サクササー

勝瀬右近

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第1章 第5話 三賢者

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 エデリカやアレスが授業を受ける部屋はカーヌの仕事場で、図書館を思わせるほどの広さがある円筒形の建物です。ガラスを張った窓からの日差しで図書館や書斎などにありがちな陰鬱さは感じられません。
 整理中と思われる平積みされた本がありましたが、カーヌの性格を反映しているかのように綺麗に片付けられていて、居心地はとても良いものでした。

 部屋に戻った2人は椅子に腰掛けます。カーヌが彼等に飲み物を用意して、いよいよ授業の始まりです。
 カーヌは黒板に簡単に円を描いて魔法陣のようなものを表しました。人差し指をまげてコンコンと描いたものを示します。

「魔法というものはこの世界に存在している4元素の力を極度に集約して術者の思念力を具現化する・・・ということはもう知っていますね?」
 エデリカとアレスはこくんと頷きます。
「方陣を使った魔法もその方法のひとつですが・・・ではアレス様。たった今。実習と称して行った魔法の元素は?」
「水・・・」
「よろしい」ひとさし指を立てます「では、なぜあのような結果を生んだか、わかりますか?」
 幾分上目遣いにカーヌを見てアレスは答えます。
「魔法陣の描き方を失敗したから」
「すらすらと答えが出るのはうれしい限りです」エデリカが決まり悪そうにしているアレスを横目で見てクスリとします「呪文は悪く無かったですよ。ではどこをどのように失敗したのかはわかりますか?」
二人は黙り込んでしまいました。その様子に眉毛を上げて楽しげに小さく何度か頷いたカーヌは小さな紙に小さな魔法陣を鮮やかな手つきで流れるように澱みなくさらさらと描くと、それを手の平にのせます。
ブツブツと短く詠唱をすると魔法陣はボヤッと光を発してすぐに小さな噴水が現れました。

「あ・・・・」
「綺麗・・・・」
見とれる二人の前の小さな噴水は暫くすると消え去りました。

「使用する元素とその量、即ち魔法の系統と規模。そして発動させる時間。それらを制御するのが魔法陣ですから、何より大切なのは魔法陣に描く文字の正確さです。美しさといっても良いでしょう」

手の平の紙を二人に見せると、先ほど描いてあった魔法陣はすっかり消えてしまっています。
「消えた・・・・」
「これが魔法と言うものです。役目が終われば魔法陣は消え、現出した魔法と共に元素へと還ります」
「魔法元素保存の法則・・・・・」
「良く勉強していますね殿下。ツェーデルさんもお喜びでしょう。そう。元素は全て形を変えるだけで、その役目を終えればまたこの世界を構成している安定した物質へと還ってゆく・・・」
「ツェーデル先生に耳にタコができるほど言われてるもの。ね?アレス」
 口を屁の字に曲げてアレスは頷いただけでした。
 カーヌはエデリカを見て微笑むと魔法陣が描かれていた紙をクシャッと丸めてからゴミ箱に捨てて言いました。

「これから話すことは私の授業の系統からはちょっと離れてしまうし、ツェーデルさんに知られたらあまりいい顔をされないかもしれない。まだ早い・・・ってね。でもまあ・・・・・・・・・」
 カーヌは軽く握った拳で額をトントンと何度か叩いてから顔を上げました。
「かまわないでしょう」

 二人はカーヌのこういう話が大好きでした。
 彼が教えるのは本来は歴史や魔法陣を必要としない治癒魔術についてで、物理的に魔法陣を描くとか、元素を源とする魔法の成り立ちや実践などは魔法学校の校長であるラットリア=ツェーデルが教えています。
 ツェーデルはより詳しく論理的に授業を進めますが、数学的要素が絡んでくると二人とも頭の中にいくつもの雲がモクモクと現れ、その雲を追い払うのに必死で授業の内容などまったくわからなくなってしまうのです。

 カーヌは自分の推測や独自の意見に様々な学問の知識を織り交ぜ、色々なことを破綻することなく話をしてくれました。
 まさかと思うことや、見たこともないような現象。他国の文化や風俗にも深い知識を持っていて、話を聞いているだけで時間を自由に行き来して、空間を簡単に飛び越える冒険旅行をしているような気持ちにさせてくれるのです。

「まず魔法陣で使われる文字について話しましょう。どうして魔法陣には文字が使われるのか、わかりますか?」
「え?・・・・どうしてって。魔方陣に文字を使うのは当たり前じゃないの?」
 カーヌはうんうんと何度か頷きます。
「エデリカの言うとおりですが・・、文字でなくても良い感じがしませんか?記号だっていいし、一本の線に魔力を篭めたものを何本か用意するような単純なものでもいいかもしれない。でも実際は私たちが良く知っている”文字”を使っている。そしてそうでなければいけない。・・・・・・不思議だとは思いませんか?」
 アレスは今更何を言い出すんだという顔をし、エデリカは確かにそうだと思いましたが、ずっと当たり前だと思っていたので疑問を持たなかったことでは二人とも同じ思いでした
 どうして魔方陣を構成するのが文字なのだろう。
「文字で元素の力を集める詠唱呪文を書くから・・・・かな?えへへ」
 今度はアレスが答えます。
「そうですね。しかし答えとしては不十分です」

 カーヌは白墨を使って黒板に『文字』というより『絵』のようなものをいくつか書き出しました。
 それは動物だったり、植物であったり、自然物を簡略化したもの。描き終わると白墨を置いて手をはたきます。
「これらをご存知ですか?」
「見たことがないわ・・・・」
「あるような・・・・・・あ!」
「ん?」
 アレスは立ち上がってそれらを指差しました。
「思い出した。この前父上の蔵書を見たときにそれとよく似た・・・・えーと・・・・象形文字とか、えっとそれに・・・、そうだ!ナルカ文字って言うのがあった気がする!」
 カーヌは満足そうに頷きます。
「良くできました。その通りです。素晴らしい記憶力ですね殿下」
 にこりとするカーヌに嬉しそうに微笑を返したアレス。
「ナルカ文字をはじめとする絵文字が長い年月を重ねて現代使われている文字に、いわば進化を遂げたわけですが、古代の人々はこういった絵文字を作るにあたって、文字そのものに対して神聖な感情を抱いていたのです」
「文字が・・・・神聖なもの?」
「そう。神話によれば太古の昔。文字は失われた種族から我々セノン族が最初に授けられ、それが他の種族たちに伝播して行った・・・といわれています。その失われた種族は神に近い存在と言われています。だから文字は神から与えられし物として神聖視されているというのが通説です。・・・でも私の意見はちょっと違うんです」
 最後のカーヌの言葉に、二人は胸の中にわくわくする何かを感じはじめました。いったい何を話してくれるのだろう。
 カーヌはそんな気持ちの二人をまるで歴史の扉に誘う様に薄っすらと微笑みました。
「エデリカ」
「はい」
「あなたは誰かから何かを言われただけで、叩かれたわけでも無いのに痛みを感じたり、火を押し付けられたわけでも無いのに熱を感じたことは?」
 エデリカは目を動かして、モルド大佐から言われたことに体が熱くなったことや、アレスの言葉に暖かさを感じたりすることは記憶に新しかったので、あると答えました。
「殿下はどうです?」
 アレスも同様でした。あるといって頷きます。
 カーヌはひとくち飲み物を口にして話を続けました。
「あなた方が触れられても居ないのに、言葉によって体が物理的に反応するのは『言霊』のせい・・・とわたしは考えています」
「ことだま?」
 二人は声をそろえました。

「我々セノン族には口から発せられた言葉には魂が宿る、という教えがあって、それを『言霊』と称しています。実際に人から言われたことでドキドキしたり、憤慨したり、悲しくなったり背筋が寒くなったりしますよね?あれは言葉に魂、すなわち”命”が宿っているからだ、と謂われています」
「それじゃあ、言葉だけでなく文字も同様ってこと?」
 カーヌは少し驚いたような顔をして微笑みました。
「鋭いですねエデリカさん・・・ええ。古代の人々は、特に儀式を行う神官たちは言葉に魂が宿っているという事に気がつき始め、それを文字にすることでより強力な力を得る事が出来るのではないかと思ったのかもしれませんね。
 人が発する言葉という音の連なりは感情の受け皿であり、人の内なる力を放出するための目に見えない装置のようなもの・・・と、今の魔法学では考えられています」

 カーヌはいくつかの単語を書き連ねます。どれも「座る」とか「食べる」とか日常使われている現代語でした。
「文字はひとまとまりになって初めて意味を成します。”椅子に座る””夕飯を食べる”、”朝日を浴びる”、”誰かを好きになる”」
 二人の表情が最後の言葉に一瞬赤く上気したようになりました。「つまり・・」カーヌの表情に一層の優しさが加わったように見えます。
「現代ではこのような使い方で誰かに自分の意思を伝えたり、紙に物事を記録したりするのが文字の役割だというのは説明するまでも無いでしょう。でも昔はそれだけではありませんでした。
 ひとつひとつの文字は魂を宿し、相手に触れることなく何かしらの影響を及ぼす”畏れ敬うべき存在”と信じられていましたし、実際にそうだったのです。
”あ”という文字だけでは意味を成さない。けれど太古の魔法使いたちは意思の疎通を図るための道具という事では意味を持たないこの”あ”という単独の文字が特別な力を秘めていることを知っていた。だから畏れ、神聖視する必要があった。・・・・・・・・・・もう一度4大元素を思い出してください」

 火、水、土、空気

 二人は声を合わせて4つの元素を言いました。

「先ほどアレス殿下の言った象形文字は4元素に深くかかわりのある形で表されています」
 カーヌは、川、草、木、動物、山、空、風、剣、太陽、月の文字を象形文字と照らし合わせるように黒板に描き出しました。
 そして黒板に描いた象形文字を指し示しながらカーヌは話を続けます
「4元素が組み合わさり、或いは形を変えて文字というものに取り込まれているという証拠です」
「本当だ・・・・」
 二人は描かれた象形文字を見て、月は月の形をした絵文字であるように、川、人、木・・・どれを見ても文字の生まれた原初の形を簡単に連想できました。
「文字には4元素を源とする力とそして魂が宿っている。だから人の心に影響を及ぼすことが出来る。その文字を組み合わせることで、より明確で方向性のはっきりした大きな力を得る。
 しかしそれだけでは何も起こりません。人の持つ外へ向かった意識的な力、すなわち魔力がこれに加わって初めて魔法が現出し物理的な力を得るのです。魔方陣はこの世界に住んでいる者であれば大なり小なり持っている『魔力』を物理現象としてその力を発現させる媒介なのです。ですから正確に、自分の意図をきちんと反映できるように描けなければ、それは自殺行為に等しい。わかりましたね?」
 エデリカとアレスは反省の表情でこくりと頷きました。

「まあ」カーヌは椅子に腰掛けます「こういった知識は私よりツェーデルさんのほうが教え方も上手いですし、より実践的ですからね。機会があったら聞いてみるといいですよ」
「聞いたって教えてくれないよ」
 アレスは不服そうに言いました。
「どうして?」
「だって、さっきの魔法陣だって、不承不承に教えてくれたんだ。まだ早いって・・・・さっきのことが知れたらきっと大目玉さ」
「はっはっは」
 カーヌは愉快そうに笑います。
「確かに、あの結果は誉められたものではないですが、訓練をつまなければいつまでたっても上手くなりませんからね。今のうちに叱られておくほうが自分の為ですよ。それに・・・・」
 二人はじっとカーヌを見つめています。
「魔法というのは人の感情を受け入れると正直にそのとおりのことをします。つまり術者が悪意や憎しみを持って描いた魔方陣ならば、魔方陣はそれを感じ取って魔法力に転換します。たとえその意思を使った本人が感じることが無くともね」
「無意識下の感情が魔法に影響を与えるの?」
 カーヌは頷きます
「そうです。だから注意しなければならない。多くの訓練を積まねばなら無いのです。しかし嘆かわしいことに現実は違っています」
 沈痛な表情になった教師を見て二人の生徒は神妙な顔つきで頷きました。
「それ故にツェーデルさんはいつも自分に厳しいのです。自己を戒め、律することを忘れません。あの人ほどの魔法使いになるとあらゆる感情を制御する力を持っています」
 暫く沈黙した後アレスがぽつりと言いました。
「ツェーデルが言ってた。極端な感情を魔方陣で凝縮するのは危険なことだって」
 カーヌはひと呼吸置いてから神妙な表情で言いました。
「それは『呪詛』という類の魔法のことですね」
「・・・・・」
「その昔シャイア族がそういった術を好んで使っていました。勿論全てのシャイア族がそうというわけではないですが・・・・。そういった邪悪な力は関係のない者や味方までをも危機に陥れることもあります」
 シャイア族はカーヌたちセノン族とは対極に位置する闇の種族の事です。今ではその姿を見ることさえなく、滅びてしまったのではないかというのが専らでした。
「それは黒魔法のこと?」
「そうです。・・・ですが黒魔法も白魔法も同じです。術者が人である以上、この四大元素の力を侮(あなど)ればただではすまないのです。どんなに高位の術者でも例外ではないのですよ」
「三賢者でも?・・・・・」
 三賢者であるカーヌはゆっくりと頷きます。
「しかし魔方陣の本当の始祖というものは既に失われてしまっています。つまり現在魔方陣を作るための言語は神話の時代に創られたものではなく、時間を経るにしたがって自分達の文化に馴染み易い様に置き換えられて行った物だろうと言われていて、純粋な魔法陣の力は神話時代まで遡らねば再現できないと言うのが通説になっています」
 エデリカはハッとして言いました。
「それってまさか失われた種族の文字?」
「そう・・・とも言われていますね」
 失われた種族とは世界に7つある塔をはじめとした遺跡を創ったと言われている種族のことで、遺跡があるから誰かがいたのだと言う程度の事しかわかっていません。
「それじゃあその神話時代の文字って色々な所にある遺跡の文字って事?」
「歴史上たくさんの人々が解明に乗り出していますが、あれが文字であるかどうかさえわかっていない・・・というのが現状です」
「ふうん・・・」
「そうなんだ・・・」
「お隣のレアン共和国の一部のジェミン族たちが失われた種族の遺物を科学的に解明してはいます。人型のガレムを動かす技術、彼らに言わせると『人機融合技術』というらしいですが、それもそのひとつです。・・・といっても、推測で実験を試行して多くの犠牲を伴った上に実践的に解明されているだけで、実際のところは『どうしてそうなるのか』というのはわかっていないんです」
「どうしてかわからないけど、出来ちゃってる・・・って感じ?」
「ええ。なんとも物騒な話ですが、ジェミン族は探究心が旺盛ですから。もしかすると黒魔法は太古の昔にジェミン族が知らず知らずのうちに実践して手に入れてしまった力に由来している物なのかも知れませんね」
 
  黒魔法。
  この世界では、物理攻撃に使われる魔法のことを「赤魔法」、そして治癒魔法のことを「白魔法」と言っています。ノスユナイア王国の三賢者は赤魔法はツェーデルが、白魔法はカーヌが、そして両方共に使えるのがカーヌと同じセノン族のディオモレスでディオモレスのような存在は非常に珍しいのでした。そして黒魔法は誰もが使えるとも使えないとも言っていません。
  何故なら「黒魔法」は禁術として封印されている魔術のことで、世界の国々が黒魔法の魔法書式を国家の最重要機密として決して外部に漏らさないように厳しく管理していたからです。そのため、この魔法に関しての情報が国家間でやり取りされることはまったくありません。現在でも争いのあるフラミア連邦王国とデヴォール帝国の国境紛争でも使われたことがありません。
 そこで世界の人々は思うのです。
 黒魔法なんてものはこの世にないのではないのか。そんなものがあったらデヴォール帝国の皇帝は積極的に使っているだろう。…と。
 しかし。
 実際に黒魔法を使用するには赤魔法や白魔法とは比べ物にならないほどの大きな魔法力が必要だといわれていて、誰でも気軽に使えるというシロモノではなかったのです。
 カーヌが言っていた『呪詛魔法』もそのひとつなのですが、もしも生半可な魔法力しかない者が黒魔法を使えば、術者は黒魔法(呪詛)の力に喰われて自滅してしまうということが歴史的事実からわかっていました。
 その歴史的事実からシャイア族が黒魔法を使用していたのは誰もが知っていることですが、そのせいで滅びたのではないかとも言われています。


■■■■■



「ツェーデル先生は王国で55代目の三賢者なんだよね・・・・」
「ええ。三賢者の1人は常にマシュラ族が選ばれますからね。彼女はすばらしい人物です。あの若さであれ程の赤魔法の使い手はここ200年で見たことがありません」
「でもカーヌだって三賢者のひとりでしょう?」
 カーヌは伏目がちに俯いて微笑んだだけでした。

 三賢者。
 カーヌはノスユナイア王国に3人居る賢者のうちの1人です。
 穏やかな表情からは優しさがあふれるようで、城下町を歩けばあちらこちらから声が掛かるほど人々から慕われていました。既に300年は生きている異種族でありながら誰一人として彼を疎んじることなどありません。
 彼をしてセノン族の規範。誰もがそう考えているのです。

「私は人を守るための術しか使えませんが、ツェーデルさんはまさに赤魔法の達人です。私など到底敵いません。…例えるとすれば彼女は剣。この国を守る大きな力の一角です」
 術を使えるかどうかだけが問題ではないという事はエデリカもアレスも良くわかっていました。カーヌの奥ゆかしさや謙遜がそういわせているということも。
 しかしその言葉に少し大袈裟に反応したのはエデリカでした。
「わたしはそれがいい」
 そう言ったエデリカの目は輝きを増します。その光はカーヌへと注がれ、カーヌはと言えば少し困惑したようなさびしいような表情を浮かべました。
「自分が守りたいと思う人を助けるための白魔法を知りたい。たくさん覚えたい・・・・覚えたかった・・・・。私はカーヌのようになりたかった・・・・・」
 カーヌは言いました。
「以前から私も言っていますし、ツェーデルさんからも聞いていると思いますがあなたは武闘型のマシュラ族ですからね。剣士にはなれますが、魔法使いには・・・・」
 その言葉は、剣士が使える魔法は自分を守ったり攻撃力を増すための赤魔法で、白魔法すなわち治癒系の魔法は使えないことを表していました。赤魔法とて霊牙力を魔力に変換するため相当の達人でもない限り使えません。
 エデリカはとても残念そうな表情になり、「でも・・・・だったら・・・・」何とかならないのかと食い下がるように乗り出しました。どうやらこのやり取りは今回が初めてということではないようです。

 何度も同じことを言っているのは十分に承知していましたが、カーヌは今までそうしてきたように、彼女のその真意を汲み取るように言いました。
「魔力というのは人を守ることも傷つけることもできます。使い方を誤らなければ守るべき人を守り、敵を排除することができるでしょう。
 あなたが魔法について勉強をするのは、敵の使う魔法を瞬時に見抜いてそれに対処することを学ぶためです。間接的であっても大切な人を守るということに変わりは無いのですよ。
 あなたの生来の特徴を生かし、練磨することで魔法に頼らなくてもできることがあるんです。だからそうがっかりしないで。
 自分ができないことを望むより出来る事を把握して切磋琢磨するほうがずっといい」
「そのためにカーヌみたいな魔法使いがいるんだものね?」
「ええ殿下。おっしゃる通りです。一人では成し得ないことも複数人が集まればできるようになる。国王陛下もそうしてこの国を支え、守り立てているのです。もしもエデリカが困っていれば私は迷わず手を差し伸べるでしょう。エデリカ、私はあなたの頼りになりませんか?」
 首を振るエデリカ。表情は不服そうでしたが。
「ううん・・・そんなことない・・・・」
 既に300年を生きているセノン族で、三賢者でもあるカーヌに対して頼りにならないなんてどうして言えるだろう。エデリカは自分の生まれの不自由さに歯がゆい思いをしているだけだったのです。本当は魔法でアレスを包み込んであげたかった。それが彼女の本音でした。
 納得し切れていないエデリカの視線を落とし気味にして考え込むような顔を見ながらカーヌは言います。
「モルド大佐と試合をしたそうですね。エデリカ」
 エデリカはハッとするように視線を上げ、そしてまた視線を落としました。
「うん・・・・・」
「モルド大佐は規律に厳しい人ですが、人の力を見抜く能力は類を見ないほど優れています。軍に於いては彼ほど指揮官に相応しい人物などそうはいないでしょう。そのモルド大佐があなたの力を評価した。もしも武術でいい点を取れているのだとすればあなたが落とされた理由は年齢と」
 エデリカも年齢のことは致し方ないにしても、ほかに何か理由があるのではないかと思っていたことは事実でした。カーヌから伝えられる言葉に妙な期待感を持っている自分を可笑しく思いながらも彼の言葉に耳を傾けました。
「国を愛する。と言う事の本当の意味がまだわからないから・・・かも知れませんね・・・」
「愛国心なら私は誰にも負けないわ!」
 思わず声をあげるエデリカ。
「私はこの国を守るためなら命だって・・・・・・」
 エデリカは一瞬アレスを見て、その心配そうな表情にハッとするように黙り込んでしまいました。
 暫くの沈黙の後、穏やかな口調でカーヌが言いました。
「エデリカ」
 カーヌに向けられたエデリカの顔は歯がゆいようなやるせないような思いの表情でいっぱいになっています。いつもは穏やかな表情のカーヌは珍しく厳しい表情で話を始めました。
「愛国心は人それぞれでその形は様々です。国王陛下を守りさえすればそれが愛国心なのかといえばそうではない場合だってあるのです。あなたはきっと人を愛することを知っている。でも知っていても愛することがどういうことなのかまだわからず惑うことも多いのではないですか?
 年齢を重ねればそれがわかるのか。といえば決してそうではありませんが、個人を愛することと、国を愛する事とはやはり大きく違うのです。それに・・・・・急がなくてもいいじゃありませんか。もう少し私の生徒でいてくれたほうが、私は嬉しい」
 にっこりと笑うカーヌ。
 エデリカはその言葉に毒気を抜かれたように心の中に暖かいものが広がってゆくのを感じていました。セノン族の持つ特性なのか、その言葉は慈愛に満ち溢れていました。

 カーヌはエデリカと初めて会った頃のことを思い出していました。それは5年前。エデリカが11歳の時でした。
  手が付けられないほどのやんちゃだった彼女はアレスがこの授業に加わるようになってから急に行動に一貫性が見られるようになった。その頃からエデリカがアレスを特別な存在として意識していたことを良く覚えていました。
 それでも、怒りに火がつくと抑えることが困難なエデリカの性格には不安を抱かざるを得ませんでした。
もしも追い詰められるような状況になったらこの娘は自暴自棄になる恐れがある。どんなときでも複数の道を創出しそれを選ぶ思慮深さを体得させねばならない。
 カーヌはそれを第一に置いて彼女と接するときにはどんなときでも必ずふたつの違う答えを出させるようにしていました。
 まだ暫しの時が必要だろう。それまで自分のもとにおいてじっくりと諭さねば。
  彼はそう考えていたのです。

「ねぇ。ツェーデルやカーヌも黒魔法を使えるの?」
 その質問に一瞬でしたが動揺したような目をしたカーヌをエデリカは見逃しませんでした。
「使えるとしたらどんな魔法なの?」
 カーヌはアレスが最初にどうして突然ツェーデルが29代目の三賢者であることを言ったのか、その真意を悟りました。そしてエデリカも黒魔法は禁術としてノスユナイアは勿論の事、どの国でも厳しく取り締まられる対象であることを知っていたのです。たとえ話の種や冗談交じりだったとしても、それを話題にするのは危ういことなのだと。
 無邪気にアレスが聞いたのは勿論興味があったからという、それだけの理由である事は明白でしたが、それでもです。エデリカはアレスを諫めようと何か言いかけましたが、カーヌはそっと手を上げてエデリカを制して言いました。

「もしも使えるとしたら・・・・どうします?」
「だとしたらきっと心強いと思う。だって隣国が責めてきても安心できるからね。特にデヴォール帝国はフラミア連邦王国といつも戦争しているからいつノスユナイアに襲い掛かってくるかわからないもの」
 得意げに言うアレスにカーヌは表情を厳しくして言いました。
「殿下」
 いつもと違うカーヌの様子にアレスは少し驚いたように表情を少し引きつらせました。
「私やツェーデルさんがもしも黒魔法を使えたとして、そしてもしも隣国が攻めてきたとしても、私達は決してそれを使う事はないでしょう」
「え…ど・・・うして・・・」
 どうやらアレスはまずい事を聞いてしまったことに気づいたようです。
「黒魔法は先ほども言ったとおり、人の心の邪悪な部分を増幅させます。そして人の心は残念ながら清廉な部分と邪悪な部分を併せ持っているのです。もしも黒魔法に魅入られたら、それは破滅と言ってもいい・・・。そしてそれは自己の破滅のみならず、敵はおろか味方をも巻き込む大変危険な事だからです。だから決して使いません」
 エデリカはこのとき、カーヌは明言していないものの、使う事ができるのだと思いました。白魔法使いのセノン族でありながらそれを知っているというのは、危険であるからこそ知識として知っておく必要があったのだろうと。
「私は黒魔法を使ってアレス様やエデリカの知らないカーヌ=アーとなって死ぬのはいやですからね」
 その言葉にはカーヌの強い意志と覚悟が感じ取れました。
 自分たちを心から思ってくれている。何より大切に思ってくれている。アレスはそういう感情がズンと心にのしかかったようでしたが、なによりも死と言う概念に対して恐ろしさを感じたのか目を涙ぐませ、小さな声で「ごめんよカーヌ・・・そんなつもりで言ったんじゃないんだ・・・・」そう言って視線を落としました。
 アレスの肩にふわりと乗せられたカーヌの手からは彼を包むような暖かさが伝わってきます。
「いいんですよ。気にしないで。好奇心を持つことは悪い事ではありません。でも約束してください殿下。その質問は誰にもしないと」
 アレスは大きく頷き、その拍子に目から涙が一粒こぼれました。厳しかったカーヌの表情は柔和なものへと変わって、アレスを安心させました。そして。
「エデリカさん。あなたも約束してください」
「え?」
「さっきこの国を守るためなら命も惜しくない。そう言おうとしましたね」
 エデリカは小さく頷きます。
「有能な兵士が死ぬことは国益になりません。きっとモルド大佐も同じ考えだと思います。辛くても生き続けてください。生きていてこそ守れるもののほうが遥かに多いのですから。もしも今あなたが命をかけて守りたいものがあると思うのなら、手足を失おうともまずは死なずに済む方法を最初に考えてそれを試してください。あなたの事を愛している人達もきっとそう願うはずです」
 その時、強い風が窓を激しく叩きました。
 3人ともが窓のほうを振り返り、しばらくガタガタと騒がしく揺れ動くのを眺めていました。
「強い西風・・・・。春が近いのね・・・」
 エデリカがポツリと呟きます。
 師が旅立ってからもう10年…。カーヌはディエルと彼の残した言葉に思いをはせるとふと沈痛な心を抱きしめました。
 ”ディエル様…。あなたは死んでしまわれた。永らえる法を追い求めるなと言い残して…。しかし私は死ぬ運命に抗いたい…”

「死ぬなんてダメだ」
 突然アレスが言ったことにカーヌはハッとして顔を上げました。エデリカも一瞬目を丸くします。
「何よ急に」
「エデリカは近衛になって国王になった僕を守ってもらわなきゃ。簡単に死ぬなんて僕が許さない」
 涙の後が残っているのでまるで強がりを言っているようにも見えましたが、その表情と言葉は実に王族らしい、相応しい口調でした。多少気張ったところがありましたが、エデリカを想い、慕う気持ちが言葉の端々から伝わってきます。
 エデリカは嬉しくなって頬を染めながら微笑みました。
「そうね。・・・・うん、分かったわ。あ、違った」
 そしてその後すぐにおどけてこう言いました。
「かしこまりました国王陛下っ。・・・なんちゃって・・・」
 部屋の中にひとしきり笑い声が響き渡ります。
 西風の告げる春の訪れを聞いたとはいえまだまだ寒い北国に暖かい陽が降り注いでいた午後の事でした。




情報◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【魔法】
白、赤、黒と分けて認識されるが、黒魔法については定義が曖昧。通常の赤魔法も黒魔法的といった表現をされるものもある。
はっきりいえるのは、黒魔法は膨大な魔法力が必要であるということ。

【シャイア族】
セノン族と同様に長命。肌の色が薄い紫で瞳の色が状態よって黒から白に変化するためひと目でそれとわかる。
黒魔法を得意とする種族。しかしここ300年その姿を見かけた者はいない。絶滅したと言われているがシャイア族は暗躍することを常とするのであくまでも推測。
黒魔法を得意とするだけあって、彼らの魔法力は大きく、通常の赤魔法も格段に強力である。
セノン族が光の種族と呼ばれるのに対してシャイア族は闇の種族と呼ばれて忌み嫌われている。
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