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39 試練の選択
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「シヴァは好きな人に告白できたの?」
ティアは、シヴァの手を引き、庭に出る前にそう言った。
「まさか、軍人だからな、俺に剣を捧げてくれた。それで十分だ」
ティアはシヴァの答えを聞き、だからか、と思う。
神は人の世を消し去ろうとしているのに、まだ試練を与えたいらしい。
「シヴァの好きな人ってどんな人?」
「なぜ?」
庭へのドアを開け放つ。
神の庭でなかったら、きっと暗雲が立ち込め、戦場の死臭が渦巻いていただろう。だがここは神の庭だ。美しい花が咲き、風は甘い香りを孕み、星々が空に瞬き、月が薄明りを落している。
「あの人?」
ティアはシヴァと視線を合わせ、それから外へと促した。
金の髪、大きな体躯、手には剣があり、血がしたたり落ちている。したたり落ちた血が赤い花弁となり、空へと舞いあがる。
「……エルヴィ・ルフト……なぜ、ここに」
この場所はティアの身受け候補しか入ることの許されない場所だ。だが例外がある。それは神に呼ばれること。
エルヴィは、目の前の主をみつけ、すぐさま跪き、頭を下げた。
「戦場の時が止まり、止まったと思った時、この庭に立っていました」
「シヴァ、どうする? エインは兄を神に捧げた」
ティアの言うところが、シヴァにも届いたのだろう。一瞬で顔を青ざめさせたシヴァは、配下と化している己の心を預けた相手の跪いた姿を見下ろしている。
ティアはすでに受け入れている。神が戦場を凍結させてでもさせたいこと。見たいものがここにあるのだ。それはシヴァの全てを捧げろということで、それでたった一本繋がった糸が、頑丈な鋼に代わることもある。
「俺は……」
シヴァの苦悩を見ながら、ティアは繋いでいた手を離し、数歩下がって状況を見守る。ティアはどちらでも良かった。シヴァの告白を聞き、ふたりの幸せを見守るのも良かったし、全てを捨て、この場からエルヴィを遠ざけることも。それが神の望むものでなくとも、すでに滅びの世だ。最後の幸せを分かち合うのも良い。
「俺が王族だから、王子だから、いや、幼馴染だから剣の誓いを許してくれたのだと思っている」
シヴァはエルヴィの肩に手を置き、見上げて来た幼馴染の手を引き、立ち上がらせた。身長は同じくらいだ。体格はエルヴィの方が良い。頬の傷はこの戦乱が始まってすぐについたから、すでに傷は埋まり、引きつっている。
シヴァの言葉に反論を唱えようとしたエルヴィの言葉を遮り、シヴァが言葉を継ぐ。
「ずっと好きだった。俺だけのものになれば良いと思っていた。……ごめん、俺の想いはお前の真剣な気持ちを裏切っている」
シヴァの目に涙が浮かぶ。その涙をぬぐったのはエルヴィだった。
「いや、そんなことはない。俺はお前に全てを捧げた。お前の好きにして良い」
エルヴィはいつもそうだとシヴァは思う。幼い頃より友としてあったエルヴィだが、シヴァに逆らったことは一度もない。シヴァが望むように傍にいて、すでに20年以上が経っている。
「好きにって……俺がお前を神に与えると言っても従えるのか? そんなの騎士の誓いの中にない」
「いや、誓いの相手はお前だ。お前の望むことをさせれば良い。俺は何も思わない」
シヴァが嗚咽を噛み殺し、エルヴィの肩に手を置いた。俯いて涙を堪える。違うとシヴァは思っていた。違う。好きなことをさせたい。だがそれはエルヴィを神に与えるのではなく、己の性の相手になって欲しいという醜い感情だ。開花したティアは妖艶だ。少し足を開いて見せれば誰をもその気にさせられる。女が相手のエルヴィだってティアには逆らえないだろう。
エルヴィが同じ身長、体格の良い男のシヴァを相手にする姿を想像できない。ならば神の望む通り、神の生贄に差し出す方が良い。その方が死ぬほど許せないが、エルヴィにとってはマシだろう。
「本当にごめん、俺の剣になったばかりに、こんな、こんなことを頼むなんて……戦場で生きる男を、こんな……」
肩を抱き寄せ、涙を流すシヴァの背に手を置いたエルヴィは、王族として、王子として、戦場に凛と立ち続けた男の勇姿を思い出していた。いつも己を隠し、国を最優先させる。民に愛され、愛される為に生まれて来たような男が、たかが騎士のエルヴィを想い、泣く。たまらなかった。そうさせているのがエルヴィなのだと思うと、腹の底から喜びが湧き上がる。諦めていた。シヴァは王子だ。許嫁もいる。だからエルヴィが傍にいられる道は騎士の誓いを立て、剣として守る立場のみだと思っていた。エルヴィだけがこの戦乱の、戦乱だからこそ掴めそうなものに悦びを感じていた。
ティアは、シヴァの手を引き、庭に出る前にそう言った。
「まさか、軍人だからな、俺に剣を捧げてくれた。それで十分だ」
ティアはシヴァの答えを聞き、だからか、と思う。
神は人の世を消し去ろうとしているのに、まだ試練を与えたいらしい。
「シヴァの好きな人ってどんな人?」
「なぜ?」
庭へのドアを開け放つ。
神の庭でなかったら、きっと暗雲が立ち込め、戦場の死臭が渦巻いていただろう。だがここは神の庭だ。美しい花が咲き、風は甘い香りを孕み、星々が空に瞬き、月が薄明りを落している。
「あの人?」
ティアはシヴァと視線を合わせ、それから外へと促した。
金の髪、大きな体躯、手には剣があり、血がしたたり落ちている。したたり落ちた血が赤い花弁となり、空へと舞いあがる。
「……エルヴィ・ルフト……なぜ、ここに」
この場所はティアの身受け候補しか入ることの許されない場所だ。だが例外がある。それは神に呼ばれること。
エルヴィは、目の前の主をみつけ、すぐさま跪き、頭を下げた。
「戦場の時が止まり、止まったと思った時、この庭に立っていました」
「シヴァ、どうする? エインは兄を神に捧げた」
ティアの言うところが、シヴァにも届いたのだろう。一瞬で顔を青ざめさせたシヴァは、配下と化している己の心を預けた相手の跪いた姿を見下ろしている。
ティアはすでに受け入れている。神が戦場を凍結させてでもさせたいこと。見たいものがここにあるのだ。それはシヴァの全てを捧げろということで、それでたった一本繋がった糸が、頑丈な鋼に代わることもある。
「俺は……」
シヴァの苦悩を見ながら、ティアは繋いでいた手を離し、数歩下がって状況を見守る。ティアはどちらでも良かった。シヴァの告白を聞き、ふたりの幸せを見守るのも良かったし、全てを捨て、この場からエルヴィを遠ざけることも。それが神の望むものでなくとも、すでに滅びの世だ。最後の幸せを分かち合うのも良い。
「俺が王族だから、王子だから、いや、幼馴染だから剣の誓いを許してくれたのだと思っている」
シヴァはエルヴィの肩に手を置き、見上げて来た幼馴染の手を引き、立ち上がらせた。身長は同じくらいだ。体格はエルヴィの方が良い。頬の傷はこの戦乱が始まってすぐについたから、すでに傷は埋まり、引きつっている。
シヴァの言葉に反論を唱えようとしたエルヴィの言葉を遮り、シヴァが言葉を継ぐ。
「ずっと好きだった。俺だけのものになれば良いと思っていた。……ごめん、俺の想いはお前の真剣な気持ちを裏切っている」
シヴァの目に涙が浮かぶ。その涙をぬぐったのはエルヴィだった。
「いや、そんなことはない。俺はお前に全てを捧げた。お前の好きにして良い」
エルヴィはいつもそうだとシヴァは思う。幼い頃より友としてあったエルヴィだが、シヴァに逆らったことは一度もない。シヴァが望むように傍にいて、すでに20年以上が経っている。
「好きにって……俺がお前を神に与えると言っても従えるのか? そんなの騎士の誓いの中にない」
「いや、誓いの相手はお前だ。お前の望むことをさせれば良い。俺は何も思わない」
シヴァが嗚咽を噛み殺し、エルヴィの肩に手を置いた。俯いて涙を堪える。違うとシヴァは思っていた。違う。好きなことをさせたい。だがそれはエルヴィを神に与えるのではなく、己の性の相手になって欲しいという醜い感情だ。開花したティアは妖艶だ。少し足を開いて見せれば誰をもその気にさせられる。女が相手のエルヴィだってティアには逆らえないだろう。
エルヴィが同じ身長、体格の良い男のシヴァを相手にする姿を想像できない。ならば神の望む通り、神の生贄に差し出す方が良い。その方が死ぬほど許せないが、エルヴィにとってはマシだろう。
「本当にごめん、俺の剣になったばかりに、こんな、こんなことを頼むなんて……戦場で生きる男を、こんな……」
肩を抱き寄せ、涙を流すシヴァの背に手を置いたエルヴィは、王族として、王子として、戦場に凛と立ち続けた男の勇姿を思い出していた。いつも己を隠し、国を最優先させる。民に愛され、愛される為に生まれて来たような男が、たかが騎士のエルヴィを想い、泣く。たまらなかった。そうさせているのがエルヴィなのだと思うと、腹の底から喜びが湧き上がる。諦めていた。シヴァは王子だ。許嫁もいる。だからエルヴィが傍にいられる道は騎士の誓いを立て、剣として守る立場のみだと思っていた。エルヴィだけがこの戦乱の、戦乱だからこそ掴めそうなものに悦びを感じていた。
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