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一年目の夏
16. できることを、少しずつ
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こってりと絞られたらしいウェズンと、がっつりと説教したらしいクルサとが戻ってきて、総勢5名での作業となったのだが、人数が増えたわりには状況ははかばかしくなかった。
というのも。
「父上、これ……えーと、サディルの街の資料はどこにしまえばいいですか?」
「それは……どこだったかな……。確か棚の一番右下あたりだと思うから、そのあたりに入れておいてもらえるかな」
びっくりするほど効率が悪かったからだ。
通常、紙の資料というものは分類し整理して棚にしまわれる。当たり前だが紙の資料は、パソコンのデータ検索と異なり、キーワードひとつでデータを引っ張りだすことができない。つまりは、「いかに検索しやすいか、情報を掘り出しやすいか」というのが命題になる。
年度順。テーマ別。あるいは領地の名前別。後から探しやすいように、はっきりとした基準で索引できるように並べるのは、紙媒体であれば必須の作業だろう。少なくとも、セイリオスはそう考えている。
資料を探す時というのはたいてい、それを必要とするからだ。にも拘わらずなかなか見つからないでいては、仕事が進まず話にならない。計都として生きていた時、整理整頓はあまり得意ではなく、部屋も「まぁ、男の一人暮らしならこんなもんだよね」程度だったが、職場の机周りだけはきっちりと片付けていた。部屋の中で鋏が行方不明になっても新しく買い直せば済む話だが(実際、計都の部屋からは一時、最高で鋏が5個出てきたことがある)、仕事の資料ともなればそうはいかないからだ。
それはさておき。
手にした紙をマルフィクの指示通りの場所に入れて、セイリオスは再び足元の紙を手に取った。タイトルは「ドゥール、大陸公用歴3216年、人口と世帯数」となっている。
父上、と声をかけようとして、セイリオスは口を噤んだ。マルフィクとクルサ、それにウェズンがなにやら話をしており、邪魔するのはためらわれた。少し視線を動かすと、同じように紙を手にして困った表情を浮かべているカペラが見える。
(うーん……)
棚に並べられた資料は、ぱっと見にはでたらめに並んでいるようにしか見えない。もちろん、指示をするマルフィクや心得ているらしいクルサたちにとっては、きちんとした並べる基準があるのだろうが、それが他人から見てわからなければ意味がない。
逐一、三人の誰かに尋ねなければどこに片付けるかわからず……増えた人手が活かされてるとはお世辞にも言えない状況に、セイリオスは思わずため息をついた。
仕事の効率が悪い、というのは、時間や労力が無駄になるというだけではない。効率が悪いこと、そのものがストレスになる。もっと正直に言ってしまうと、こうして待っている時間が、すでに苛立ちの原因になる。
ふ、とため息をついて、セイリオスはマルフィクたちを見やった。嫌なところ、気になるところがあるなら、少し変えてみればいいだけの話だ。
面倒くさい上司、面倒くさいクライアント、面倒くさい仕様。何も障害は真っ向からぶっ壊すばかりが得策ではない。
「……父上」
会話が少し途切れた隙を見計らって声をかけると、マルフィクがゆったりと振り返った。
「なんだい?」
「あの、どういう順番で並んでいるのか、教えてほしいんです。毎回父上に聞くのは悪いので……」
そろりと尋ねたセイリオスに、マルフィクはなんだそんなことか、と笑みを浮かべた。
「これはね、左上から地方別に並べてあるんだよ」
「地方別、ですか……?」
「そう。単純に街の名前で並べてしまうと、近隣の街の資料がわかりにくいだろう? だから地方別に並べたうえで、北から順番に並べてあるんだが……わかりにくかったかな」
「すっごく」
マルフィクの問いに、セイリオスは真顔で素直に頷いた。
理由を聞くと納得できるけれども、だからといって知識のないセイリオスが対応できる並べ方でもない。近隣の地図どころか、屋敷の見取り図が精いっぱいのセイリオスにとっては、街を配置した地図でも手元になければ、並べ方を聞いたところで対処するのは難しいやり方だ。
簡単だろう、とでも言いたげなマルフィクの笑みに、セイリオスは内心ため息をついた。
(典型的な、『仕事ができる人間の思考』だなぁ……)
なまじマルフィクが『仕事が出来る人間』だからなおのこと、自分がやればいいと思ってしまっているのだろう。街の名前を見て、記憶している領内の地図と対応させ、片付ける。おそらくマルフィクにとっては、さほど苦ではない作業なのだろう。それこそ、出来ない人間に教えるよりも、自分がやってしまったほうが早い、と判断するぐらいには。
それはそれで、正しい。だが――組織としては間違いだとセイリオスは思う。
比較優位の原則とか小難しいことを持ちだすまでもない。
ちょっとの工夫で誰でもできるような作業まで、何も高い能力を持つ人間がやる必要はない。そういう人間は、その人にしかできない仕事に従事すべきで、それ以外の仕事はそれ以外の人間がやるほうがいい。そのほうが、全体としての仕事量は高くなる。
「父上。……僕が、僕たちが父上のお手伝いができるように、地図を作ってもいいですか?」
「地図?」
「はい。僕は、父上みたいに領内に詳しくないですけど、でも、資料の整理ぐらいはお手伝いしたいんです。街の名前を入れた地図があれば、僕でも資料の整理ができるようになりますし、そうしたら父上は父上にしかできないお仕事に専念できるでしょう?」
(それに、あんまり僕に高い能力を期待されても困るしな……)
内心を押し隠して、セイリオスはにっこりと笑った。
というのも。
「父上、これ……えーと、サディルの街の資料はどこにしまえばいいですか?」
「それは……どこだったかな……。確か棚の一番右下あたりだと思うから、そのあたりに入れておいてもらえるかな」
びっくりするほど効率が悪かったからだ。
通常、紙の資料というものは分類し整理して棚にしまわれる。当たり前だが紙の資料は、パソコンのデータ検索と異なり、キーワードひとつでデータを引っ張りだすことができない。つまりは、「いかに検索しやすいか、情報を掘り出しやすいか」というのが命題になる。
年度順。テーマ別。あるいは領地の名前別。後から探しやすいように、はっきりとした基準で索引できるように並べるのは、紙媒体であれば必須の作業だろう。少なくとも、セイリオスはそう考えている。
資料を探す時というのはたいてい、それを必要とするからだ。にも拘わらずなかなか見つからないでいては、仕事が進まず話にならない。計都として生きていた時、整理整頓はあまり得意ではなく、部屋も「まぁ、男の一人暮らしならこんなもんだよね」程度だったが、職場の机周りだけはきっちりと片付けていた。部屋の中で鋏が行方不明になっても新しく買い直せば済む話だが(実際、計都の部屋からは一時、最高で鋏が5個出てきたことがある)、仕事の資料ともなればそうはいかないからだ。
それはさておき。
手にした紙をマルフィクの指示通りの場所に入れて、セイリオスは再び足元の紙を手に取った。タイトルは「ドゥール、大陸公用歴3216年、人口と世帯数」となっている。
父上、と声をかけようとして、セイリオスは口を噤んだ。マルフィクとクルサ、それにウェズンがなにやら話をしており、邪魔するのはためらわれた。少し視線を動かすと、同じように紙を手にして困った表情を浮かべているカペラが見える。
(うーん……)
棚に並べられた資料は、ぱっと見にはでたらめに並んでいるようにしか見えない。もちろん、指示をするマルフィクや心得ているらしいクルサたちにとっては、きちんとした並べる基準があるのだろうが、それが他人から見てわからなければ意味がない。
逐一、三人の誰かに尋ねなければどこに片付けるかわからず……増えた人手が活かされてるとはお世辞にも言えない状況に、セイリオスは思わずため息をついた。
仕事の効率が悪い、というのは、時間や労力が無駄になるというだけではない。効率が悪いこと、そのものがストレスになる。もっと正直に言ってしまうと、こうして待っている時間が、すでに苛立ちの原因になる。
ふ、とため息をついて、セイリオスはマルフィクたちを見やった。嫌なところ、気になるところがあるなら、少し変えてみればいいだけの話だ。
面倒くさい上司、面倒くさいクライアント、面倒くさい仕様。何も障害は真っ向からぶっ壊すばかりが得策ではない。
「……父上」
会話が少し途切れた隙を見計らって声をかけると、マルフィクがゆったりと振り返った。
「なんだい?」
「あの、どういう順番で並んでいるのか、教えてほしいんです。毎回父上に聞くのは悪いので……」
そろりと尋ねたセイリオスに、マルフィクはなんだそんなことか、と笑みを浮かべた。
「これはね、左上から地方別に並べてあるんだよ」
「地方別、ですか……?」
「そう。単純に街の名前で並べてしまうと、近隣の街の資料がわかりにくいだろう? だから地方別に並べたうえで、北から順番に並べてあるんだが……わかりにくかったかな」
「すっごく」
マルフィクの問いに、セイリオスは真顔で素直に頷いた。
理由を聞くと納得できるけれども、だからといって知識のないセイリオスが対応できる並べ方でもない。近隣の地図どころか、屋敷の見取り図が精いっぱいのセイリオスにとっては、街を配置した地図でも手元になければ、並べ方を聞いたところで対処するのは難しいやり方だ。
簡単だろう、とでも言いたげなマルフィクの笑みに、セイリオスは内心ため息をついた。
(典型的な、『仕事ができる人間の思考』だなぁ……)
なまじマルフィクが『仕事が出来る人間』だからなおのこと、自分がやればいいと思ってしまっているのだろう。街の名前を見て、記憶している領内の地図と対応させ、片付ける。おそらくマルフィクにとっては、さほど苦ではない作業なのだろう。それこそ、出来ない人間に教えるよりも、自分がやってしまったほうが早い、と判断するぐらいには。
それはそれで、正しい。だが――組織としては間違いだとセイリオスは思う。
比較優位の原則とか小難しいことを持ちだすまでもない。
ちょっとの工夫で誰でもできるような作業まで、何も高い能力を持つ人間がやる必要はない。そういう人間は、その人にしかできない仕事に従事すべきで、それ以外の仕事はそれ以外の人間がやるほうがいい。そのほうが、全体としての仕事量は高くなる。
「父上。……僕が、僕たちが父上のお手伝いができるように、地図を作ってもいいですか?」
「地図?」
「はい。僕は、父上みたいに領内に詳しくないですけど、でも、資料の整理ぐらいはお手伝いしたいんです。街の名前を入れた地図があれば、僕でも資料の整理ができるようになりますし、そうしたら父上は父上にしかできないお仕事に専念できるでしょう?」
(それに、あんまり僕に高い能力を期待されても困るしな……)
内心を押し隠して、セイリオスはにっこりと笑った。
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