中途半端な知識で異世界転生してみました

猫宮 雪人

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一年目の夏

14. 家族で一緒に

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 クルサに乗っかったセイリオスが、カペラと共に向かった隣室の状態は、控えめに言っても惨憺さんたんたる有様だった。床に男たちが転がっていない分マシに見えるが、それ以上に書類の散らかり方がひどい。埋めつくす、どころかあちらこちらに書類がうず高く積み上げられている。うかつに触れれば、乱雑に積み曲げられた書類の山が雪崩落ちるに違いない。
 その奥に、二人の男がいた。ひとりは、セイリオスも知っている、父マルフィクである。貴族然とした端麗な容姿は相変わらずだが、その顔には一昨日会ったときよりもさらに疲労が色濃く落ちていた。もっとも、その陰影がかえって容貌を際立たせているようで、凄絶な色気がにじみ出ているようにも見える。本人マルフィクにその自覚はないだろうけれども、なるほど確かにイケメンは得だな、とセイリオスはしみじみ思う。
 もう一人は、どことなく見覚えがある男だった。確証はないが、一昨日両親と夕食をとったときに、マルフィクの傍で控えていた男のような気がする。意識のほとんどが両親に向かっていたため、「なんとなく居たような気がしなくもない」程度の、あやふやなものだが。
 年のころはマルフィクと同じか、少し上ぐらいか。クルサと同じような燕尾服らしき服を着てはいるのだが、腕まくりしているせいか、クルサよりも親しみやすいように見える。あるいは、その顔に浮かべた表情のせいか。マルフィクのように疲れは浮かんでいるものの、それをものともしない頑健さと前向きさが漂っていた。おそらく彼が、カペラのいうもうひとりの人間……ウェズンだろう。
「マルフィクー。これどうするよ?」
「んー……どうしようかねぇ。とりあえずは原状復帰を目指したほうがいいのかな」
「棚に押し込んでいくだけじゃダメか?」
「ダメ」
 気安い提案を撥ね付けたマルフィクが、ふと手を止めて顔を上げた。クルサに抱き上げられているセイリオスの姿に、マルフィクの目が丸くなる。
「セイリオス? どうしたの、珍しいね」
「おー、若じゃないすかー。こっちで会うなんざ初めてじゃないすかね」
「そういえばそうだねぇ」
 使用人にあるまじきウェズンの言葉遣いだが、マルフィクに咎めだてるような様子はない。むしろ、それを当然のもののように受け入れているようだった。言葉だけではなく二人とも態度の端々に、気安さと信頼が滲んでいる。もしかしたら、カペラがシュケディの乳兄弟であったように、幼い頃からマルフィクの傍にウェズンがいたのかもしれない。マルフィクとウェズンの間は、それほどに長年慣れ親しんだような空気が横たわっている。
 だが、それを許容しているのは、どうも当人同士だけらしい。セイリオスがしがみついている先、クルサからぴりりとした空気がひやり流れ出るのを感じ、セイリオスは体を強ばらせた。
「……ウェズン君」
 クルサの声色は、セイリオスと応対した時と同じように穏やかだ。ただ、その根底に流れる音色は、もっと冷徹だった。きっとクルサの顔を覗き込めば、その目は笑っていないのがわかるのだろう。さすがに怖くて、そんなことをやる度胸はないけれども。
「君の、旦那様への態度について、もう一度『話し合わなければ』ならないようですね」
「……や、そのー……えーとクルサさん。一応、他人の前じゃなきゃ大丈夫ってあるじの許可いただいてるんで、それで許してもらえないでしょうかね」
「ダメです」
 へろりと笑ったウェズンに、クルサがにっこりきっぱり言い切った。そろりと丁寧にセイリオスを下ろしてから、ウェズンに静かに歩み寄る。
 と。
「いだだだっ、ちょ、まっ」
「待ちません。申し訳ございませんが旦那様、暫くウェズン君をお借りいたします」
「構わないけど、あまり痛まないうちに返しておくれよ」
 ウェズンをアイアンクローで掴み上げたクルサが、わずかに頭を下げた。片手で成人男性を持ち上げ、半分引きずりながら退室するクルサの膂力も凄まじいが、それをさらりと流すマルフィクも大概だ。慣れているのか、あるいは大物なのか、セイリオスからは判別できない。ついでに言うと、じたばたと暴れて抵抗している風に見せながらも、周囲の書類の山にはちらとも触れないウェズンの技能も、凄いものがあるんだか無いんだかだが、ともあれ。
「……えっと」
 どうしたものか。いろいろと予定があれこれで、本当にどうしたものやら、としか言いようがない。
 もともとは、ウェズンとクルサに話を来た……はずなのだが。肝心の相手二人の二人ともが退室してしまった。直接マルフィクに友達100人計画を話してしまっても良いものか。
(……じゃなくって)
 マルフィクにはまた別の話……アルファルドの話をしたかったはずだ。けれど、それを今してしまってもいいのだろうか。もっとマルフィクが落ち着いた時とか、シュケディと一緒にいるときとか、別の時のほうがいいのだろうか。
「セイリオス、どうしたんだい?」
「……父上」
 柔らかく尋ねるマルフィクを、セイリオスはまっすぐに見上げた。ちらりと静かに佇むカペラに視線を向けると、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。背中を押すような安心感に、セイリオスは再びマルフィクを見上げる。
「あの、父上」
「なんだい?」
 もう一度呼びかけると、丁寧に受け答えてくれた。忙しいさなかだろうに、疲れている様子はあるのに、それでも邪険にするそぶりは見せない。真摯で誠実な対応に、少しだけほっとする。
 話を全て受け入れてくれなくてもいい。次回また挑戦できるような、そんな、きちんと話を聞いた上で判断を、してくれるのではないかと。
 たぶん、その期待は間違っていない。
「えっと、お願いしたいことがあって、来たんです。……でも、忙しかったらまた今度にします」
「構わないよ。かわいい息子に対して閉ざす扉は持ち合わせていないからね。それで、お願いとはなんだい?」
「……アルファルドを」
 言っちゃっていいのかな、とは今も迷っている。余計なことかもしれない。もっといい方法があるのかもしれない。
 単純な文明レベルでいえばここより進んでいる現代日本で生きていたのに、人生経験が少なすぎて、知識が役に立っている気配がさっぱりだ。そもそも、家庭問題なんて千差万別だろうから、万能な対処方法なんてありはしないのだろうけれど。
 結局、セイリオスなりに考えて、良かれと思って行動するしかない。
「アルファルドと、アマルテアとアドラステアと。離れじゃなくて、こっちで一緒に暮らして、できれば毎日、父上や母上とアルファルドたちと、家族6人一緒にごはん食べたいです」
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