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34 神の人形

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「神様! 神様……お願いだ……」

 叫んでも、祈っても、神は答えない。
 ずっとひとりだった。でも今は呼べばディーンが来てくれる。望めば抱いてくれる。でも心の中は黒く塗りつぶされて行くようで、弱い自分が嫌になる。

「神子様、こちらへ」

 突然、訪れた大神官にフード付きの長いマントを着せられ、仮面を付けさせられたかと思うと、数名の神官が入って来た。手には大きな鳥籠と縄や網がある。

「いや、やだ、何をするの?」

 叫ぶと大神官に口を押さえられ、別の神官により、猿轡をされた。酷い扱いに目眩がする。部屋から連れ出され、用意されている個室に入れられ、大神官だけを残し、外側から施錠された。猿轡を外された瞬間、感情に火が付いた。

「どういうこと? なぜ?」

 興奮して仮面を外し、床に投げつける。
 大神官は大きくため息をつくと、ゆったりとした態度で椅子に座った。いつもの2mの距離を保って。

「なぜだとお聞きになる前に、神子様の行動を思い起こして頂きたい」

「僕? 僕の何がダメなの? ちゃんと神託を伝えているし、神の声だって聞こえてる。会議だって出席しているし、寂しくても逃げ出さずに部屋にいる」

 まくし立てて、息切れをする。それくらい体力が無くなっている。

「ではお伺いしますが、あの小竜は何でしょう? 竜人国のディーン様とお会いになるのは、本当に神の啓示があってのことでしょうか」

「うるさい、それくらい良いだろ? 何が悪い? 僕が狂ってしまわないように、優しくしてくれているだけだろ? おまえたちにはわからない! わからない!」

 ぜいぜいと息を荒げ、胸を押さえる。息がググっと詰まって、意識が遠のく。

「少し落ち着いて。どうぞお座りになってください」

 これ以上は立ってもいられず、大神官の言いなりになるのは癪だけど、カウチに座った。
 それに安堵したのか、大神官は深い息を吐いた。

「神子様には神託の内容をお知らせしておりませんので、そんなことができるのです。ウルウ大陸は今、窮地に立たされております。南は灼熱の地に変化し、北は酷い水害に見舞われました。このレアロス国は国王が病に罹り、臥せっておる状況です」

 ティアは胸の布を強く掴む。体が震えている。喉が詰まって息がしにくい。

「……それは、だって、神託の内容を教えてくれないから……知らなくて……」

「そうでしょう。ここは神の恩恵に守られた神殿です。ここが崩れ落ちるのは一番最後になりましょう。国が傾き、戦乱に陥っても、神子様のおられる場所は聖域なのです。己の行動に責任を持って頂きたい。神のお言葉はいかがでしょう? 私たちにはわからぬことが、神子様にはわかるはずです」

「僕の、全部、……全部、僕のせいだというの? 僕が勝手なことをしているから、神の怒りに触れたと? ほんとうに? どうして? どうしてそんなこと、わかるんだよっ、もしかしたら誰かが、……誰かが勝手にやっているだけかもしれないだろ」

 ティアの激高に対し、大神官は冷静だ。優しい微笑みをたたえ、まるで子どもを見守る親のように、慈愛に満ちた表情をしている。

「それは責任転嫁というものです。神子という存在の意味を、貴方様は十分、理解されていたはずです」

 悔しくて涙が出る。
 何もかも投げ出して、逃げ出したい衝動に駆られる。

「僕は……僕は、望んで神子になったんじゃない! こんな、こんな苦しいの、嫌だ。……嫌だよ、や、だ」

 うっうっと泣いて蹲る。ドンドンとカウチを殴る。
 近づいて来た大神官が、蹲ったティアの上に布を被せた。

 大神官が声を掛け、ドアの施錠が外され、医師が入って来る。
 腕だけを布の下から引き出され、何かを打たれた。

「本来はこのような薬を使うことも神の意に反しますが、致し方ありません。しばし、ゆっくりお休みください。心を落ち着かせ、神に寄り添う道をお選びください。では、失礼致します」

 動かなくなったティアをカウチに横たえ、布を巻き付ける。まるで胎児のように膝を抱えたティアは、薬によって眠りにつかされる。神子になってから睡眠は必要のないものだった。それなのに眠りにつく。とろとろとした視界の中で、大神官がドアを出て行くところを見た。

 さきほどまでの慈愛に満ちた表情ではなく、怒りと嘲りを含む、人の嫌な部分を見せつけるような表情。

「神の意を無視するとは恐ろしい、いっそ狂ってくれた方が扱いやすいというものだ!」

 本当に聞こえたのかどうかもわからない。ティアが勝手な想像を表情に乗せただけかもしれない。
 でも、傷つく。
 神子という存在は、人形のように、従順に、人に従い、神に捧げられた、意志のいらない道具なのだと。
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