現実に獣人がいるって異世界転移して来たんだろ?だったら俺もいつか行ける?

サクラギ

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1章

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 獣人は股間を隠す事もなく目前を見据えて立ち尽くしている。クリスは書面に視線を落とし、文章を読み上げる。

「ニア、ネコ科獣人、推定25歳、緑金目、黒髪、身長182センチ体重70キロ、健康上の問題なし、ただ——」

 クリスが手を挙げると獣人が背を向ける。クリスが辿る書面を見ていた志津木は、獣人の動きでフと視線を上げ、視界に映ったものに衝撃を受けた。

「背中と太もも内側に裂傷痕と火傷痕、背中のチップが一度抉り取られている。埋め直した痕も残った。尾の切断手術痕。正面右乳首にピアス痕、埋まらない穴がある。予想するにそこにタグが嵌められていたと思う。重みで穴が広がっている。左右耳に2つのピアス痕、耳上部に軟骨穴痕、尻穴に裂傷痕——」

「クリス、待て、獣人は言葉が」

「分かるよ。俺がやっている事が役人の受け渡し作業だという事も、おまえが新しい主人となる事も。知能は人と変わらない。首輪は用意したか? せめてあんな重苦しい枷ではなく、おまえの新しい物に付け替えてやってくれ」

 獣人と一括りにしてしまうのは人のエゴだ。獣人に理解があると思っていた志津木でさえ、本物の獣人を前にして気圧されている。その背負う運命に、扱いの軽さに、眩暈を覚えるほど。
 志津木は獣人に近づき、コートを拾って肩から掛けると、手を引いて奥の部屋に案内した。獣人専用の個室だ。

「今日から自由にこの部屋を使ってくれ。シャワールームとトイレもある。必要な物があれば教えて欲しい。なにせ他人と暮らすのは初めてなんだ。よろしく頼むよ——っえっと……」

「ニアです」

 志津木の前で膝をつこうとしたニアの行動を制した志津木は、手を出して、ニアの手を取って握手の形にした。だが目を見開いて触れる事を拒んだニアは、志津木の意図を解せず、より混乱した表情で床に両膝をついて、視線を下げている。

「声も素敵だね」

 志津木はどうする事も出来ずにニアの前を離れ、クローゼットから事前に用意していた服をひと揃え取り出し、渡す。受け取ったニアはじっと志津木を見るばかりで服を着ようとしなかった。

「命令が必要になる」

 ドア口で見ていたクリスが助言をくれた。

「あぁ、そうか、主従関係になるのか」

 慣れない関係性にため息が出る。額を押さえて一呼吸をし、ニアを見る。

「服を着なさい」

 志津木がそう言って初めて気づいたように、服に視線を落として立ち上がり、まずは下着を付け始める。その行動を見て安堵し、用意していた首輪を取りに行く。

「本当にやって行けるのだろうか」

 志津木の呟きはクリスに届き、フッと笑まれた。

「何事も慣れさ、そのうち仲の良い兄弟のようになれるかもな」

 サインをした書類を整理して、写しを残してカバンにしまったクリスは、スタスタと玄関へ向かって行く。とたんに志津木に不安が走る。

「夕食を用意している、どうだ、一杯?」

 引き留めるセリフを吐けば、肩を押さえられ、同情の笑みを見せられた。

「初回贈呈品の中に拘束具と鎮静剤が入っている。獣人専用の医師とカウンセリングの連絡先もある。俺が関わるのはここまでだ。あとは、そうだな、お試し期間の1週間後、連絡するよ。あとはそうだな、別段、俺はおまえがそういう意味で仲良くしようが口出しも軽蔑もしないよ。まぁ頑張れ」

 クリスの言い残して行った言葉は重く、志津木の中に沈んだ。拘束具に鎮静剤? 人には必要のない物ばかりだ。あれが獣人であると強く意識させる。同居に際する危険性は、人よりも高いのだろうか。
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