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20 何も
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白い壁に金の鶴が描かれた部屋の中で、十二単のような衣装を着せられる。でも色は白だ。襟に金糸で柄がある程度で、顔はチャラチャラ音のする簾が付けられた物をかぶって隠す。
これは兄が着たものと同じだろうかと思いながら、着々と進んで行く準備を見ていた。とても気持ちが遠くにある。この3日、食べたのは3枚の紙とお酒だけだ。それを日に2度。あと口にしたのは清水と呼ばれる水だけだ。
手を引かれて進んで行く。
伝統的な音楽が聞こえているが、その音も遠く感じた。
兄の姿を見て美しいと思っていた。だが兄はきっと、今のティアと同じように、感覚が遠くなっていて、状況が自分よりも遠くで起こっているような感覚だったのだろう。3日間、一言も話させてもらえなかった。部屋でつぶやく独り言ほど寂しいものはなかった。
唯一の救いはアシュのマントで、アシュがいたことも忘れてしまいそうな、曖昧になって行く感覚の中で、確かなものはそれだけだった。
祭壇の前に座らされる。遠い場所でいろんなことが通り過ぎて行く。
手に取るもの、手放すもの、口にするもの、書き記すもの、全て神官の指示通り、手を持って運ばれたり、手を引かれて歩かされたり、そこにティアの意志はひとつもなかった。
◇◇◇
気づけば神殿の祭壇の上部へ連れて行かれている。
衣装は変えられ、白い着物ひとつになっていた。
「こちらよりお入りください」
大神官に手を引かれている。
ここはきっと大神官と神子しか入ってはいけない場所だ。そして大神官が示した先が聖域となる。
赤い階段が続いている。細く、長い、心もとない階段に足をかける。その感触は裸足の足裏に冷たく感じ、でも初めてではないと思う何かがある。来たことがある。そういう錯覚のようなものだ。
着物の裾をさばきながら上がって行く。
ふとしたら、白い空間の中に立っていた。
辺りを見回す。丸い白い空間。空から木漏れ日のような光が射している。
そのうち風景がかわる。小鳥の鳴き声が聞こえ、風が吹いて来る。緑と花の香り、甘い果物の香り。
「これがあなたの安らぐ場所ですか?」
見れば美しい女とも男とも思えない、人なのかそうでないのかもわからない、ただ感覚としてそこに誰かがいる。そういう場所から声が聞こえて来た。
「これが僕の安らぐ場所?」
「ええ、そうです。ここがあなたの安らぐ場所です」
声にそう言われ、胸が痛んだ。
涙が溢れた。
この場所を安らぎだなんて思ってはいけない。そう思うと、風景が消える。
次に現れたのは兄の姿だった。
「ティア、元気そうですね」
兄の手がティアの前に差し出される。
ティアはその手を取ることができなかった。
「ごめんなさい、兄さま、ごめんなさい……」
「泣かなくても良い」
次に現れたのはアシュで、その熱い腕の中にいた。
「約束は守らねえのか?」
ティアを見ているのは赤い瞳孔。体が震える。
「やめてください!」
ティアは叫んで頭を抱え、白い床に膝をついた。
また白い空間に木漏れ日が落ちる。
程よい高さの、安らぎの声が笑いを伝えて来る。
「あなたはこれより神子となります。あなたの体は私のもの。私に尽くす、それがあなたの役割です」
ティアの体の周りに金の光が降って来る。風が巻き起こり、金の光が渦を巻いて舞い上がって行った。
「なぜ、僕なのですか。……なぜ」
「私の声が聞こえるからです」
ティアは天の声を聞き、そんなことなのかと思った。聞こえれば、神子となれる。
肩の力が抜ける。もう逃げることもできず、5年、天の声を聞きながら、天の声の指示通り、役割を果たすことしかできない。
「ひとつ、願いを叶えましょう」
兄が願ったのはティアだ。ティアを傍に。でもティアには願いがない。
「……何も」
そう告げると幕が上がるように、白い世界が消えて行った。
後ろに赤い階段がある。たったこれだけのことかと思いながら、ティアは階段を下りて行った。
これは兄が着たものと同じだろうかと思いながら、着々と進んで行く準備を見ていた。とても気持ちが遠くにある。この3日、食べたのは3枚の紙とお酒だけだ。それを日に2度。あと口にしたのは清水と呼ばれる水だけだ。
手を引かれて進んで行く。
伝統的な音楽が聞こえているが、その音も遠く感じた。
兄の姿を見て美しいと思っていた。だが兄はきっと、今のティアと同じように、感覚が遠くなっていて、状況が自分よりも遠くで起こっているような感覚だったのだろう。3日間、一言も話させてもらえなかった。部屋でつぶやく独り言ほど寂しいものはなかった。
唯一の救いはアシュのマントで、アシュがいたことも忘れてしまいそうな、曖昧になって行く感覚の中で、確かなものはそれだけだった。
祭壇の前に座らされる。遠い場所でいろんなことが通り過ぎて行く。
手に取るもの、手放すもの、口にするもの、書き記すもの、全て神官の指示通り、手を持って運ばれたり、手を引かれて歩かされたり、そこにティアの意志はひとつもなかった。
◇◇◇
気づけば神殿の祭壇の上部へ連れて行かれている。
衣装は変えられ、白い着物ひとつになっていた。
「こちらよりお入りください」
大神官に手を引かれている。
ここはきっと大神官と神子しか入ってはいけない場所だ。そして大神官が示した先が聖域となる。
赤い階段が続いている。細く、長い、心もとない階段に足をかける。その感触は裸足の足裏に冷たく感じ、でも初めてではないと思う何かがある。来たことがある。そういう錯覚のようなものだ。
着物の裾をさばきながら上がって行く。
ふとしたら、白い空間の中に立っていた。
辺りを見回す。丸い白い空間。空から木漏れ日のような光が射している。
そのうち風景がかわる。小鳥の鳴き声が聞こえ、風が吹いて来る。緑と花の香り、甘い果物の香り。
「これがあなたの安らぐ場所ですか?」
見れば美しい女とも男とも思えない、人なのかそうでないのかもわからない、ただ感覚としてそこに誰かがいる。そういう場所から声が聞こえて来た。
「これが僕の安らぐ場所?」
「ええ、そうです。ここがあなたの安らぐ場所です」
声にそう言われ、胸が痛んだ。
涙が溢れた。
この場所を安らぎだなんて思ってはいけない。そう思うと、風景が消える。
次に現れたのは兄の姿だった。
「ティア、元気そうですね」
兄の手がティアの前に差し出される。
ティアはその手を取ることができなかった。
「ごめんなさい、兄さま、ごめんなさい……」
「泣かなくても良い」
次に現れたのはアシュで、その熱い腕の中にいた。
「約束は守らねえのか?」
ティアを見ているのは赤い瞳孔。体が震える。
「やめてください!」
ティアは叫んで頭を抱え、白い床に膝をついた。
また白い空間に木漏れ日が落ちる。
程よい高さの、安らぎの声が笑いを伝えて来る。
「あなたはこれより神子となります。あなたの体は私のもの。私に尽くす、それがあなたの役割です」
ティアの体の周りに金の光が降って来る。風が巻き起こり、金の光が渦を巻いて舞い上がって行った。
「なぜ、僕なのですか。……なぜ」
「私の声が聞こえるからです」
ティアは天の声を聞き、そんなことなのかと思った。聞こえれば、神子となれる。
肩の力が抜ける。もう逃げることもできず、5年、天の声を聞きながら、天の声の指示通り、役割を果たすことしかできない。
「ひとつ、願いを叶えましょう」
兄が願ったのはティアだ。ティアを傍に。でもティアには願いがない。
「……何も」
そう告げると幕が上がるように、白い世界が消えて行った。
後ろに赤い階段がある。たったこれだけのことかと思いながら、ティアは階段を下りて行った。
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