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2 神子と弟
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「兄さまぁ」
カウチにだらりと横たわる姿をめがけて、抱き着きに行った。
「ティア、いつまでも子どものように、もう見習い神官なのでしょう?」
ティアを受け止めた兄、ユリウスは、ティアをカウチの上に引き寄せ、ティアの背中にぴったりと胸を寄せて抱き込んだ。そうして頭部の匂いを嗅ぎ、満足そうな息を吐く。
「きちんと毎日洗っているようですね。甘いルリの実の香りがします。それとティアの匂い」
「兄さまも元気そうで良かったです」
抱き込まれた体の背中のぬくもりが嬉しい。お腹を抱えているユリウスの手に手を重ねて、ひと時の安らぎを楽しんだ。
「ティアがいてくれるので大丈夫ですよ。ティアが元気でいてくれないと悲しいので、頑張ってくださいね」
「うん、わかってる」
神子になる時、ひとつだけ願いが叶えられるという。それは神子としての存在意義を外れない限り叶えられるらしく、ユリウスはティアを望んだ。ティアとユリウスに二人以外の家族はいない。両親がどうしていないのか、ティアは知らない。物心ついた頃から兄と二人で生きていて、兄はその見目の良さから無理やり神官見習いにさせられた。それはユリウスが13歳の時、ティアが8歳の時だ。
ティアは突然ユリウスを失い、路地裏の汚い道に横たわる孤児として生きた。死と隣り合わせの、一人ぼっち。寂しさと空腹だけが頭の中にあった。それでも生きて来られたのは、ティアが転生者だったからだ。ユリウスを失い、寂しさと空腹で死にそうになっていた時、前世の記憶が蘇った。それはとても裕福な環境で暇を持て余す18歳の自分だった。
「兄さまは誰の元に行きたいですか?」
神子として生きられるのは、神子になってから5年間で、それ以降は神の選んだ者へ下賜される。神の子を下賜されるのだ。それはその者の名誉となる。
「それは兄さまが考えて良いことではありませんよ。全ては神さまが選んでくださいます」
「……そうでした」
前世の記憶は時に今の記憶の邪魔をする。
元々、八百万の神が、他宗教が入り混じる世界で暮らしていた。それぞれの良いところを真似するような、そんな曖昧な信仰の中で暮らしていた記憶があるから、全てを神にゆだねて生きるユリウスの生き方を全部わかるとは思えない。でもユリウスはその美貌のせいで、意志など無視され、勝手に神殿見習いにさせられ、最終的に神子にさせられている。ユリウスの意志はたったひとつ、ティアを傍にだけだ。
ユリウスにはティアに対する贖罪がある。幼いまま捨て置いてしまったという想いを抱えて生きていたのだということが、こうしてユリウスに抱き締められることでわかる。だからティアはユリウスを恨んではいない。元々の意識が18歳だ。今のユリウスと同い年である。自身も辛い環境にあったと思うのに、それでもずっと弟の存在を想っていてくれた。それは感謝でしかない。
「僕は獣人国のアシュ・ロネ様とか、妖精国のサヴィナ様とか、鬼人族のエイン様とか、……」
ティアが各国の有力者の名前を挙げていると、ユリウスはティアの髪を撫でながら小さく笑った。
「どうかしましたか?」
「いいえ、ティアが挙げるお名前はみな、美形な方ばかりだと。ティアは美形な方が好きなのですね」
ユリウスの言葉を聞き、ティアは少しテレた。確かに美形ばかりを挙げている。
「違いますよ、兄さま。兄さまがとても美しいので、それに釣り合う方の名を挙げているのです。僕の好きな方ではありません」
「ティア、見た目が全てではありませんよ? それに、私にはティアがいてくれる今が一番幸せなのです。そんな遠い未来のお話はしたくありません。ティアをもっと可愛がらせてください」
耳の上にキスをされ、ティアは顔が赤くなるのを感じた。
ユリウスは兄だけど容姿がまるで違う。ユリウスは白銀の髪、淡い水色の瞳をしている。血の繋がりのある兄弟だということは、ユリウスがティアを呼び寄せた時に確認されている。でなければこうしてひと時でも同じ空間に、しかも身を寄せ合うことなど許されはしない。
「ティア、この先、貴方がどう変わって行くのかわかりませんが、決して私のようにはならないよう、心していてください。それだけが私の望みです」
「兄さま、大丈夫ですよ。僕は黒髪、黒目ですから」
この世界の美しいという基準から一番遠い容姿をしている。でもユリウスにはそれが救いらしい。ティアとしては、ユリウスほど美しくなくても良いが、一般的に格好良いと言われるくらいの容姿に生まれたかった。この姿が過去の記憶と関係しているのだろうことは、わかっているのだけれど。
カウチにだらりと横たわる姿をめがけて、抱き着きに行った。
「ティア、いつまでも子どものように、もう見習い神官なのでしょう?」
ティアを受け止めた兄、ユリウスは、ティアをカウチの上に引き寄せ、ティアの背中にぴったりと胸を寄せて抱き込んだ。そうして頭部の匂いを嗅ぎ、満足そうな息を吐く。
「きちんと毎日洗っているようですね。甘いルリの実の香りがします。それとティアの匂い」
「兄さまも元気そうで良かったです」
抱き込まれた体の背中のぬくもりが嬉しい。お腹を抱えているユリウスの手に手を重ねて、ひと時の安らぎを楽しんだ。
「ティアがいてくれるので大丈夫ですよ。ティアが元気でいてくれないと悲しいので、頑張ってくださいね」
「うん、わかってる」
神子になる時、ひとつだけ願いが叶えられるという。それは神子としての存在意義を外れない限り叶えられるらしく、ユリウスはティアを望んだ。ティアとユリウスに二人以外の家族はいない。両親がどうしていないのか、ティアは知らない。物心ついた頃から兄と二人で生きていて、兄はその見目の良さから無理やり神官見習いにさせられた。それはユリウスが13歳の時、ティアが8歳の時だ。
ティアは突然ユリウスを失い、路地裏の汚い道に横たわる孤児として生きた。死と隣り合わせの、一人ぼっち。寂しさと空腹だけが頭の中にあった。それでも生きて来られたのは、ティアが転生者だったからだ。ユリウスを失い、寂しさと空腹で死にそうになっていた時、前世の記憶が蘇った。それはとても裕福な環境で暇を持て余す18歳の自分だった。
「兄さまは誰の元に行きたいですか?」
神子として生きられるのは、神子になってから5年間で、それ以降は神の選んだ者へ下賜される。神の子を下賜されるのだ。それはその者の名誉となる。
「それは兄さまが考えて良いことではありませんよ。全ては神さまが選んでくださいます」
「……そうでした」
前世の記憶は時に今の記憶の邪魔をする。
元々、八百万の神が、他宗教が入り混じる世界で暮らしていた。それぞれの良いところを真似するような、そんな曖昧な信仰の中で暮らしていた記憶があるから、全てを神にゆだねて生きるユリウスの生き方を全部わかるとは思えない。でもユリウスはその美貌のせいで、意志など無視され、勝手に神殿見習いにさせられ、最終的に神子にさせられている。ユリウスの意志はたったひとつ、ティアを傍にだけだ。
ユリウスにはティアに対する贖罪がある。幼いまま捨て置いてしまったという想いを抱えて生きていたのだということが、こうしてユリウスに抱き締められることでわかる。だからティアはユリウスを恨んではいない。元々の意識が18歳だ。今のユリウスと同い年である。自身も辛い環境にあったと思うのに、それでもずっと弟の存在を想っていてくれた。それは感謝でしかない。
「僕は獣人国のアシュ・ロネ様とか、妖精国のサヴィナ様とか、鬼人族のエイン様とか、……」
ティアが各国の有力者の名前を挙げていると、ユリウスはティアの髪を撫でながら小さく笑った。
「どうかしましたか?」
「いいえ、ティアが挙げるお名前はみな、美形な方ばかりだと。ティアは美形な方が好きなのですね」
ユリウスの言葉を聞き、ティアは少しテレた。確かに美形ばかりを挙げている。
「違いますよ、兄さま。兄さまがとても美しいので、それに釣り合う方の名を挙げているのです。僕の好きな方ではありません」
「ティア、見た目が全てではありませんよ? それに、私にはティアがいてくれる今が一番幸せなのです。そんな遠い未来のお話はしたくありません。ティアをもっと可愛がらせてください」
耳の上にキスをされ、ティアは顔が赤くなるのを感じた。
ユリウスは兄だけど容姿がまるで違う。ユリウスは白銀の髪、淡い水色の瞳をしている。血の繋がりのある兄弟だということは、ユリウスがティアを呼び寄せた時に確認されている。でなければこうしてひと時でも同じ空間に、しかも身を寄せ合うことなど許されはしない。
「ティア、この先、貴方がどう変わって行くのかわかりませんが、決して私のようにはならないよう、心していてください。それだけが私の望みです」
「兄さま、大丈夫ですよ。僕は黒髪、黒目ですから」
この世界の美しいという基準から一番遠い容姿をしている。でもユリウスにはそれが救いらしい。ティアとしては、ユリウスほど美しくなくても良いが、一般的に格好良いと言われるくらいの容姿に生まれたかった。この姿が過去の記憶と関係しているのだろうことは、わかっているのだけれど。
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