勇者召喚に失敗したと捨てられましたが、魔王の家政婦になりました。

藤 ゆみ子

文字の大きさ
3 / 16

第3話 お風呂掃除

しおりを挟む
 とりあえず、この世界で安全な寝床は確保した。
 いや、安全かどうかはまだわからないか。
 なにせ相手は魔王だ。
 魔王といえば、人間を苦しめる悪の根源って相場が決まっている。

 でも、この魔王様は私のイメージする“魔王”とはどこか違っているんだよな。

「ところで、お前の名はなんという」
「名前ですか? 秋……」

 いや待って。こういう時、本名って明かしていいの?
 相手は魔王だし、まずいかな?

「真名を明かさなくてもいい。呼んでいい名を教えろ」

 呼んでいい名前……。

「百合……」
「ユリ?」
「はい。ユリと呼んでください」
「わかった。良い名だな、ユリ」

 名前、褒められた……。

 誰かにユリと呼ばれるのは久しぶりだ。
 お父さんもお母さんも、おばあちゃんもいなくなって、もうだれも私のことをユリと呼んでくれる人はいなかったから。

 突然この世界に連れてこられて、死の恐怖も味わって、どうなることかと思ったけどなんとか生きてはいけそうだ。

 それより、ずっと気になっていたことがある。

「あの、ここお風呂ってあるんですか?」
「風呂?」
「えっと……体を洗ったり、お湯に浸かったりするところ、ですかね」
「ああ。湯殿ならあるぞ」
 
 あるんだ。良かった。
 でも、魔王様は髪の毛ボサボサでボロボロだしくすんでるし入ってなさそう。

「お借りしてもいいですか?」
「使う気があるなら好きにすればいい」

 なんだか曖昧な言い方だな。
 まあここで生活していくならお風呂は必須だ。
 もちろん使わせていただく。

 そして案内してもらったお風呂は、想像していた以上に広かった。
 
 でも……

「汚すぎる……」

 まるで廃校になって何十年も放置された学校のプールのような湯殿だ。
 藻のような物が張り巡らされ、床は黒ずんでいる。
 ずっと使ってないんだろうな。
 せっかくタイル張りで広さもある豪華なお風呂なのにもったいない。
 でも、こんな状態で入れるわけもない。

「使わないのか?」
「使いますよ! でもその前にここを綺麗にしないと」
「これをどうやって綺麗にするんだ?」

 どうやって?!
 掃除したことないの?
 魔王様だしそんなことしないか。
 そういえば百年の眠りから覚めたばかりだったな。

 にしても汚れ過ぎだよね。

「魔王様は使わないんですか?」
「何千年も使っていない」

 何千年?!
 そんなに放置されてたの?

 てか、何千年もお風呂に入っていないって……。
 隣に立つ魔王様をそっと見上げる。
 髪はギシギシボロボロで、マントの隙間から見える肌もくすんでいる。
 たしかに入ってなさそう。
 でも以外と無臭なんだよな。

「あの、掃除道具とかってあるんですか?」
「昔のものならどこかにあるはずだが」
「では貸してもらいますね。今から綺麗にして、それから使わせてもらいます」
「好きにするといい」

 私は隅に転がっていた、たわしのような物を見つけた。
 他には……なさそう。
 掃除道具ってこれだけ? そんなことある?
 けれど、やはりどこにもない。まあ、仕方ないか。

 たわしを拾い、床を磨いていく。
 でも藻のような物がたくさんこべりついてなかなか綺麗にならない。
 それにとてつもなく広いからなかなか終わらない。
 せめてシャワーとかホースみたいなものがあればいいのにな。

 魔王様は浴槽の縁に腰掛けてじっとこちらを見ている。

「あの、そこにいるなら手伝ってくれたり……」

 しないよね。
 お風呂に入りたいわけじゃないんだし。

 ふぅと息を吐き、たわしでひたすらタイルを磨いていく。
 すると後ろからピュッと水が飛んできた。

 振り返ると魔王様がこちらに手をかざしている。
 そしてまたピュッと水を飛ばしてきた。

「なっ、なにするんですか」
「手伝って欲しいのだろう」
「だからってこっちに飛ばさないでくださいよ!」

 魔王様は意地悪気に笑う。
 でも、水があるだけで掃除の進み具合が全然違うな。

「もっとたくさん、汚れを洗い流す勢いで出してください」
「無理だ。まだ魔力がそこまでない」

 さすがにそれは無理だったか。
 もっとこう、高圧洗浄機みたいにビューっと水が出せたら楽だと思ったたんだけどな。
 私は魔王様の真似をして手を突き出してみた。

 すると、手のひらから勢いよく水が噴射した。

「えぇ!? なんで?!」
「ユリは水魔法が使えるのか」
「そうなんですか?」
「俺に聞くなよ。そういうことだろ」

 私、魔力を持ってるんだ。教会では魔力がないって騒がれていたのに。
 でも、これはかなり便利だ。

 もう一度手のひらを突き出し、水を出す。
 
 ピューっと出るけれど、もっと勢いよく鋭い感じがいいかな。
 イメージしながらもう一度。
 すると本当に高圧洗浄機のように水が勢いよく噴射し、タイルの汚れを落としていく。

「おお! これいいじゃない」

 たわしで地道に磨いていくより断然早いし綺麗になる。
 私は両手から水を噴射し、どんどん磨いていく。
 その勢いで壁や天井も綺麗にして、思っていたよりも早く掃除は終わった。

「沼地のようだった湯殿が見違えたな」

 沼地って……。自分の家のお風呂を沼地って言う?!

「まあ……数千年の汚れが溜まってましたからね」

 これで気持ちよくお風呂に入れる。

「ところで、これってどうやってお湯出すんですか?」

 四角い給湯口のようなものはあるけれど、レバーは見当たらない。

「この魔法陣に魔力を流すんだ」

 魔王様は給湯口の上を指差す。

 そこにはたしかに小さな魔法陣がある。
 私の魔力で大丈夫なのかな。
 そっと手をかざすと、ザーッとお湯が流れ出て来た。

 すごい。ちゃんとお湯が出てる。
 手を当ててみると、ちょうどいい温度だ。

「じゃあ魔王様、しっかり洗って、しっかり温まってくださいね」
「俺が入るのか?」
「このお城の主ですし、まあなんと言うか……先に入ってください」

 こんなボロボロの姿の主を差し置いて私が先に入るのも気が引ける。
 はっきり言って汚いし、顔色悪いし。

「面倒なんだが」
「いやいや何千年も洗ってないとかありえないですから! ちゃんと髪も洗って綺麗にしてくださいよ」

 ブツブツ文句を言っている魔王様を残して湯殿を出た。

 とりあえず広間に戻り、ボロボロのソファーに腰掛ける。
 部屋の中を見回すけれど、どこもかしこも汚れがひどい。

「しばらくはここで暮らすのか……」

 全然居心地がよくない。
 掃除、していかないとな。

 随分と広いお城だけど他の部屋はどんな感じなんだろう。
 変な物とか出てこないといいけど。

 そんなことを考えていると、広間の扉が開いた。

 入ってきたのは、艶々の長い銀髪に、キリッとした瞳の男性。
 少しはだけたローブを纏う姿はなんだか色っぽい。

 ここ、魔王様以外にも住んでる人いたんだ。
 それに、かなりイケメンだ……。
 
「なんだ。何をそんなに見ている」

 え、この声この喋り方――

「魔王様?!」
「他に誰がいると言うんだ」

 ええ! さっきとはまるで別人なんですけど!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

ちくわ
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

過労死した家具職人、異世界で快適な寝具を作ったら辺境の村が要塞になりました ~もう働きたくないので、面倒ごとは自動迎撃ベッドにお任せします

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ブラック工房で働き詰め、最後は作りかけの椅子の上で息絶えた家具職人の木崎巧(キザキ・タクミ)。 目覚めると、そこは木材資源だけは豊富な異世界の貧しい開拓村だった。 タクミとして新たな生を得た彼は、もう二度とあんな働き方はしないと固く誓う。 最優先事項は、自分のための快適な寝具の確保。 前世の知識とこの世界の素材(魔石や魔物の皮)を組み合わせ、最高のベッド作りを開始する。 しかし、完成したのは侵入者を感知して自動で拘束する、とんでもない性能を持つ魔法のベッドだった。 そのベッドが村をゴブリンの襲撃から守ったことで、彼の作る家具は「快適防衛家具」として注目を集め始める。 本人はあくまで安眠第一でスローライフを望むだけなのに、貴族や商人から面倒な依頼が舞い込み始め、村はいつの間にか彼の家具によって難攻不落の要塞へと姿を変えていく。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

スキル【ファミレス】を使っていたら伝説になりました。

キンモクセイ
ファンタジー
スキル「ファミレス」を手にした。 ハズレスキルかと思い、主人公の思うがまま行動している。 そんな時に1人の少女と出会い、運命が変わる。

処理中です...