中途半端な知識で異世界転生してみました

猫宮 雪人

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一年目の夏

15. お手伝い

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「……ふ、む……」
 まっすぐに見下ろされる。心の奥底まで見透かすような視線の強さに、セイリオスは居心地悪く身じろぎした。一挙手一投足、どころか些細な視線の動きから心の内まで読まれそうだ。就活で面接された時の人事部長も怖かったが、今のマルフィクはもっと怖い。
 このあたり、やはり流石貴族、ということなのだろう。
 世襲にもいろいろあって、血縁のみによって漫然と継ぐ場合と、後継であることを意識して努力する場合とがあるが、マルフィクは完全に後者だろう。貴族であるなら大体が統治者として領地を治めることを求められるだろうし、領主イコール政治家と考えると、最大の仕事は「利害の調整」となる。営業マンよりよほど人と会い、話をする機会が多いはずだ。たかだか1年ほどの営業経験しかない計都セイリオスとは、場数が違いすぎる。
 気圧されていてはいけない、とわかっている。わかっているのに、視線が少し下に落ちた。
「……あの。差し出がましかったかもですが……」
「ああ、気にしなくていいよ。……いや、違うな」
 少しだけ項垂れたセイリオスの前髪に、マルフィクの柔らかい声音が降り注いでぱらりと落ちた。思わず顔を上げると、目を細めて小さく笑うマルフィクと視線があった。
「アルファルドたちのことを、気にしてくれてありがとう。本当ならば、私からきちんと話をしなければならない問題だったのに、気を遣わせてしまったね」
「父上……」
「ただ……そうだね、シュケディも一緒に話をしたほうがいいだろうから。今からだと……そうだな、夕食後にもう一度来てくれるかい? そのころなら、シュケディも起きてきているだろうからね」
「いいのですか? というか、母上は調子が……?」
「ああ、いや、ちょうど今日の昼にひと段落ついてね。無理をさせていたから、今はちょっと休んでもらっているんだよ」
「そうですか」
 体調が悪くて休んでいるのではなく、仕事が片付いて休んでいるだけらしいと聞いて、セイリオスはほっとした。デスマーチが終わって、今は休憩モードということなのだろう。ある意味、隣の執務室でごろんごろんしている男たちと同じだ。シュケディは女性である分、どうしても基礎体力はマルフィクたちに比べて低いから、むしろ今日までよくもったほうなのかもしれない。
「父上は、体調は大丈夫ですか?」
「鍛え方が違うからね、大丈夫……といいたいところだけど。まぁ、今日はゆっくりと片付けて、明日から本格的に後片付けかな」
 セイリオスの問いかけに、マルフィクが苦笑した。ちらりと動いた視線は、足元に乱雑に積まれた資料の山と、対照的に空間が目立つ本棚に向けられている。確かにこれだけの量を片付けるのは、そう簡単ではないだろう。適当に棚に放り込めばいいならともかく、正しく整頓しながらとなると、それなりに手間はかかりそうだ。作業自体は単調であっても、量がとにかく桁外れなのだ。
 確かに、と頷いたセイリオスは、小さく首をかしげた。
「あの、でしたら、僕も片付け手伝います。専門的なことはわからないですが、棚に書類を戻すぐらいだったら、お手伝いできると思いますので」
 専門的な知識や技術が必要となる作業であれば、さすがにセイリオスの出る幕はないが、そうでないのなら人海戦術は有用だ。見たらまずい資料などもあるかもしれないが、一応領主の息子だからそのあたりのセキュリティはクリアできる……かもしれない。セイリオス自身にはそのあたりの判断基準がわからないが。
 断られるかもしれない、と思いつつ、じっとマルフィクを見つめる。その視線を柔らかく受け止めて、マルフィクは手を伸ばしてセイリオスの頭を軽く撫でた。まっすぐで癖一つない藍白の髪が、撫でられたせいで微かに乱れる。
「じゃあ、頼めるかい? あまり無理はしないでね。セイリオスまでこき使ったとシュケディに知られたら、私が怒られるからね」
「はい!」
「では些少ながら私も」
 目を輝かせたセイリオスに続いて、カペラが控えめに声を上げる。それに慌てたのがセイリオスだ。
「あ、や、カペラはいいよ、悪いよ!」
 自分が手伝うのはいい。自分の意思だ。けれど、それにカペラを巻き込むのは違う、と思う。そんなわけで慌ててカペラを押しとどめようとしたセイリオスだったが、カペラは頓着せずに足元の書類を拾い上げた。
「人手が多いほうがよろしいでしょうから。お手伝いいたしますよ」
「いや、でもさ……」
 にこりと笑いかけたカペラに、セイリオスは眉尻を下げた。手伝ってくれるのはたぶん、ありがたい。けれど、そこまでしてもらうのも悪い気がする。自分が父を手伝おうと思ったせいでカペラにも手伝わせるのは、やはり筋違いだろう。……とはいえ、やっぱり人手はあったほうがいい。
 うぅ、と短い唸り声を上げて、セイリオスはマルフィクを見上げた。こういう場合の対処は、大人に任せたほうがいいとぶん投げたのだ。
 プロジェクトの進行が切羽詰まっていたとしても、よその部署からの応援を受け入れていいかどうかは下っ端のセイリオスには判断付きかねる。つまりはそういうことだ。
 セイリオスの視線を受けて、マルフィクはにっこりと笑った。
「じゃあ、悪いけどお願いできるかい?」
「はい、かしこまりました」
 セイリオスの困惑をよそに、あっさりとそういうことになった。
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