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33 誘惑
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ソファに座ったディーンに引き寄せられ、足の間に座らされる。後ろから抱き込まれて、頬や髪を撫でられている。その包まれる感じが愛おしかった。
「竜に神はいない。竜自体が神のようなものだからな。なにせ千年生きる。神の創りあげた世界から外れた生物が竜だ。人の理に添えない竜は別の地へ渡った。以来、大陸とは別の意義の中で暮らしている」
「じゃあ、なぜディーンは僕の身受け候補になれたの?」
そう言うと、ディーンはティアを持ち上げ、向かい合わせに座らせる。足を開いてディーンの太ももにまたがるのは、少し行為の気配を感じて期待する。目の前にあるディーンにその意志は見えず、少し落胆する。でも強い視線がティアを射ているから、ティアはディーンの黒い瞳を見詰める。容姿が日本人に近い。でもよく見ると光彩が縦長で爬虫類を思わせる。
「おまえ、転生者だろ?」
「え?」
思わず食い入るようにディーンを見た。別に悪いことをしている訳でもないし、隠していた訳でもない。言ったところで誰も信じないだろうし、気味悪がられるだけだと思って秘めていた。ただそれだけだ。なのに言い当てられて怯えた。何の意図があって言い出したのか、その先の答えが怖い。
「……どうして?」
震える声でそう言えば、ディーンは優しいキスをくれた。
「竜に神はいないと言ったが、それは竜の存在が神だからだ。全ての竜を統べる白銀の竜がいる。白銀の竜には黒髪黒目の番がいる。白銀の竜は時空を渡る」
「……黒髪、黒目」
それはティアのかつての姿だ。
「白銀の竜には必ず黒竜が護衛の任に就く。本来なら黒竜の番は金髪の焼けた肌を持つ者なのだが、今回はどうやら違うらしい」
ディーンはふっと笑みをつくり、ティアの頬を撫でた。
「僕?」
そう問うと、ディーンは表情を消し、深く口づけて来る。
後頭部を押さえられ、逃げられないようにされ、貪られる。苦しいけど、嬉しい。誰かに必要だと思ってもらえることが、今のティアには何よりも尊い。しかも番だ。番の意味がその特殊な在り方がわかっているのは、ティアが前世の記憶を持っているからだ。それは狼の特性だ。唯一無二の存在。
「おまえから別の匂いがするとイラつくんだが、今日はずいぶん薄い。別のヤツらのことがどうでも良いというのなら、俺と一緒に来ないか?」
「神様が怒るよ」
それはとても魅力的なお誘いだ。でもできない。獣人国がどうなったのかも知らない。ティアが逃げることで大陸にどんな影響が出るのか考えるだけで怖い。
「俺と来る意志はあるんだな?」
「……それは、」
寂しいから逃げたい。誰かの傍にいたい。そう考えた時、浮かぶのは兄とアシュだ。アシュの傍にいた兄を羨んでいた。羨んでいたアシュと一緒にいられる時を過ごし、ときめいた日々。少しでも近づきたい。好きになって欲しい。そう願った日々。それは神子になって崩されてしまい、強制的に関係を持たされてしまったけど、最初の時は違った。
妨害して来た兄を退け、ティアの手を取ってくれた。
兄ではなく、ティアを。
そして初めてをアシュに貰ってもらえたこと、何よりも嬉しいと思った。
……それなのに。
「……好きなヤツがいるのか」
ディーンはティアの曇った表情から読み取ったようだ。
ティアは怒らせてしまったかと思い、ディーンを見たが、そこには悲しみの濃い色がある。
「好き、なのかな。状況が特殊になってしまったから、……意志とは違うところで抱かれなければならないから、この気持ちが寂しいのか、好意なのか、何なのかわからなくなってる」
「なるほど、候補のひとりか」
ディーンが吐き捨てるように言った。ギラリと光る眼が怖い。ディーンは本気でティアを手に入れたいと思っている。そんな表情だった。
「このまま連れ去りたいな、ティア。連れ去って可愛がって、腕の中に閉じ込めておきたい」
「ディーンのこと、好きだよ。でも選ぶ立場にはないんだ。候補者みんなすごい立場の人ばかりだし、それぞれに良いところがある。でも、ディーンが連れて行ってくれた場所が僕の安らぎの場所になってる。だから……傍にいたいと思うのだけど……」
踏ん切りのつかない想いがある。
なぜアシュは態度を変えてしまったのか。
別の候補者に抱かれるティアが嫌だと言うのなら、そう言って欲しい。ティアのせいで獣人国が荒れてしまったというのなら、ティアを罵って欲しい。全てを飲み込み、ティアを見ようともしないアシュよりは、そっちの方がマシだ。感情が見えない方が怖い。
「わかった。待つよ、ティア。だがおまえを受け取るのは俺だ。誰にも奪われたりしない。覚えておけ、ここにな」
ディーンの手がティアの手を取り、ティアの胸を覆う。心。そうディーンは言っている。
ディーンが口笛を吹くと、小竜が庭から飛んで来て、ディーンの腕に止まった。
「名前を付けてやってくれ。漢字の名前にしてやってくれると、白銀の竜の番が喜ぶ」
「漢字? 本当に日本人なんだね。すごい、僕以外にも転生者がいるの。すごい」
「時空を繋げることができる。おまえも、過去が見たいと思うのなら、白銀の竜に頼むと良い」
じっとディーンを見る。それが番になるメリットなのかと思う。
「……いや、違う。おまえが自由を取り戻したら、遊びに来い。その時、紹介してやる」
ディーンに、ディーンの望む答えを返していないのに、ディーンはティアの気持ちを読み取り、今必要な答えを返してくれる。5年をやり過ごす希望。5年後にできるかもしれない、やりたいこと。
「竜に神はいない。竜自体が神のようなものだからな。なにせ千年生きる。神の創りあげた世界から外れた生物が竜だ。人の理に添えない竜は別の地へ渡った。以来、大陸とは別の意義の中で暮らしている」
「じゃあ、なぜディーンは僕の身受け候補になれたの?」
そう言うと、ディーンはティアを持ち上げ、向かい合わせに座らせる。足を開いてディーンの太ももにまたがるのは、少し行為の気配を感じて期待する。目の前にあるディーンにその意志は見えず、少し落胆する。でも強い視線がティアを射ているから、ティアはディーンの黒い瞳を見詰める。容姿が日本人に近い。でもよく見ると光彩が縦長で爬虫類を思わせる。
「おまえ、転生者だろ?」
「え?」
思わず食い入るようにディーンを見た。別に悪いことをしている訳でもないし、隠していた訳でもない。言ったところで誰も信じないだろうし、気味悪がられるだけだと思って秘めていた。ただそれだけだ。なのに言い当てられて怯えた。何の意図があって言い出したのか、その先の答えが怖い。
「……どうして?」
震える声でそう言えば、ディーンは優しいキスをくれた。
「竜に神はいないと言ったが、それは竜の存在が神だからだ。全ての竜を統べる白銀の竜がいる。白銀の竜には黒髪黒目の番がいる。白銀の竜は時空を渡る」
「……黒髪、黒目」
それはティアのかつての姿だ。
「白銀の竜には必ず黒竜が護衛の任に就く。本来なら黒竜の番は金髪の焼けた肌を持つ者なのだが、今回はどうやら違うらしい」
ディーンはふっと笑みをつくり、ティアの頬を撫でた。
「僕?」
そう問うと、ディーンは表情を消し、深く口づけて来る。
後頭部を押さえられ、逃げられないようにされ、貪られる。苦しいけど、嬉しい。誰かに必要だと思ってもらえることが、今のティアには何よりも尊い。しかも番だ。番の意味がその特殊な在り方がわかっているのは、ティアが前世の記憶を持っているからだ。それは狼の特性だ。唯一無二の存在。
「おまえから別の匂いがするとイラつくんだが、今日はずいぶん薄い。別のヤツらのことがどうでも良いというのなら、俺と一緒に来ないか?」
「神様が怒るよ」
それはとても魅力的なお誘いだ。でもできない。獣人国がどうなったのかも知らない。ティアが逃げることで大陸にどんな影響が出るのか考えるだけで怖い。
「俺と来る意志はあるんだな?」
「……それは、」
寂しいから逃げたい。誰かの傍にいたい。そう考えた時、浮かぶのは兄とアシュだ。アシュの傍にいた兄を羨んでいた。羨んでいたアシュと一緒にいられる時を過ごし、ときめいた日々。少しでも近づきたい。好きになって欲しい。そう願った日々。それは神子になって崩されてしまい、強制的に関係を持たされてしまったけど、最初の時は違った。
妨害して来た兄を退け、ティアの手を取ってくれた。
兄ではなく、ティアを。
そして初めてをアシュに貰ってもらえたこと、何よりも嬉しいと思った。
……それなのに。
「……好きなヤツがいるのか」
ディーンはティアの曇った表情から読み取ったようだ。
ティアは怒らせてしまったかと思い、ディーンを見たが、そこには悲しみの濃い色がある。
「好き、なのかな。状況が特殊になってしまったから、……意志とは違うところで抱かれなければならないから、この気持ちが寂しいのか、好意なのか、何なのかわからなくなってる」
「なるほど、候補のひとりか」
ディーンが吐き捨てるように言った。ギラリと光る眼が怖い。ディーンは本気でティアを手に入れたいと思っている。そんな表情だった。
「このまま連れ去りたいな、ティア。連れ去って可愛がって、腕の中に閉じ込めておきたい」
「ディーンのこと、好きだよ。でも選ぶ立場にはないんだ。候補者みんなすごい立場の人ばかりだし、それぞれに良いところがある。でも、ディーンが連れて行ってくれた場所が僕の安らぎの場所になってる。だから……傍にいたいと思うのだけど……」
踏ん切りのつかない想いがある。
なぜアシュは態度を変えてしまったのか。
別の候補者に抱かれるティアが嫌だと言うのなら、そう言って欲しい。ティアのせいで獣人国が荒れてしまったというのなら、ティアを罵って欲しい。全てを飲み込み、ティアを見ようともしないアシュよりは、そっちの方がマシだ。感情が見えない方が怖い。
「わかった。待つよ、ティア。だがおまえを受け取るのは俺だ。誰にも奪われたりしない。覚えておけ、ここにな」
ディーンの手がティアの手を取り、ティアの胸を覆う。心。そうディーンは言っている。
ディーンが口笛を吹くと、小竜が庭から飛んで来て、ディーンの腕に止まった。
「名前を付けてやってくれ。漢字の名前にしてやってくれると、白銀の竜の番が喜ぶ」
「漢字? 本当に日本人なんだね。すごい、僕以外にも転生者がいるの。すごい」
「時空を繋げることができる。おまえも、過去が見たいと思うのなら、白銀の竜に頼むと良い」
じっとディーンを見る。それが番になるメリットなのかと思う。
「……いや、違う。おまえが自由を取り戻したら、遊びに来い。その時、紹介してやる」
ディーンに、ディーンの望む答えを返していないのに、ディーンはティアの気持ちを読み取り、今必要な答えを返してくれる。5年をやり過ごす希望。5年後にできるかもしれない、やりたいこと。
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