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2 お悩み相談

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 目的は事前に確認し、傾向と対策を練ってから行動しないと痛い目にあう。

 びっくりするほど何も無かった日の数日後、俺は20歳の誕生日を迎えた。一昔前ならメアドに数字を入れて誕生日アピールも出来たかもしれないが、ラインの名前に付け加えるのもメッセージに書き込むのも恥ずかしく思うヘタレ男子なのでアピール機会を逃した結果、0時を迎えても一本の連絡もなく、朝方、母親からのおめでとうスタンプで目覚める、なんともしょっぱい始まりに、最悪の予感しかしない日常を過ごし、これではダメだと目指したのは、いつだったか自分の特殊癖に辟易した青春真っ盛りの引きこもりの冬、検索しまくった“特殊性癖お悩み相談請負います”的な案内文が掲載されてた店。検索放置から数年後、念願の成人を迎え、意気込んで店のドアを潜った。

 大学の最寄り駅から乗り換えを含め1時間も掛かる田舎の繁華街の裏通り。そのくせ自分と同じような肩身の狭い輩がひっそりと行き交う薄暗い道の先にある。“カフェ&バーLilly”昭和感漂う造花に彩られたドアを開けると、想像していたタバコの染み付いた匂いは無く、ホッとしている間に誰かに腕を引かれ、気づいたらカウンター席に座っていた。

「いらっしゃーい、新人くん? お目当ては誰かしら~」

 カウンター内には黒いスパンコールドレスの舞台化粧か? って思うほど化粧の濃いお姉兄さんがいて、アイスピックで氷を砕きながらという対応をしてくれる。めっちゃ怖い。

「ボク今ヒマだよ?」

 見れば左腕に可愛い系な男の子がいて、上目遣いで俺を見ている。ピンクのウィッグかな、ビニールっぽい輝きのある肩までのボブに緑とオレンジのウサギ型ピンを付けてて、大きい目にはブルーのカラコン、ピンクのリップ。可愛いけど年齢不詳だし、好みではない。ここはひとつ長年の野望を叶える為に強気に行かなければ。

 どうもすみません、な空気を出して左腕をピンクウィッグから引き抜くと、目前でウィスキーロックを作るバーテンの黒スパンコールに向かう。鼻息荒くなってるのは仕方ない。想いの丈を吐き出す機会は今しかないのだ。

「す、す、すみません! お悩み相談をお願いします!」

 しーーーんッ、え? マジで? お客いるよな? カウンター席に5名ほど、奥のボックス席にも数組座ってる。店には英国ロック的な音楽がかかっているし、まさか静寂が訪れるなんてそんなこと——え? これって俺の脳内が俺の心情を反映してるだけだよな?

 ブッふッ——とスパンコールの唾が飛ぶ。途端に音が戻って来る。

「えーやだお兄さん、それっていつの時代の情報?」

 と、ピンクウィッグ。

「昔、占い好きのマスターがいてね、時代も時代だし? ゲイの哀しい身の上話で涙を拭った時もあったわねえ」

 と、黒スパンコール。

「……失礼しました。出直します」

 くううう、情報の更新は最重要項目である。何時の時代? くそおう、俺って、俺って、空気読めない男? やっぱり? 間違いなく?

「ああ、待って待って、ごめんなさいね、良いのよ、初回限定で聞いてあげる。(どうせヒマだし)」

 ん? 聞こえたよスパンコールさん、心の声が聞こえたよ?

「あーボクも興味あるぅ(逃すか新規客)」

 恐ろしい。商魂逞しいウサギさん。

 こうして俺はウイスキーロックを飲まされ、席料2千円とウィスキー千円、合計3千円でお悩み相談を請負って貰ったのだ。
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