に座っている男はシャルの目にも良く映っていないらしい。
『歴史が変わったと言っただろ? 俺と出会ったカレンがいなくなった』
『いや、俺の記憶の中では何も変わっていないが?』
シャルはツヴァイの言葉を聞いて、嬉しそうに笑んだ。
『俺たちはまだ歴史の狭間でさまよっている状態らしい。なぜか歴史を刻んで行く立場に立たされている。でもカレンはすでに記憶を失い、新しい歴史の先を生きているんだ』
シャルの言葉を聞き、ツヴァイは考える。
『さっき研究所がなくなったと言ったな。ということは、俺たちはこの世界と時空を繋いでいなかった世界にいるということか?』
『うん、そう。白銀の竜が自分で時空を繋げられるようになったからね、大掛かりな時空装置がいらなくなったみたい。自力で始祖の血の匂いを辿れるようになったから、人の協力はいらないってことかな』
『それで? おまえは始祖の血の匂いを辿ってここに来たと? だが、その相手がおまえの好みでなかった場合はどうなるんだ?』
カレンは腕時計を見て、荷物を持ち直し、ドアが開くタイミングで電車の外に飛び出した。それを追うようにシャルとツヴァイも電車を降りる。人の波に流されながら歩いて行くカレンの背を追う。時計をひっきりなしに見ている。約束の時間があるのだろう。くたびれたスーツ、疲れの見える顔、おどおどした態度。どれもが貧相に映る。
「ゆいとさーん、こっち、こっち」
「ああ、わるい、電車1本乗り逃した」
カレンが手に持つ招待状には“木梨 唯人 様”と書かれている。呼んだ相手もスーツを着ている。一緒に連れ立ってホームの階段を上って行く。シャルとツヴァイはこの時空にとって無いものとして扱われるらしい。改札も反応せず素通りできた。ということはスマホのカメラ機能にも映らないし、防犯カメラにも映らない。ここでは幽霊のような存在だ。彼らが視界から消えれば、そのうち記憶から消える。歴史の狭間にいるということは、存在しないということらしい。
「セミナー始まりますよ、急ぎましょう」
「うん、わるい、急ごう」
カレンはシャルとは出会わず、東京で普通に暮らしている。普通に暮らして、普通の会社員になって、よれよれのスーツを着て普通の人に紛れて暮らしている。シャルはカレンを追うことを止め、踵を返し、ツヴァイを見た。
『行こう』
その表情には悲しみよりも寂しさがある。シャルと出会っていれば25歳で成長を止める。だがカレンは時を止めず、人として生きている。
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