29 / 49
第1章 第28話 君心と民心
しおりを挟む■匂い
衝立のこちら側からカルやアレスたちのいるところまでは結構な距離があるので話の内容はほとんど聞こえませんでしたが、時おり力の入った感じのカルの言葉で、カルの話を聞きなれているミニには何の話だかはおおよそ見当がついているようでした。
「よくも飽きずに話せると思うわ。あなたもわかっているでしょうけど。退屈な話よ。歴史だとか天下国家論なんて」
「はあ」
「でもねあなた。女には関係ないと思っているでしょうけど、それがそうでもないから始末におえないのよね・・・。鎧の創作の方がよほど胸が踊るのに」
「はあ」
「あなたね。はあはあって、サリみたいに、やめてくれる?」
「サル?」
「サルじゃないわ。サリよ。サ・リ」
「サリ・・・どなたですか?」
フウっと息を吐くミニ。
「私の近衛よ。隊長なんだけど今一つ頼りにならないのよね。せっかく昇進させたのに・・・まあそれより・・・」
ミニはエデリカに近づくと手をエデリカの腕にあてて2~3秒ほどジッと考え事でもするように目を閉じてからまた目を開けました。
「やっぱりだわ」
「え?やっぱり?」
ミニは勝気な笑顔でエデリカを見上げると腕組みをしてから言いました。
「あなたマカタチになって日が浅いわね。いいえ、隠さなくてもいいの。よくてひと月というところでしょ?」
不慣れを見破られて幾分恥じ入った表情になったエデリカにミニはニンマリとした笑顔を見せました。
「変なマカタチだと思っていたけど、大した問題じゃないわ。それであなたいまいくつ?」
「じゅ、16歳です・・・」
エデリカはミニが一体何を聞きたいのか、言いたいのかよくわかりませんでした。
「まあ」
それを聞いてミニの表情がパッと明るくなります。
「同い年ね」
「えっ」
エデリカは目の前の自分より背の低い小柄な少女を見て驚きました。年下だと思っていたのです。
「嬉しいっ」
「なんの・・・お話ですか?」
ふふっと笑ってからミニが応えました。「あなたは私と同じ匂いがするんだもの」
「匂い?」
エデリカは以前女官長から匂いに気をつけろと言われたことを思い出して、慌てて自分の袖あたりをクンクンしました。それを見てミニが息を吐きながら肩をひとしきり上下させます。
「失礼な子ね。その匂いじゃないわよ」
エデリカはハッとしてクンクンをやめました。
「ね。私たち友達にならない?気が合いそうよ」
「ぇえっ?」突然の申し出に驚くエデリカ。
「どう?」
「友達・・・、それは、・・・でも」
友達になりたい。誰かにそう言われれば素直に嬉しい。でもミニは他国の王族で、そんな人と友人になるなんて身分的に許されるのだろうか。エデリカは咄嗟にそう考え、笑顔を近づけてくるミニから身を引きました。
もはや国王であるアレスとも気軽に話せる間柄であることを思えば一見何でもないように思えましたが、エデリカはミニから友達にならないかと誘いの言葉をかけられて初めて気がついたのです。
王族と平民が友人関係にあるというのは、とても特別なことなのだと。
侍女にならなければ、ミニとこうして話すこともなく、そうであれば当然友達になって欲しいなどと言われることもなく、こんな思いが心に湧き上がることもなかったでしょう。
これは侍女になったればこその収穫と言えました。しかしエデリカにとってそれはまさに青天の霹靂です。
エデリカは少し頭を振ってから気持ちを落ち着かせ、応えました。
「でも・・・私はただの・・・侍女ですから」
その言葉にミニはツンと顎をあげます。
「あら」
普通王族と友人同士になれるとなれば誰でも尻尾を振って付いてくる子犬のようになる、というのは今まで散々見てきたことだったので、意外なエデリカの態度にミニは気を良くしたようです。
「うれしくないの?」
「わたし・・・平民ですし」
なるほどという感じで組んだ腕の片方の手を顎に置いてミニは「さっき言ったでしょう?同じ匂いがするって」得意げな顔になって言いました。
「あなた魔法使いじゃないわね。剣術が得意でしょ?」
「!」
見抜かれたエデリカは言葉を失いました。会ってから三十分も経っていないのにどうして、と。
「隠したって無駄よ。筋肉のつき方とか、ほらご覧なさい」
そう言って突然エデリカの服の腕をまくりあげて、その腕に自分の腕を並べて見せました。細い腕でしたがうっすらと見える筋肉の筋が二人ともほとんど同じです。
「ね?他にも歩き方とか、立ち居振る舞いですぐわかったわ。鍛えていない女は筋力が弱いからこうやって歩くのよ」お尻をフリフリ歩く真似をします。
「殿方はこれが好きみたいだけど・・・まあそれはいいとして・・・。それと」
よく観察している。確かにこんなに筋肉質のマカタチもないだろうとエデリカは納得し、ミニの次の言葉を待ちました。すると今度はエデリカの足を指さします。裾に行くに従って膨らみ、足首の部分を巾着のように絞ったパンツを見て興味深げに言います。
「そのパンツ。この国の侍従はみんな着ているのかしら?」
「あ、いえ。これは扈従(こじゅう)が着けるものでニッツという着物です。意匠はわが国独特のもので・・・綿素材で動きやすいし気に入ってます」
「民族衣装ね?」
ミニはふふんと言って満足そうに頷きました。
「靴も踵の高い見た目重視はでなく、綿となめし革で作った頑丈な実用重視。私の国にもそういう靴はあるけど足の裏、痛くない?」
「私専用に靴職人さんに作ってもら・・・頂いたので、履き心地はいいです。でも既製品は合わない人もいるみたいです」
「やっぱりそうなのよね。下々の市場にたまにお忍びするんだけど、デザインがいいのに履き心地が悪いのってあるあるなのよね。・・・ねぇ。それって私にも作ってもらえるのかしら?」
「え、でも・・・」
「嫌なの?」
「嫌だとか・・・ではなくて。これは庶民の履物ですから・・・」
「そういうことじゃないの。あなたが履いているから欲しいと思うのよ。それとそのニッツも。作ってもらえて?」
自分と同じものを身につけたがっている。そう思ったエデリカはミニが見た目以上に小さな女の子に見えました。7~8歳の女の子は年上の着衣やお化粧に興味を持つものです。
「もちろんです」
確認していないけれどたぶん大丈夫だろうとエデリカはぎこちなくニッコリとして頷きました。
「じゃあニッツも靴も10ほど意匠を変えてお願いね」
「じゅ・・・」
これは想定外。
「それから。もしも出来るなら半数はあなたと着ているのと同じ素材と色のものであとの半分はおしゃれ用に布地のところは絹の繻子織り(サテン)を使うように言ってちょうだい。色はそうね・・・」
エデリカはは慌てて小さな帳面を出し、やたらと細かい注文をつけることに安請け合いしたことを後悔しながら、鉛筆で書き込みを始めました。
「色は赤とハッケシの花の色、鮮やかすぎるのは駄目、やわらかめのふんわりひらひらって感じの色でお願い・・・ああそうそう。さっき街で見た藍色が素敵だわ。あの色はわたくしの国では見たことがないのよ。その三色を単色と織り混ぜたものがあると嬉しいわ」
「ふんわりひらひら?・・・藍色・・・ウォード・・・三色・・・単色・・・織り混ぜて」
ミニの言ったことを繰り返しながらエデリカはまったく侍女らしく鉛筆を紙の上で滑らせました。傍から見れば主人の注文を聞く侍従そのものです。
書き終えるのを待ってからミニがまた話を戻します。
「さて」
エデリカはポケットに帳面をしまいこみながらはいと言ってミニに視線を戻します。
「ええと。どこまで話したかしら・・・ああそうそう」
人差し指を立てて振りながら話を始めました。
「あなたは侍女なのにスカートでなくニッツというパンツを履いていて、靴も実用重視の頑丈なもの。履き心地も良好。その理由は」ミニは人差指をほほの横あたりで左右に何度か振ります。「あなたは国王陛下の学友で、その伝(つて)で侍女になったのね。でも動き易い服装を選んだのは剣士だから・・・で、いいわね?」
「だいたい当たってます」
「なによだいたいって。はっきりしない子ね。・・・剣術が得意なら侍女より近衛になればよかったのに」
なろうとは思ったんですけど。
エデリカはそう言おうとしましたがやめておきました。
ここで身の上話を始めようものなら、せっかく悩み抜いて侍女になる決心したことをほじくり返されることになってしまいます。それだけは避けたかったのです。
幸い近衛の話は広がりを見せずに済みました。
「まあいいわ。とにかく。平民だとか王族だとかは関係なしよ。私はね、次に会った時にはお互いの顔を見ただけで笑顔で手を取り合える仲になりたいだけなの。だから、いいでしょ?いいわね?ね?」
強引な人。
エデリカは戸惑いを含んだ笑顔の裏でそう思い、どうやら断りきれそうもないと悟って「は、はい・・・」曖昧に頷きました。
「決まりね!」
顎のあたりで合掌してニッコリと嬉しそうにするミニは更に。「これから私はあなたのことを・・・ええっと名前はなんといったかしら?」
「エデリカです」
「貴賜名を教えて」
「あ・・・。ミラ・・・ミラネット=エデリカ=エノレイルです」
普段言いなれない貴賜名を思い出すようにして言うと少しだけドキドキしました。
「ミラネット・・・ミラネット。いい響きね。・・・そうね。それじゃ、あなたのことはミラって呼ぶわ。いい?」
「は、はい」
「ミニとミラ。いい組み合わせじゃないの」
王族に貴賜名で呼ばれることは光栄なことでしたし、そう呼ばれる事も受け入れることはできます。しかしミニの次の言葉には面くらい、焦りを覚えました。
「私のことはミニと呼んで」
「え・・・・ダ・・・ダメです。そんな・・・呼び捨てなんて」
王族を名前で呼ぶなんてとんでもない。こんな時はなんと言うのだろう。
エデリカは父やモルドなどの大人たちの使っている言葉の中から適切なものを見つけて言いました。
「恐れ多いことです」
エデリカはそう言ったあとにミニの目を見てドキリとしました。悲しいとも寂しいともとれる色を読み取ったからです。
でもそれは一瞬ですぐに消えて、ミニは少しだけ不機嫌そうな感じでこう言いました。
「仕方ないわね。だったら暫くの間は姫と呼びなさい」
今のはなんだったのだろう。
エデリカは何か悪いことをしてしまったような気がして、視線を泳がせながら言います。「はい姫さま」
「様はつけないで。それ以上は譲歩できないわ」
その言葉にはどういうわけか毅然とした響きがありました。エデリカはミニの態度とその言葉でなんとなくさっきの表情の理由がわかったのです。
「はい姫」
きっと名前で呼んで欲しかったのだ、と。
王の息子ならともかく、息女であれば当然学問は学校に行くより教師を王城に呼んで学ばせるので、友達を作る絶好の場所でもある学校に行けない王族の女は友人も作りにくいという事をエデリカは察したのです。
とはいえアレスのように幼馴染でもなく、他国のとはいえ会ったばかりの王族の姫君に対して名前で呼びかけるなど無理な注文というものでした。
可哀想だとは思いましたが、まともに物事を考えられる年齢になっていたエデリカには叶えてあげられない願いだったのです。
■言霊と父の面影
国王とはいったい何か。どういう存在なのか。
カル達の目の前にいる幼い国王は父が生きていた時と変わらず機能している王国を見て思っていたことを口にしました。
「王国に国王は必要なのかな・・・」
カルもシャアルも一瞬表情を固くしてお互いの目を見合わせ、頷き合いました。
国王とは国家の頂点に君臨する最高権力者であり独裁的為政者である。
単純に言えばこれが答えです。
しかしアレスは自分が政治に参加していなくても国家の運営は滞ること無くできていると思っていて、事実その通りなのです。
カルがまず思ったのは、自分がアレスに何らかの助言を与えるのは内政干渉になりはしないかということでした。
アレスの意思とは別に、王より様々な権限を与えられているこの国の官僚や貴族たちがどう思うか、そこがまず問題であると考えたのです。
両親を失って失意の中にある幼い国王にとっておそらくわからないことだらけで、ともすれば有力者によって懐柔され、それが専横につながり、争いに発展するという事例は歴史を紐解くまでもなく枚挙にいと間がないほど有りました。
だからこそカルもシャアルも驚嘆しているのです。
シャアルの言った島民的思考がノスユナイア王国民を支配しているのであれば、半ばはうなずけますが残り半ばは不可思議としか言い様がありませんでした。
その不可思議な部分に対して答えを与えるとすれば、大きな部分は前国王の政治力がずば抜けて優れていた、の一事に尽きるでしょう。
いったいどんな魔法を使って統治していたのかと冗談の一つも言いたくなるのを堪えてカルはアレスにこう言って話を始めました。
「陛下。私もいつになるかはわかりませんが、いつの日にか国王になる身です」
その言葉にアレスは顔を上げました。
表情はありません。カルの目の前にはただの小さな男児が座っているだけでした。
「だからこそ思うのです。国王になってみなければわからないことはたくさんあると。でも陛下の今の疑問も十分に理解できます」
それを聞いて少し驚いたような顔をアレスはしました。
「本当に?」
カルはゆっくりと頷きました。
「ええ。陛下の今抱いているその疑問は私の父も、そしておそらくあなたのお父上も同じく抱いていた事なのだと思うからです」
「僕の父上が?」
父がそんな悩みを抱えていたなど思いもよらなかったアレスは目を見開きました。
アレスの知っている父の姿は小さな悩みなど気にもしないといった風でいつも自信に満ち溢れて堂々としていたのです。
そんな威風闊達な父が自分と同じ疑問を抱いたことが信じられませんでした。
「他の何者でもない。王であればこそ抱く疑問なのだと、私は思います」
「王であればこそ・・・」
「はい。私たちも同じように考えたことがあります。なぜ王が国に必要なのか、いなくても官僚や大臣たちが立派に国家を運営しているではないか、と。そうだよなシャアル」
シャアルが頷くのを見たアレスの心にポッと明かりが灯(とも)りました。自分と同じ疑問を抱いている人間が目の前にふたりもいて、それは紛れもない王族たちだという事実が暗闇を照らす灯(あか)りに思えたのです。
「でもそういう考えが思い浮かぶようになったのは実はごく最近のことなんです。その思いに至る経緯も陛下とは少し違います」
「いつ?どう違うの?」
「エミリアの学府で哲学を学んでいた時です」
「エミリア・・・」
シャアルが応えます。
「エミリアというのは正式にはエミリア海洋王国と言って、形式的には私の国の宗主国です」
「宗主国?」
「具体的に言うと私の国の王に相当する大公はエミリア海洋王国の国王から承認されてその地位につくんです。この一点だけが二国間で主従の関係にあります。実際はどちらも別々の独立国家ですけどね」
「なんだか・・・難しいな」
「伝統なんです。遠い昔ケルファール大公国はエミリア海洋王国の一部の人々が分かれて出来た国で、私たちは今でも源流国家としてエミリアを大切に思い、尊重しています。大公をエミリアに承認してもらうのはその表れなんです。
今では軍事力も経済力もケルファールの方がエミリアより上なのですが、それでも親を大切にする子供のようにエミリアを大事にしています」
面白い伝統だ。アレスは国家間でそんな人間のような意思のやりとりがあるということに興味を抱きました。お国柄の一言で済ますことが出来ない、歴史的なことだと。
「僕とカルはそのエミリアに三つある学府のうちのアゼクランドで共に学んだのです」
「アゼグランド・・・」
感歎して頷くアレス。
「そのアゼグランドで、陛下の今抱いている疑問に、僕もカルも同じく興味を抱き、よく議論を交わし、探求したんです。王なき国家は成立するのか、と」
目の前にいる二人共が国主の息子であり、後継者ならば自分の抱いている疑問をどんなふうに解決したのだろう。早く聴きたい。アレスは逸る気持ちを抑えられませんでした。
「答えは出たの?どんな答えだったの?」
アレスの質問に一息おいてから静かに応えたのはシャアルでなくカルの方です。
「残念ながら、陛下。ハッキリとした答えは得られませんでした」
その言葉にがっかりとした顔になるアレスでしたが、続けてカルが言いました。
「しかし明確な正否はともかくとしても、ある程度納得できる答えは得られました」
アレスの顔に明るさが戻ったことを見てカルは。
「陛下」
「?」
「私がこれから陛下にお話できることは私の人生の予定であり、私の願望に過ぎません。だから真実かといえばそうではないとも言えます。つまり・・・」
カルはそこで言葉を切って少し考えてから続けました。
「・・・つまり、この話が終えてから陛下がどう感じるかは陛下にしかわからないことなのです。だから、最終的には陛下の心の中で解決するしかない事なのです」
「どういうこと?」
アレスはカルの言っていることが今ひとつわかりませんでした。
「答えが出なかったというのは、万人を満足させうる解答を得られなかったという意味で、自分だけがある程度納得できたという事なんです」
「カルの見つけた答えは、僕には納得できない事なの?」
「そうかもしれません。それでもお聞きになりますか?」
アレスは大きく頷き「聴きたい」と言い、その目はキラキラと輝き始めました。
「わかりました」
自分の体験談をすればこの幼い国王はなんらかの影響を受けるだろう。言葉を選ばなければ。カルは自分に言い聞かせるように心の中で唱えてから、ゆっくりと話し始めました。
「私が思う、国王が国家に必要な理由は”継承される権威の正当な介在者”たる運命を担っているからです」
「介在者・・・運命・・・」
言われた事を繰り返した後、アレスはカルに質問します。
「国王は為政者とか、象徴とか・・・権力の執行者じゃないの」
カルはにこりとして答えます。
「それは表に見える王の在り方であり存在理由です。私はそれを国王が国家に必要な理由とは思いません」
シャアルはカルが何と答えるかと考えました。なぜならアレスは何故国王が国家に必要なのかを本当は理解できているのではないかと思ったからです。
「陛下」
アレスはカルを見つめて次の言葉を待ちます。
「陛下と私があなたの国の元老院議会で、全く同じ100%国益にかなう国策を発表したとします。最初に私が発表しますが議会の賛同は得られなかった、だが陛下が次の日に私と全く同じことを発表したら議会は賛同するのです」
「まさか・・・」
「100%とは言いませんが、ほぼ確実にそうなります。その理由は陛下がこの国の”継承される権威の正当な介在者”たる運命を担っているからです」
アレスが少しわかりにくそうな顔をしていいました。
「でも、みんながその・・・僕が”継承される権威の正当な介在者”たる運命を担っている者だと考えてるなんて・・・」
「考えていませんよ」
「え?」
「血によって理解しているんです。考えるまでもなく感じているんですよ。つまり私が言っている”継承される権威の正当な介在者”たる運命を担っている者は目に見えない事なんです。だから感じるしかない。でもそれを一番わかりやすく目に見える形にしたものを民衆に表わすのは血です」
血という言葉にアレスは少し陰りを見せました。エデリカの血です。
「つまり血脈の事です。運命は目に見えませんが、家系はみえます。だから民衆が受け入れやすいんです」
「血脈・・・・」
シャアルが口を開きます。
「カル」
「うん?」
カルとアレスがシャアルに振り向きます。
「運命を担っている者を見えるようにするのは王家だろう?」
「そうだ」
「でもこういう事もできないか?民衆が権威を求めている、だからそれをより受け入れやすくするために血脈というものを重要視するようになった」
カルは少し考えて言いました。
「確かに民衆を掌握するための方法として、という側面もあるだろうな」
「政治と言うのは玉石混合、清濁併せ呑む、取捨選択なんて日常茶飯事だからな。失礼、先を続けてくれ」
シャアルに促されてカルは話を元に戻します。
「貴国、ノスユナイア王国では万世一系を謳って王族足る証(あかし)としていますね?」
「うん」
「我が国でもそうです。シャアルの国であるケルファールも大公家の血筋が国主になるための暗黙の了解になっています。しかも不思議なことにそれを求めているのは当の王家でも大公家でもなく実は民衆なのです」
「そう思わされてる」
シャアルがすかさず横槍を入れました。カルはシャアルをちらりと見て、そして。
「そうとも言える・・・」
シャアルの言葉にいくらか怯んだ様子のカルを見てアレスは。
「どういうこと?」
「つまり・・・血統というものは目に見えます。どこの誰であっても血族は見て分かるものでわかりやすいんです。
もしも代々受け継がれる国王の地位を、全く異なった血族が引き継いだ場合、そこには不信や不満が生まれます。そしてその不信が拡大すればこう思う者が出現します。『血筋が関係なのなら、自分にだって国王になれる』」
アレスはそうかもしれないと思いました。自分でも理由がはっきりとしませんでしたが、そう思ったのです。
「この考えが一度生まれるとあちこちで同じ考え方が起こるようになるので、国家が分裂し群雄が割拠し始めます。それは平和とは言えない状況です。先ほどお話したマブル帝国はこれが理由で分裂し崩壊したのです。分立した国家の指導者は王家の血筋でない者たちが多かったのです」
「将軍や、有力貴族です」
シャアルが付け加え、アレスは何度か頷きました。
「『あのような者が国王をやれるなら自分にだってできる』という思いには先ほど私の言った”継承される権威”そのものがありません。ないものの介在者にはなれませんしそこに運命も存在しません」
アレスはジッとカルの言葉を聞いています。
「あるのは欲望と迷いだけでしょう。そこで生きる権力者は常に明日の不安をぬぐえぬ毎日を過ごすことになります」
すかさずシャアルがその言葉にこう言い添えました。
「その状況から強く成長する賢者もいる。それが僕たちの先祖だ」
「うん・・・それは全くその通りだと思う。だがそうなれない者がほとんどだ」
シャアルは何度か頷きます。
「こういった不安定な状況はどういう訳か長続きします。だからこそ今ある平和や繁栄を守るために”継承される権威の正当な介在者”たる運命を担っていかなければならない。それを実現するために必要なものが血脈なんです。そして血筋は権威の象徴といっても良いと私は考えています」
民衆は王家の血筋をもって信頼の証(あかし)としている。それは権力を振るう際に必要となる権威の象徴。そう思いながらアレスは小さく頷きました。
「しかしこんなこともあります。そのとき国を治めていた国王がいくらかの不信や不満を持たれたとしても、『王家の正統なる血族の者であれば良い』と考える者が多くなるんです。これは民衆の被支配願望の現れと私は考えています」
「被支配・・・支配されたいと思うこと?」
「そう単純ではありません。支配されても構わないが、それによって安定を得たい、平穏を手に入れたいという願望ですね」
「・・・」
「具体例を挙げて言うと例えば・・・」
カルはカップを持ち上げて一口飲むと話を続けます。
「二つの平和な国があったとします。その国同士がなにかをきっかけにいがみ合うようになってしまうと戦争が起こります。平穏が破られて喜ぶ者はいません。だから平穏を取り戻そうと戦争に積極的に加担して、早く解決しようと双方が努力します。つまり戦いが激化します」
身振りを加えながらカルは話を続けました。
「勝敗はさておくとして。お互いの敵である国の中心人物にそれぞれ権威があってもそれはその国の中だけで通用する権威です。敵の国にとってその権威は憎悪の的でしかありません。
しかもどちらの国の人々も自分たちこそが正しいと考えて戦っていますから、争いはひどくなる一方です。しかしやがて戦争は終わりを迎えます。そして戦争に勝った国が負けた方の国民たちに自分たちの権威を示すと、負けた国の人々はそれに従うようになるのです。反発したり、逃げ出すものもいますから全員ではないでしょうが、ほぼ全員が」
悲壮な顔をするアレス。
「たしかに辛く悲しく、屈辱も味わうでしょう。ですが多くの人々にとっては戦争を終わらせて平穏を手に入れたいという思いの方が屈辱を晴らしたいという復讐心よりもはるかに上なのです」
「だから僕はさっき言ったんです。血脈、即ち権威を求めているのは民衆の方だと思わされている、とね」
アレスはシャアルの言葉に疑問をぶつけます。
「人々が平穏を求める思いの強さを悪用したということ?」
「悪用ではなく、平和を建設するための手法と言ったほうが正しいでしょう」
アレスには詭弁に聞こえました。しかし意外にもカルがシャアルの言い分を弁護します。
「まあ詭弁ですが支配者、被支配者双方の為になる事という意味です。支配者に逆らい続けるより同化したほうが平穏を得やすいのは、心情は別としても事実ではあります。支配者にしてもそのほうが都合が良いからそのための努力をするのです」
「それはあくまでも良識を持った支配者の場合は、だろ?」
「だが良識無き支配は長続きしない。支配者が搾取を続ければその国は崩壊する」
「例外もあるけどね」ハッとしてシャアルは笑顔になりました。「あ、・・・いやこれは忘れてください陛下。例外もありますが、この部分は掘り下げるとちょっと深みにはまってしまうので。すみません。概ねではカルの言うとおりです」
カルの言っていることはあくまでも一例で、多くの賛同を得られないだろうということはカル自身良く分かっていました。
実際歴史を紐解けば良識的な支配者というのは少数派で、支配者=非良識的人間というのは普通のことでした。
ただ良識的に振舞ったほうが自分の利益になると認識した支配者は良識的なフリをして民衆を指導するようになるというのがもっぱらなので、良識的指導者=名君というわけでもありません。初めは良識的に振舞っていても支配者の統治能力には差があり、時間を経たり世代を重ねることで破綻してしまう場合も多くあるのです。
だから。
良識的な支配者、指導者と謳われる人物が興した国であってもやはり滅びるのです。
全ての事象に於ける栄枯盛衰の理(ことわり)は人がすることである以上避けられない、神が定めた自然の摂理なのかもしれません。
カルは苦笑いしてシャアルを見てからアレスに視線を戻します。
「私が言いたいのは、統率力や支配力のある者は希な存在なのだということを民衆自身が知っていることです。自分自身が統率者にも支配者にもなれない以上、無駄な反発を繰り返すより、従うかその振りでもして従属してしまったほうが楽だと考える者は多いということです」
「もちろんそうでない者もいます。ここが大事なところなんです」
カルは話が横道にそれてしまったことをアレスに謝罪してからまた権威の話に戻りました。
「ノスユナイア王国のお隣の国レアンは共和国ですから国王はいません。その代わりに共和国元首を首長とする共和国議会があり、それが権威保持機関となっています。
共和国は血ではなく人為の政体によって選ばれた首長が”継承される権威の正当な介在者”たる運命を担っていると私は考えます。
ただ共和国元首は選挙によって就任する役職です。だから共和政体では様々な決まりを作って元首の権利や権力を制限して濫用が起こらないように制御するのです。
レアンの共和国議会が十全に機能していたとしても歴史を紐解けば国家に仇なす危険な元首というのは過去に何人もいました。ですがいずれも破滅しています。しかしなぜかレアンではうまくいった試しがない。おそらくこの元首の権利や権限を制御する機能が働いているからでしょう」
カルは言葉を切ってまた続けます。
「権威は血筋かそうでなければ強靭な抑制力を保持し続ける事の出来る政体が制御しなければ暴れ出す諸刃の刃ともいえます。こんな複雑で危険なものを個人の力で制御できるわけがない。だからこそ民衆は権威を正しく使うことの出来る主(あるじ)を心の底では望んでいるのだと私は思っています。そしてだからこそ”継承される権威の正当な介在者”たる運命を担うのは王家の役割であると私は思うのです」
話を聞き終えたアレスはカルの話の内容を反芻して咀嚼するようにしばらく視線を落としてジッと考えていました。
そして。
「カルは、国王になりたいと思ってるんだよね?」
「待ち遠しいとは思いませんが、運命を受け入れるつもりでいます」
「なりたくないって思ったことはある?」
これはアレスの思いの一部でもありました。この率直な疑問にほんの少しだけ考えてからカルは応えました。
「私がもしも国王になることに少しでもためらいを感じたならば、王位は自分以外の兄弟に譲ります。しかしそうでない以上、国王となった暁には周りにいる様々な人々を可能な限り巻き込んで、運命共同体として意識するつもりです」
「周りにいる人を?」
「ええ」毅然とした表情で頷くカル「どう足掻いたところで結局人も人のすることは完全ではないのです。だから私はひとつのことを決めるのに一人では考えないようにしています。私がもしも王であればあまり褒められたことではないのですが、今のところ私はそうしています。
過去の事例に照らし合わせ、遠い歴史に心を馳せ、その上で大勢の意見を聞き、どうすることが正しいのかではなく、現状に対して何が適切なのか、どうすることが最善なのかを探り結論を出す。それが私のやり方です」
「でも、もしも国民がカルに同意しなかったら・・・」
アレスのその言葉を聞いた時のカルの表情は意外にも笑顔でした。
余裕、困惑、なんと表現して良いかわからない複雑な笑顔。アレスはその種類の笑顔に見覚えがありました。
ハッとしたアレスが思い起こしたのは父の面影です。
困ったことがあると穏やかな表情で”やれやれ。さて、どうするかな”などと言って笑う所を何度も見たのを思い出し、父の若い頃はカルのようだったのかもしれないとさえ思ったのです。
そんなアレスの思いを知る由もないカルはアレスの質問にきっぱりとした口調で答えました。
「君心あれば民心あり。邪心のなんたるかを知らずば それ即ち滅びの始まりなり。努努忘るなかれ」
シャアルは既に聞いたことがあるのか特別な反応は見せず、アレスの反応を伺いましたが、意味がわからない様子で表情に変化はありません。
「これは私の国の何代か前の国王が遺した言葉です」
「どういう意味?」
「民を思って事にあたれば民も王のことを思うだろう。しかし民が思いの通りにならないことに疑心を持てば暗鬼を生じさせ、暗鬼は邪心となって己を苛むことになる。
狭量を捨て、既知を捨て、常に曇りなき眼で過去現在未来を見渡さねばならない。それを怠れば、民は惑い、混乱し、混乱は憎しみを生み、やがて滅びが訪れる。・・・という意味だそうです」
”民が思いの通りにならないことに疑心を持ち・・・”アレスはこの言葉に心を痛めました。つい先日、エデリカを自分の思い通りにしようとしたことを思い出したのです。
「民が私のやり方に同意しないという可能性は無論ゼロではありません。・・・ですが私はそれほど気にしていません」
「どうして?」
カルはひと呼吸の間を置きます。
「陛下。100人の人間がいて、その100人全員から好意をもたれるのは奇跡です。フラミア連邦王国には1500万人の民がいます。それら全員から同意を得るというのはもはや不可能といってもいいでしょう」
言われてみればたしかにそうだとアレスは頷きました。
「陛下。人間は完全な存在ではありません。国王であってもそうです。でもそれでいいと思っています。どんなに偉大であっても人は神ではなく、神になることもできないのですから」
無言で頷くアレス。
「この国の今を見れば、あなたのお父上がどんなに優れた国王であったか、執政者であったかがよくわかります。しかし忘れてはいけません」
「?」
「人は完全ではない。それは即ち万人から愛される事は決してない、ということでもあるんです。あなたのお父上も神ではない以上そうだったはずです。お父上のことを憎む人さえいたかもしれない」
アレスは眉間に薄くシワを刻んだ顔でじっとカルの目を見つめます。
「それでもあなたのお父上は国王になった。あなたは国王などいなくても国家運営は滞りないと言っていましたが、きっとお父上もそう思ったことがあるはずです。・・・なのに、どうして国王になったのだと思います?」
「それは・・・」
それはどうしてだろう。
「父上も”継承される権威の正当な介在者”になる運命を受け入れたから・・・かな」
そう言いはしたものの本当にそうだろうか・・・・アレスには答えが出せませんでした。
父が生きているうちにその理由を聞きたかった。
でもそれは今ではどうにもならないことです。
「陛下ありがとうございます。でもお亡くなりになってしまったあなたの御父上の気持ちはわからなくて当然です。想像するしかありません。ですが、もしかすると私の思いと陛下のお父上の思いは似ているかもしれません」
「カルの思いって?」
カルは椅子に座り直し、話し始めました。
「国家の主体である民衆というものは国王の意思がどのようでも、彼ら自身の意思で強く生きようという活力を持っています。国王が抱えている悩みなどどこ吹く風と、力強く先へ進もうと努力するものなのです。この民衆がもつ底力の発現には度々感動させられます」
シャアルがカルの顔を見て微笑みます。
「だから私は思うのです。
国王は民の発揮するその力に弾みを付け、更に方向を整える役割を担っている。その役割を果たすために用いるのが・・・」
しばらく間が空くと、アレスが促されたように答えました。
「権威や権力?」
アレスの答えにカルは非常に満足げに頷きました。
「素晴らしいです陛下。そのとおり。法律や軍事力で強制されるより、民は権威による支配を求めているのだと私は考えています。
権威というものは民の活力なくしては何の意味も持たないものですが、しかし民の活力だけでは国家はひとつにまとまらず、進むべき道筋を見失ってしまう。
権威と民のもつ活力は切っても切れない相互の関係にあると思います。権威を正しく纏(まとい)、振るう国王があるからこそ民は心おきなく生きるという前向きな力を十全に発揮し、幸福を追い求めることができる。それが・・・」
言葉を切ってカルは改めてアレスを見つめ、そして言いました。
「それが私の思う、国王の役割であり、必要性なんです」
カルの話は終わりを迎えました。
アレスは自分が抱いていた国王が必要なのかという疑問がわずかながら晴れたような気がしました。
自分と同じ立場になるであろう目の前にいる青年が言ったことだからこそ信憑性もあり、納得も出来たのです。
しかし。
「父上は・・・。父上は、カルと同じように考えて、民のために王になったのかな・・・」
新たな疑問が脳裏に浮かび上がってきました。
カルはそっと息を吐いてから慈愛に満ちた目をアレスに向けます。
「陛下」
アレスは顔を上げてカルを見ました。
「その答えは出すことができませんが、陛下のお父上の思いを知ることは可能です」
「・・・どうやって・・・」
「私はこの国に来た時に驚嘆しました。国王陛下がお亡くなりになったというのに、なんて静かなのだろうと驚いたんです。そして確信もしました」
「確信?」
カルは穏やかな表情で言いました。
「君主、心あれば、国民、心あり。王の心を受け取ったからこそ今の民の有り様が目の前にあるのだと。
歴史を振り返れば必ず世代交代の時に起こりがちな不穏も、争いもないこの静けさは、民がお父上の心に応えているからこそ実現している静けさなのだと私は思います。
お父上は間違いなく、民を国家の根幹と考えていたと確信せざるを得ません。その為にどれだけ心を砕かれたかは、この国の現状を見れば考えるまでもないことでしょう。そう思いませんか?」
アレスは父がエバキィルの塔の前で自分に言った言葉を思い出しました。
『・・・国民は支配者を見習おうとする傾向がある。多かれ少なかれな。国民は地元の領主に、領主は元老院議員や国王であるこの私に影響を受けることが多い。それはどこの国でも一緒だ。やり方の差異はあるがね。だが民はそれを望んでもいる・・・』
父と同じことをカルは考えているのかもしれない。
だとすればカルの言っていることは父が自分に言えなかったことなのかもしれないと思いました。そう考えた途端、アレスの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ始めたのです。
それを見たシャアルもカルも少しうろたえました。何かまずいことを言ってしまったのだろうかと。
カルは思い余って席を立つとアレスの隣に座り、ポケットからハンカチを取り出して渡しました。
「陛下」
「ん・・・」
ハンカチを受け取ったアレスは止まらない涙をぬぐい続けました。
本当なら父からこうしていろいろなことを教わりたかった。でもそれはもう決して叶わない。
しかしそう考えてはいても、アレスの心は暗澹とはしていませんでした。どちらかというと過去の出来事に訣別する清々しさを感じていたのです。
「カルは父上みたいだ・・・」
「え?」
カルは内心ではそんなに年が離れているわけではないのにと思い、それを聞いたシャアルは手をニヤッとした口元を隠します。
”確かにカルは年より臭いところがあるからな・・・”
カルは笑顔で答えました。
「光栄の至りですが、私は陛下のお父上とは比べ物になりませんよ。まだまだ未熟者です」
「カルは・・・」
ハンカチで鼻を抑えながらアレスは言います。「カルはきっといい王様になるね。僕は・・・僕は全然ダメだ。わからないことばっかりで・・・こんなんじゃ・・・」
「陛下」弱気の発言をしたアレスを諌めるような顔でカルは言いました。「失礼ながら陛下はまだ14歳。だから難しいと思いますが、そうであればなおのこと、あまり背伸びをせずに誰かを頼ればいいのです。決して恥ずかしいことではありません。この国にはお父上が育て上げられた素晴らしい家臣が大勢いらっしゃるはずです」
カルの言うとおりでした。
カーヌ=アーやディオモレス、モルド、ローデン、ロマ、色々な人々の顔が浮かんで消え、そしてふと思ったことをアレスは口にしました。
「・・・カルを、頼ってもいい?」
「私ですか?・・・」少し考えてカルは言いました。「そうですね。ずっとここに居るわけにも参りませんから、手紙など頂ければいつでも、私で良ければお役に立ちましょう」
アレスはうつむき加減で首を振りました。
「ううん。そういうんじゃないんだ」
「??」
アレスは照れくさそうに上目遣いにカルのことをチラっとだけ見てまたうつむきました。
「・・・友達として・・・」
カルは穏やかに微笑みました。
「ええ。もちろんです」
「本当に?」
「嘘など言いません。今日から私たちは友人です」
「それじゃシャアルも」
「え、僕ですか!?そ・・・それは・・・」
「いいじゃないかシャアル」
「だけどカル・・・」
「王族である事では変わらない私とは友人になれたのに?」
口を引き結んでむうっと唸ってシャアルはフッと吐息しました。それとこれとは別、とは言い難い。こんな出会いがあっても良いのではないか、と考えなおしたのです。
「陛下。私は見ての通り公族らしからぬ粗野な男です。カルとは学友ですからいつもこんな感じですが、陛下がそれで嫌でなければ」
「イヤなんかじゃないよ。でも・・・」
「でも?」
「友達なら、あなたたちのように名前で呼び合いたい」
シャアルとカルが顔を見合わせます。
これは難しい注文でした。カルとシャアルは学友ということもあって、それは公然となっていましたから公的な場所でそういう場面があっても誰もなんとも思いません。しかしアレスは紛れもなく一国の主、国王なのです。
エデリカがミニに名前で呼べと言われた事に対して抵抗を感じたのと全く同じでした。身分社会とはそういうものです。しかし、「だめ・・・かな。だめなら・・・」寂しそうに俯いて笑うアレスを見てカルは衝動的に言ってしまいました。
「ダメなんてことはないよ。アレス」
シャアルにとっては予測できていたことでした。”やっぱり”という顔でカルを見ました。しかしそれと同時にアレスの顔を見た彼は自分の心根が恥ずかしく思えてしまうほどの情けなさに襲われてしまいました。
気恥かしそうにしながらも満面の、心の底から嬉しそうな笑顔。
「但し、この三人でいるときだけ。それでいいかい?」
「うん分かってる。エデリカともそうして・・・」ハッとして口に手をやるアレス。気まずそうな表情でうつむきます。
カルはシャアルに頷きました。
「アレス。大丈夫。私たちは友達を困らせるようなことはしない。それに私もシャアルもちゃんとわかっているから」
少し驚きを含んだ顔でしたが、すぐに決心したように言いました。
「僕はエデリカのことが・・・好きなんだ」
「知ってたよ」
「え」
アレスがカルを見た後シャアルを見上げると彼もうなずいています。
「君は素直で純粋だなアレス。きっとみんな知っているよ」
「みんなが!?そんな・・・」
秘密にしていたのに。
「どうしてそれを君に言わないのかわかるかい?」
「・・・」
頬を赤くして首を振るアレスにカルは微笑みました。
「君のことを大切に想っているからさ。だから何も言わない」
「思いやりだね」シャアルが言います。
「恥ずかしがることなんてないさ。私にだって好きな人はいたよ」
「ほんとに?」
「うん。沢山ね」
「フラレっぱなしだけど」
カルはそう言われて非難の表情をシャアルに向けました。余計なことを言うなと言っているようです。
「ホントのことだろ?」
不本意な表情を露わにしたカルに構わずシャアルは愉しそうに言いました。
「僕だってはじめは不思議だったよ。王族でしかも王位継承権第一位。将来有望なんてものじゃないのに、そんな男がフラレるなんて、って。・・・でも今はわかる気がする」
シャアルから初めてその言葉を聞いたカルは人ごとのように興味津々な口調で聞き返します。
「ふん。・・・わかるって?たまたまさ」
シャアルは意味ありげにニヤっとしました。
「いいや。違う」
きっぱりと言い切るシャアルを見てカルは学生時代に彼が数多の女からの視線を集めていたことを思い出しました。しかし彼とてすべての女の心を射止めたわけではありません。つまりフラれる側の気持ちもわかるという事です。
「じゃあ何がどう違うのか教えてくれないか。これからの参考にするよ」
シャアルはにんまりとして 背伸びをすると立てた人差し指を振りながらいいました。
「ミニにもっと優しくしろ。そうすればわかる」
「なんだって?」
カルは言われた意味が解りませんでした。しかしアレスは「そうだね」シャアルの言葉の意図するところをカルよりは理解できていたのです。
「さっきみたいに頭をぶったらダメだよカル。女の子はもっと大事にしてあげないといけないと思う」
「えぇ?」
君まで?という顔から渋い顔になって、「善処する」鼻息を吹き出しながら上目遣いに天井を見上げるカル。
それを見てシャアルとアレスは声を上げて笑いました。
その時、衝立の向こうではエデリカはミニに背を向けて肩を震わせていました。様子がおかしいことに気がついたミニが彼女の顔を覗き込みます。
「ミラ?どうしたの?」
「すみません・・・陛下・・・笑ってる・・・」
アレスの笑い声を聞くのは本当に久しぶりでした。隣の部屋でもローデンたちがお互いの顔を見合わせて喜びを分かち合っています。
エデリカはアレスの明るい笑い声を聞いて口を抑えて涙を流していたのです。それを見たミニは鼻から息を吐いて言いました。
「彼。そんなに塞ぎこんでいたの?」
エデリカは頷きます。
「それはそうね。・・・・よかったわねミラ」
エデリカは二度頷きました。しかしミニは哀(あわ)れむような目をして手鏡をエデリカに向けたのです。
「御覧なさいな」
呼びかけられてエデリカはミニの方に振り返ります。
彼女が向けた手鏡に映った自分の顔を見ると、エデリカは口を開けて驚きました。みるみるうちに顔が狼狽でいっぱいになります。
鏡に映っていたのは涙のせいで化粧が落ち、グシャグシャになった自分の顔でした。
「まったく・・・世話のやける子ね。私が直してあげるからここにお座りなさい」
「でも姫、そんな・・・」
「つべこべいわずに座りなさい」
鏡台の前の椅子の座面を強い感じで指差すミニにさからいきれず、エデリカは肩をすくめて申し訳なさそうに座ったのでした。
「あら?」
ミニは化粧を直そうといったん湯に浸した織布でエデリカの顔を拭うと何かに気が付いて手を止めます。
「ミラ・・・そういえばあなた」
「はい?」
「なんで化粧なんて?私だってほとんどしてないのに」
「あ、・・・あの、それは・・・」
彼女が化粧をするのはローデンの娘であることを隠すためのいわば変装です。ミニはエデリカが言いにくそうにすると、理由を聞くのも面倒だと思って言いました。
「まあいいわ。なんにしてもあなたに化粧なんて不要って事よ。だって肌がとても綺麗なんだもの。もったいなくてよ」
そう言ってエデリカをすっぴんにして終わりにしました。
そして隣の部屋に通じるドアの向こうでも。
「きっかけさえ掴めば人の心はどんどん上向きになってゆくものです。きっともう大丈夫。陛下は乗り越えてくださる」
ローデンはそう言って微笑みます。
「先生。ありがとう」
「お礼を言うならあの若い王族の方々に言ってくださいツェーデル院長。彼らのおかげです」
「それもそうですけど、私たちに気づかせてくれたのはあなたです」
「いやいや・・・」
「それにしてもこんな・・・」
感慨深げに、そしておかしそうにするツェーデルを見てモルドが「どうした?」
「あ、いえね・・・我が国の新しい幕開けがこんな密(ひそ)やかな形でなんて、と思ったらつい」
「ふ・・・」
モルドは穏やかな表情で頷きました。
荘厳で盛大に行われる儀式などより、小さな部屋の中の今ある形が暖かく微笑ましい。この時、この瞬間が愛おしい。開かれた扉の向こうに広がる未来という名の景色にようやく光が差したのだと誰もがそう思い、そこにいた全員が歓び安堵したのです。
すっぴんになったエデリカと着替え終えたミニが連れ添って衝立の向こう側から出てカルたちのもとへ向います。
やっと来たかという顔のカル。エデリカの顔の様子が変わった事に気が付いたシャアルとアレス。
アレスはエデリカに。
「エデリカ!カルからいろんなことを教えてもらったんだ。あとで君にも話してあげるよ!」
エデリカは笑顔で頷きました。
「うん」
手を取り合って微笑みあうふたりを見たミニはあることを思い出しました。
「兄上」
「うん?」
「わたくし提案したいことがありますの」
「提案?」
怪訝な顔で、またおかしなことを言い出すのではあるまいなと思いましたが、先ほどのシャアルの言った言葉が脳裏をかすめ、渋々言ったのでした。
「言ってみなさい」
「一緒に連れてきた従者にダンツアルドがいましたわね?」
それを聞いたカルはこの思いがけない提案に膝を打ったのでした。
第29話へつづく
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

