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マンドレイクの春
99 冒険者③
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(あ――死――)
終わったと思った瞬間、細長い槍が空気を切り裂く。それが矢だと気づいたのは、龍の眼に突き刺さってからだった。
龍は大きく仰け反ると、蓄えたブレスを空中に霧散させる。同時に、俺とウォロクは再び走りだす。
『こちらシルヴィア!! 片目潰しましたわ!!』
『奥様!! さすがです!!』
シルヴィアとスーシーの声だ。風精霊を通して声が聞こえてくる。
『ルウィン様!!! わたくしの矢はどうでして!!?』
そんなの決まっている……!
「熱々です!!!」
『『あ゛あ~~~~』』
俺は今、本当に胸が熱かった。
死にかけたからだろうか。
いや……きっと、それだけじゃない。
(ああ、世界が遅い)
既に俺よりも先を走っていたウォロクが、恋茄龍の蛇腹を戦鎚の鼓動した。腹に直撃地獄を受けた龍は、高く持ち上げていた頭を地面に向かって下ろしていく。
「……くっ!」
龍の残された右目と目が合った。俺は途端に恐ろしくなる。もしかしたら、本当に死ぬかもしれない。なぜなら、この龍は冒険者だからだ。危険を冒し、何かを手に入れようとする者。
だから――
「……ゥォォォォおおお゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
――俺もならなくてはならない。本当の意味での冒険者に。
俺は叫んだ。龍がうんざりしてしまうくらい全力で叫んだ。マンドレイクの叫びにだって、ネリスの咆哮にだって負けないくらい、走りながら叫び続けた。氷獄の水刃をマンドラゴラスに見せつけ、俺は龍の死角側ではなく、龍の視界に入るように回り込む。
そして俺は、背負い箱――アイテム屋の証を龍の死角側に投げ捨てた。
暗闇の中で、テナはルウィンのことを考えていた。
(ルウィン、ボク、知ってるよ――)
――最初から、ボクを戦わせる気なんてなかったんだよね。ルウィンだって、戦う気はなかったよね。そもそもボクたち、魔物と戦った経験なんてないんだから。
(でも、ボクはもう一つ知ってる)
ルウィンがずっと、冒険者になりたがってたことを、知ってる。誰かに任せて戦うんじゃなくて、誰かのために命を使いたがっていたのを、知ってる。
(今はほんの少しだけ、わかる)
魔王災厄があったあの日……地面が割れたあの日……今よりもずっと深くてこわい暗闇の中に、ボクは落ちた。ぜんぶがこわい世界の中で、ボクは自分のことしか考えていなかった。
(いやだ……死にたくない)
でもルウィンは――
『母さん……!?』
――自分のお母さんを探しに、命がけでダンジョンに潜ったんだ。
そして、お母さんの代わりにボクを見つけた。ボクはその時の顔が忘れられない。
『あ、はは……助けに来たぞ。なんか俺って魔物が寄りつかないみたいでさ。とにかく、もう大丈夫だ!』
ルウィン、悲しそうに笑ってた。
ルウィンが助けたかったのは、ボクじゃなかったから。
『そうだ! 他に……生きている人を見ていないか? だってほら、まだ道が続いてる……』
ルウィンは、まだお母さんを諦めていなかった。
だから、ボクは言ったんだ。
『ううん、誰も見てない……行き止まりだったよ』
誰も見ていないのは本当だった。
『ほんとだよ……?』
けど、行き止まりかどうかまでは知らなかった。
ボクは自分が助かりたい一心で、嘘をついた。
ボクが、ルウィンの冒険を止めたんだ。
多分、これからもたくさん止めると思う。
ルウィンに死んでほしくないから。
(だけど、やっぱり……ルウィンはあの日からずっと冒険者で――)
暗闇の中でテナは薄く目を開いた。
〈……ゥォォォォおおお゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛!!!!!〉
ルウィンの叫び声が聞こえたかと思えば、暗闇が大きく揺れる。
(――英雄なんだ)
テナは背負い箱――アイテム屋の証から飛び出し、草原へと駆け出した。その目を見開き、その瞳は針のように細く、鋭く、倒すべき敵を睨みつける――英雄を守るために。
ルウィンは、自分の叫び声にたくさんの声が重なってゆくのを感じていた。
ミリアが、ネリスが、ウォロクが、キャルが、シルヴィアが、スーシーが、アルメリゼが、オーガスが、仲間たちが言葉にならない叫びを上げている。
そして――
「に゛ゅぉぉぉぉぉお゛おおおおおッ!!!!!」
――沈黙していた相棒が、叫びと共に暗闇から飛び出した。
「ルウィンッ!!!!!」
テナが叫ぶと、龍は今まさに俺に喰らいつこうとしていたその意識をわずかにテナの方に向けた。
「テナッ!!!!!」
俺は何を伝えるでもなく、ただテナの名を叫んだ。
龍の毒牙をかいくぐり、その首元の逆鱗を氷獄の水刃で突き刺した。と、そこに飛び込んできたテナの地獄の小炎が交差する。
朽ち果てた耐火樹の鎧を、二つの剣が貫いた。恋茄龍の赤黒い血が刃を伝ってくる。俺はもう一度剣を深く刺しこんでから剣を抜き、刺さった短剣にぶら下がっていたテナを抱えて龍から離れた。
〈……〉
龍はゆっくりと俺たちの方にその目を向け、まるで眺めるようにじっとしていた。それが一瞬だったのか、長い時間だったのかは分からない。だが、俺はどうしてだろう――次の一手を考える気にはなれなかった。
長く大きな龍の巨体が大草原に崩れ落ちてゆく。
恋茄龍マンドラゴラスは、今ここに討伐された。
終わったと思った瞬間、細長い槍が空気を切り裂く。それが矢だと気づいたのは、龍の眼に突き刺さってからだった。
龍は大きく仰け反ると、蓄えたブレスを空中に霧散させる。同時に、俺とウォロクは再び走りだす。
『こちらシルヴィア!! 片目潰しましたわ!!』
『奥様!! さすがです!!』
シルヴィアとスーシーの声だ。風精霊を通して声が聞こえてくる。
『ルウィン様!!! わたくしの矢はどうでして!!?』
そんなの決まっている……!
「熱々です!!!」
『『あ゛あ~~~~』』
俺は今、本当に胸が熱かった。
死にかけたからだろうか。
いや……きっと、それだけじゃない。
(ああ、世界が遅い)
既に俺よりも先を走っていたウォロクが、恋茄龍の蛇腹を戦鎚の鼓動した。腹に直撃地獄を受けた龍は、高く持ち上げていた頭を地面に向かって下ろしていく。
「……くっ!」
龍の残された右目と目が合った。俺は途端に恐ろしくなる。もしかしたら、本当に死ぬかもしれない。なぜなら、この龍は冒険者だからだ。危険を冒し、何かを手に入れようとする者。
だから――
「……ゥォォォォおおお゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
――俺もならなくてはならない。本当の意味での冒険者に。
俺は叫んだ。龍がうんざりしてしまうくらい全力で叫んだ。マンドレイクの叫びにだって、ネリスの咆哮にだって負けないくらい、走りながら叫び続けた。氷獄の水刃をマンドラゴラスに見せつけ、俺は龍の死角側ではなく、龍の視界に入るように回り込む。
そして俺は、背負い箱――アイテム屋の証を龍の死角側に投げ捨てた。
暗闇の中で、テナはルウィンのことを考えていた。
(ルウィン、ボク、知ってるよ――)
――最初から、ボクを戦わせる気なんてなかったんだよね。ルウィンだって、戦う気はなかったよね。そもそもボクたち、魔物と戦った経験なんてないんだから。
(でも、ボクはもう一つ知ってる)
ルウィンがずっと、冒険者になりたがってたことを、知ってる。誰かに任せて戦うんじゃなくて、誰かのために命を使いたがっていたのを、知ってる。
(今はほんの少しだけ、わかる)
魔王災厄があったあの日……地面が割れたあの日……今よりもずっと深くてこわい暗闇の中に、ボクは落ちた。ぜんぶがこわい世界の中で、ボクは自分のことしか考えていなかった。
(いやだ……死にたくない)
でもルウィンは――
『母さん……!?』
――自分のお母さんを探しに、命がけでダンジョンに潜ったんだ。
そして、お母さんの代わりにボクを見つけた。ボクはその時の顔が忘れられない。
『あ、はは……助けに来たぞ。なんか俺って魔物が寄りつかないみたいでさ。とにかく、もう大丈夫だ!』
ルウィン、悲しそうに笑ってた。
ルウィンが助けたかったのは、ボクじゃなかったから。
『そうだ! 他に……生きている人を見ていないか? だってほら、まだ道が続いてる……』
ルウィンは、まだお母さんを諦めていなかった。
だから、ボクは言ったんだ。
『ううん、誰も見てない……行き止まりだったよ』
誰も見ていないのは本当だった。
『ほんとだよ……?』
けど、行き止まりかどうかまでは知らなかった。
ボクは自分が助かりたい一心で、嘘をついた。
ボクが、ルウィンの冒険を止めたんだ。
多分、これからもたくさん止めると思う。
ルウィンに死んでほしくないから。
(だけど、やっぱり……ルウィンはあの日からずっと冒険者で――)
暗闇の中でテナは薄く目を開いた。
〈……ゥォォォォおおお゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛!!!!!〉
ルウィンの叫び声が聞こえたかと思えば、暗闇が大きく揺れる。
(――英雄なんだ)
テナは背負い箱――アイテム屋の証から飛び出し、草原へと駆け出した。その目を見開き、その瞳は針のように細く、鋭く、倒すべき敵を睨みつける――英雄を守るために。
ルウィンは、自分の叫び声にたくさんの声が重なってゆくのを感じていた。
ミリアが、ネリスが、ウォロクが、キャルが、シルヴィアが、スーシーが、アルメリゼが、オーガスが、仲間たちが言葉にならない叫びを上げている。
そして――
「に゛ゅぉぉぉぉぉお゛おおおおおッ!!!!!」
――沈黙していた相棒が、叫びと共に暗闇から飛び出した。
「ルウィンッ!!!!!」
テナが叫ぶと、龍は今まさに俺に喰らいつこうとしていたその意識をわずかにテナの方に向けた。
「テナッ!!!!!」
俺は何を伝えるでもなく、ただテナの名を叫んだ。
龍の毒牙をかいくぐり、その首元の逆鱗を氷獄の水刃で突き刺した。と、そこに飛び込んできたテナの地獄の小炎が交差する。
朽ち果てた耐火樹の鎧を、二つの剣が貫いた。恋茄龍の赤黒い血が刃を伝ってくる。俺はもう一度剣を深く刺しこんでから剣を抜き、刺さった短剣にぶら下がっていたテナを抱えて龍から離れた。
〈……〉
龍はゆっくりと俺たちの方にその目を向け、まるで眺めるようにじっとしていた。それが一瞬だったのか、長い時間だったのかは分からない。だが、俺はどうしてだろう――次の一手を考える気にはなれなかった。
長く大きな龍の巨体が大草原に崩れ落ちてゆく。
恋茄龍マンドラゴラスは、今ここに討伐された。
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