中途半端な知識で異世界転生してみました

猫宮 雪人

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一年目の夏

17. 楽するための努力

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 一応、セイリオスとて努力はしているし、これからもするつもりだ。マルフィクに及ばずとも、少しでも近づけるようになりたい、とは思っているし、もし自分以外の人間が領主となった際には最大限フォローできるようになりたい、とも思っている。
 だが、努力が必ずしも報われるとは限らない。努力だけではどうにもならない、生まれ持っての能力の差というものは、少なからず存在する。
 そのこと自体はどうしようもない。問題は、それを踏まえてどうするか、だ。
 セイリオスからすれば、今のやり方は完全にマルフィクの能力の高さに乗っかったものだ。いくらセイリオスが今から勉強するといっても、完全に丸ままやり方をまねるには限度がある。例えば計都セイリオスは日本で生まれ育って20数年だったが、それでも、日本の県庁所在地を地図も見ずに北から順番にならべる……しかもそれを一瞬でぱっと思い出すなど不可能すぎるだろう。だが、マルフィクのやり方はそれに近いことをしなければならないようなものだ。
 それが本来の目標ならば、努力する意味はあるかもしれない。だが、これは資料を探す、片付けるための余技にすぎないのだ。そこに注力するぐらいなら、素直に地図を広げて楽をしたいというのが、セイリオスの偽りない思いだ。
「それに、今のままだと、父上の負担が大きすぎて心配です。けど、僕がもし父上の仕事をちょっとでも手伝うことができれば、そのちょっとだけでも、父上は楽になるでしょう?」
 たとえば一代限りで会社をつぶすつもりなら、とんでもないカリスマ社長であろうと後継者が育っていなかろうと、問題はない。だが、『領主』という仕事は、役目は、領地が在る限り必ず存在する。それも、会社と同様……あるいはもっと多くの人たちを巻き込んで、在り続ける。
 長期的な運営を考えるなら、属人的な要素は多すぎても困る。トップがアホでも、とは言いすぎだが、名君の子が必ずしも名君になるという保証がない以上、だれが領主になってもある程度の経営水準は保てる仕組みが、絶対に必要だ。もちろん、そうしたシステムが強固になりすぎれば前例主義に陥り、状況の変化に対応できなくなってしまうが……そのあたりは都度都度バランスを調整するほかはない。
 少なくとも、今のマルフィク個人の能力にかぶさったシステムは、マルフィクに何かあればすぐさま破綻する。マルフィクが風邪でも引いて寝込んだら資料整理さえままならない現状、というのは、さすがに幾らなんでも個人に乗っかりすぎだろう。
「なるほど、ねぇ……」
 ふーむ、と唸り声を上げたマルフィクがセイリオスを見下ろす。
「君は、そういう考え方をするんだね」
「……はい」
 一瞬、不興を買っただろうか、とひやりとする。出しゃばりすぎたかもしれない。けれど、間違ったことを言ったとは思えなくて、セイリオスはまっすぐにマルフィクを見返した。
 楽をする、といえば聞こえは悪い。だが、楽ができるよう工夫するというのは言い換えれば、効率よく進められるよう工夫するということだ。それに、何年も何十年も、今のマルフィクのような働き方ができるとは思えなかった。重すぎる負担はマルフィクの心身を蝕んで、いずれ過労死しないとも限らない。
「それに、僕や他の人がどれだけたくさん父上を手伝っても、父上にしかできないお仕事はたくさんあると思うんです。結局、父上が一番大変なことには違いなくて……だから、せめてちょっとでも、楽をしてほしいんです」
 マラソンランナーが短距離ランナーと同じスピードで走らなければならない道理など、どこにもない。フルマラソンにはフルマラソンの走り方やペース配分がある。つまりはそういうことだ。
「……ウェズン」
 気持ちが少しでも伝わるように、懸命に見上げるセイリオスから、マルフィクの視線がすいと逸らされた。
「セイリオスに、地図を見せてやってくれないか」
「あいよー」
「父上!」
 ぱっと顔を輝かせたセイリオスに、マルフィクが薄く苦笑する。
「正直、君の考え方は私には受け入れにくい。領主である責任は私が負うべきもので、楽になるための努力、というのは、私の中の信念に反するものだ。……だが、君の心配はありがたいものだとも思うよ」
 少し骨ばったマルフィクの手が、さらりとセイリオスの髪を撫でる。領主としての責任感と、子供の心を汲む親心と、それをきちんと告げるマルフィクの姿勢に、やっぱり誠実な人なのだとの思いを強くする。
 子供が何を勝手なことを、と切り捨てることだって、できるはずなのに。
 だからこそ、少しでも助けになりたい、そして家族としての時間が取れるようになればいい、と思う。「健康で文化的な生活を営む権利」は何も、一般市民だけの話ではない。権力者だって、健康で文化的な生活を営む権利はあるはずだ。
「若ー、地図はこっちに広げるから、もうちょっと待ってくれなー」
「こっちこそ、我儘言ってすみません……」
 壁際に寄せられた小さな机の上にも、雪崩落ちる直前の紙束が乱雑に積み上げられている。その山をいったん床に下ろしながら、ウェズンがにっ、と笑みを浮かべた。
「いやー、若の言った通り、マルフィク様を手助けできる奴が増えるのは、良いことだからなぁ。俺がいくら休むように言っても、なかなか聞いてくれないんだが……さすがに若のお願いには、マルフィク様も逆らえんみたいだし。今度からは、若からお願いしてもらうようにしようか」
「……こら、ウェズン。余計なことは言わなくていいんだよ」
 さっさかと片付けるウェズンに、マルフィクが渋い表情を浮かべた。セイリオスとしては、一見穏やかそうに見えるクルサの笑みがまたもや深くなっていってるのが怖いところだが、それよりも。
(……もしかして、きちんと片付けたいのは父上の性格なだけだったりして)
 今度こっそりクルサに、とりあえずひとまず資料をすべて適当に棚に突っ込み、後でゆっくり並べ替えることを提案してみよう、と思った。
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