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MMMを継ぐ者

史上最凶の魔法少女

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 しばらくの静寂が、辺り一帯を襲った。藤堂の、研ぎ澄まされた集中力が空気を針のように尖らせる。
 瞬間、藤堂が右足を右横へ踏み出した。

 耳が痛くなるような、凄まじい金属音と共に火花が飛び散る。

「貴様が今回の獲物か……」
 藤堂の刃の先には、茶色のコートに赤いTシャツを着た男がいた。前髪は鼻柱まで伸び、髪先が邪魔でほとんど顔しか見えない。しかし、突き刺さるようなその眼光を見逃す者はいないだろう。まるで飢えた狼のように、見たものを生殺しにしそうな、研ぎ澄まされた目を持っている。
 左手には、小太刀のような長さの刀を持っている。だが、形状からして多分忍刀だろう。
「赤目……クククククッ……こんな所で『赤目の虎』に会えるとは思わなんだ。ククク……う~ふふふふ……」
 唸る獣のように笑う男。
「気色の悪い野郎だ。吐き気のする笑い方をしやがって」
 今のセリフを聞いた瞬間、俺は自分の耳を疑った。
 お淑やかで大人しい藤堂が、こんなセリフを吐くはずがないと思っていたからだ。
 どうやら抜刀した瞬間から性格が変わってしまったらしい。そう思っておこう。
「赤目の虎に会ったら真っ先に逃げろと魔人たちの間でも言われている程の実力者と名高い。ウぅフフフフ……どれほどの者か、試させてもらうぞ」
「貴様は逃げなくていいのか? 」
「ウフフフフ……当たり前だ。こんな大物を放っておくわけなかろう」
 藤堂は、明らかに嘲笑するように鼻を鳴らした。
「後悔することになるぜ……地獄でな」
 藤堂の前まで一気に飛び出した魔人は、持っている忍刀で、藤堂に向かって思い切り斬りつけた。それを紙一重でかわす藤堂。しかし、魔人は逆の手に素早く刀を持ち替え、再び大振りで藤堂へと横薙ぎを繰り出した。
「なっ……」
 藤堂は地面へ刀を突き立てるように構え、なんとか攻撃を防いだ。
 刺さる金属音が辺りに響き渡る。
 魔人が両腕を背中に回し、すぐさま刀を持ち替えて、さらに攻撃を繰り出した。今度は反対の手で忍刀を持っている。藤堂はそれすらも簡単に避けた。
「甘いわ! 赤目ェっ! 」
 そう叫んだ魔人は、左足の親指と人差し指の間に刀を挟むと、その状態で蹴り上げた。
「チィっ……」
 切先が藤堂の服をかすめる。魔人は軸にしていた右足で大きくジャンプし、左足の刀を右手へ受け渡し、藤堂へと思いっきり振り下ろした。軽くそれを避けた藤堂だが、魔人は右手から右足へ刀を受け渡し、藤堂へ横薙ぎを繰り出した。藤堂は刀の切先を斜めに向け、刀の根元を魔人の攻撃に沿うように合わせた。すると、魔人の攻撃はまるで刀をレールにして走っているかのように逸れていった。
「ククククク……咄嗟に『刃流しはながし』をして俺の攻撃を逸らせるとは……やはり中々の使い手だなぁ赤目ェ……」
 数メートル程飛び退いた魔人は、藤堂に向かって、笑みを浮かべながらそう言い放った。
「貴様こそ『獅子の陣』の使い手とはな。少しくらいは楽しめそうだ」
 魔人がピクッと反応する。
「ほほう、今の一瞬で見抜いていたのか。ククク……その通り。俺は四肢を使って変幻自在の剣を繰り出す、『秘剣・獅子の陣ししのじん』の使い手だ。そうそう敗れるシロモノじゃない」
 魔人は一瞬で藤堂と距離を詰めると、素早く小振りで斬りつけた。それをしゃがんで避ける藤堂。魔人の足を蹴り払って飛び退いた。
「ウゥフフフ……いい判断だ。あのまま俺と鍔迫り合いを続けようとしたら貴様は確実に死んでいた」
「確かにな。だがおかげで、貴様の能力が分かった」
「なに? ククク……まさかハッタリのつもりか? 赤目ェ」
 したり顔を見せる魔人と、嘲笑うように笑を浮かべる藤堂。
 俺には2人とも悪役にしか見えなかった。
「カマイタチ……だろ? 貴様の能力」
 魔人は何も反応を示さなかった。
「どうやら図星のようだな。能力を見せる前に能力がバレるとは……世話ねぇな」
 大きく飛び出した魔人は、藤堂に向かって空中で大振りをした。そこからデカイ斬撃が弾き出される。藤堂は難なくそれをかわすと、落下してきた魔人に向かって斬りつけた。魔人は地面に指をめり込ませると、その指を軸にしてなんとかかわした。魔人はさらに、足に刀を受け渡すと、小振りで横薙ぎを繰り出した。魔人の刀から斬撃が放たれる。藤堂は最初からそれを見切っていたようで、冷静に大きく後ろへ飛び退いた。
「クククッ……潔く認めよう。2度もカマイタチが見切られるとは思ってなかったぞ赤目。最初の攻撃に至っては発動すらされていないというのに。だがな……『獅子の陣』から繰り出される変幻自在のカマイタチを貴様は全て見切れるかなぁ? 見切れるものなら見切ってみろぉ! アーッぅヒャッハハハ! 」
 狂ったように甲高い笑い声がこだまする。
 藤堂は光り輝く切先を魔人に向けた。
「望み通り……全部完璧に避けてやるよ。貴様のカマイタチをな」
 叫ぶように笑う魔人は、獅子の陣とやらを使って、カマイタチの乱撃を始めた。俺の目にも見えるほどの荒々しい斬撃の大群が藤堂を襲う。しかし、藤堂はまるで避ける場所が分かっているようだ。斬撃がかすることすらなく完璧にかわされていく。
「何故だ……何故当たらない……」
 あのやかましい高笑いはどこへやら。魔人は絶望しきった顔で唸った。
「馬鹿が。これだけ何度も同じ技を見せられて見切れぬ馬鹿がどこにいる」
「しかし……獅子の陣は変幻自在。今まで見切れた者など……」
「今まで貴様がどんなヤツと戦ってきたのか知らんが、俺にとって貴様は所詮獅子の名を借る猫ってことだ」
 魔人はがっくりと項垂れるように座り込むと、突然狂ったように笑い始めた。
「ギャハハハハハ! ハッタリなんだろぉ? 赤目ェ! そんなものは子供騙しにもならん! どうした? 敵に威圧すら出来ぬ餓鬼が! フハハハハ! ククククク……」
 藤堂はヤレヤレと呆れたように溜め息をついた。
「完全に狂いやがったか? 獅子の陣を見切ったことがハッタリだと思うなら、本当に見切ったかどうか教えてやろう。確かに獅子の陣は変幻自在の剣だ。四肢を使った攻撃は思わぬ方向から繰り出され、敵を混乱させる。だがあることに気付けば攻略することなんざ至極簡単だ。獅子の陣ってのは次の手足へ剣を受け渡すため、右薙左薙袈裟斬り逆袈裟逆風のどれかしか使わない。ほとんどな。次にどの手が来るかは受け渡された手を見ればおよそ見当はつく。どうだ? これで完全に見切ったと言えるだろう」
 途中何言ってるのかマジで分からなかったが、こんな時に藤堂へ右薙がどうのこうのを聞けるわけがなかった。空気的に。
 苦虫を噛み潰したような表情で藤堂を睨みつける魔人。だが、藤堂は鈍く鋭いその眼光を全く気にすることは無かった。
「獅子の陣の……唯一の弱点を見切ったか、赤目ェ。だが弱点にしてはあまりにも小さ過ぎる。所詮見切ったとしても獅子の陣から逃れたものは何人たりともおらん! この俺を怒らせたんだ。遺言を用意しておけ赤目ェ……クククククッ! 」
「井の中の蛙が……偉そうにほざくな」
 藤堂と魔人。2人は同時に走り出した。まるで血肉を求める獣のように、まるで獲物を見つけた狩人のように。
 先に攻撃を仕掛けたのは魔人だった。閃光のように走る太刀筋を、獅子の陣で変幻自在に次々と繰り出す。それを藤堂は、巧みな剣さばきで全く寄せ付けない。瞬間、獅子の陣にできた僅かな隙を藤堂は見逃さなかった。
 辺りに鮮血が飛び散る。魔人の腹を横一閃で一撃入れたのだ。
「ぐ……赤目ェ……何故だ。何故なんだだ……。何故俺は、貴様程度に負けるんだ……」
 唸る剣を抑えるように握った藤堂は、大きく息を吐いて魔人の問に答えた。
「能ある鷹は爪を隠し、才ある虎は牙をも見せず……。貴様は種を見せすぎた。それだけだ」
「ぐ……こんな小娘に……」
 恨めしそうに藤堂を見つめた魔人。その視線を、藤堂は絶対零度の眼光で睨み返した。すると、魔人がいきなり唸り声を上げて苦しみ出した。
「苦しいか? フン、喋ることすらできないか。お前はさっき、敵に威圧すら出来ぬ餓鬼が、なんてほざいていたな。ついさっき貴様に掛けた技は『眼掛けがんかけ』ってヤツだ。視線に乗せて己の気合いを叩き込む……要するにただの威圧さ」
 苦しそうに過呼吸を始めた魔人は、膝をガグガク震えさせ、歯をガチガチと打ち鳴らし、全身をダクダクと走る汗を垂らしても切先を藤堂へと突きつけた。
「せめて……技の1つでも出させてやろう」
「見苦しい足掻きはやめておけ」
 藤堂は突きつけられた刀に応えようとしない。
「俺は! ……確かに貴様に負けた。だがな、一介の剣客として、貴様の技すら出されぬまま死ぬとあれば、一生の恥! 一緒に死合おうぜ、赤目ェ……」
 2人とも、不気味な薄ら笑いを浮かべてお互い殺気を出す。辺り一面の空気が変わった。
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