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第2話 俺と婚約してくれ
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まさか、誰かいるなんて思わずに盛大にため息を吐いてしまっていた。
焦る私にクラージュ様は何も言わず、ベンチに腰掛けた。
「クラージュ様?! どうされたのですか? お仕事は……」
膝の上で手を組み、花壇を眺めながらぼそりと話はじめる。
「今日は、隣の演習場での訓練だけだから、昼休憩に少し戻ってきたんだ。やはり、宿舎が落ち着くからな」
「そう、なのですね」
クラージュ様のお家、ヴァルディ公爵家のお屋敷はここからほど遠くないところにある。
宿舎には主に家の遠い団員たちが暮らしているが、クラージュ様は何かあった時に直ぐ動けるようにと宿舎で生活している。
「ところで、何か困ったことでもあるのか?」
「どうして、ですか?」
「さっきも何やら頭を抱えていたし、今朝から元気がないように見えた」
「えっと……」
私、そんなにわかりやすく落ち込んでいたのだろうか。
それにしても、わざわざクラージュ様がお声をかけてくれるなんて思っていなかった。
でも、婚約をしたくない、なんて話をしても困らせてしまうだけだ。
「なんでもありませんよ。お気遣いありがとうございます」
私は誤魔化すように精一杯の笑顔で返した。
「君は、いつもそうやって笑っているな」
「えっ?」
「俺たちはいつも君の料理に元気をもらっている。何か力になれることがあれば言って欲しい」
私に顔を向けたクラージュ様は真剣な表情だった。
それに、私の料理に元気をもらっているだなんて……。
きっと、他の騎士の人たちは料理はベルデさんが作っていると思っている。
料理長の後を継いだベルデさんと雑用係の私。そんな認識だ。
今までのことが少し報われた気がした。
やっぱり、料理を作ることは楽しい。私の作った料理を喜んでもらえて幸せだな。なんて感情が湧いてきた。
それと同時に、余計婚約はしたくないという思いが強くなる。
婚約してしまえば、食堂での仕事は辞めてギブソン伯爵家に住み込みで花嫁修業に行かなければならない。
涙が滲んでくる。
必死に堪えるが、溢れ出る涙は次から次へと頬を伝う。
「アネシス……」
クラージュ様がハンカチを取り出し、優しく拭ってくれる。
その優しさに、思わず本音を口にしてしまった。
「婚約、したくないんです」
「婚約?!」
「すみません、こんな話ご迷惑ですよね」
「いや、そんなことない。聞かせてくれ」
私はレイモンド様との婚約のことを話した。
大好きな人とお互い想い合って結婚したいなんて、貴族のなかでは笑われてしまうようなことまでこぼしながら。
「婚約したくないなんて、わがままですよね。恋人がいるだなんて噓まで吐いて」
「自分の気持ちを大事にすることは、悪いことなんかではない」
クラージュ様は眉をひそめながらもその声色は優しかった。
「お話、聞いていただいてありがとうございました。少し気が楽になりました」
「何か、俺に出来ることはないか?」
「ありがとうございます。でも、自分でなんとかしてみます。もしだめなら父言う通り婚約します」
「だが、それでは……」
「大丈夫ですよ。死ぬわけじゃありませんので」
「そう、か……」
なんだかクラージュ様のほうが、悲しそうな顔をしている。
「クラージュ様はお優しいですね」
「優しい? 俺が?」
「はい、とても。私なんかを気にかけてくださりありがとうございました。そうだ、お昼休憩中でしたよね? お時間とらせてしまいすみません」
「それはいいんだ」
「もう昼ご飯は食べられましたか?」
「いや、まだだが」
「もう、お時間あまりないですよね? よかったらこれどうぞ」
私は自分のお昼ご飯にと、持っていたサンドイッチが入ったかごを手渡した。
「でも、これは君のでは」
「食堂に戻れば余りものがまだあるので大丈夫です。それに、クラージュ様のお好きなニシンと山菜のサンドイッチですよ。まあ、これは端切れを挟んだだけですが」
「なぜ、俺がニシンと山菜のサンドイッチが好きだと知っているんだ?」
「いつもお好きなものは最後に食べてらっしゃいますよね? パンはだいたいはじめに食べているのにこのサンドイッチのときは最後に食べられているので」
「よく見てるんだな」
しまった。人の食事をじろじろ見ているなんて失礼かもしれない。
それに、教えられてもいないのに好みを把握しているなんて気持ち悪いかも。
「す、すみません。私、食事を提供する者としてみなさんの好みを――」
「謝らなくていい。嬉しいよ。ではお言葉に甘えてこれはいただいていく。ありがとう」
「はい! お勤め頑張ってください」
クラージュ様は小さく頷くとサンドイッチのかごを持って戻っていった。
◇ ◇ ◇
父から婚約の話をされてから五日が経っていた。
明日までに恋人を連れて行かなければ、レイモンド様と婚約させられてしまう。
クラージュ様には自分でなんとかするなんて言ったけれど、こんなにすぐ恋人なんてできるはずがない。そもそも好きな人だっていないのに。
もう、諦めて婚約するしかないのかな。
「あらぁ、辛気臭い顔してるわね? せっかく裕福な家に嫁げるっていうのに」
「えっ?」
夕食時、食器を洗っていた私を見下すようにベルデさんが声をかけてきた。
さっきまで、食事中の騎士たちに愛想を振りまいていたのに。
「ギブソン伯爵家みたいなお金持ちの家に嫁げるなんていいわよねぇ。レイモンド様は食にうるさいっていうし、あなたにお似合いね」
「どうして、ベルデさんがレイモンド様とのことを知っているのですか?」
「レイモンド様が先日また婚約を破棄なさって、新しい婚約者を探してるっていうからあなたを薦めておいたの」
「そんな……」
どうして私なんだろうと思っていたが、まさかベルデさんがそんなことをしていただなんて。
「あなたのお父様も、直ぐにでも結婚させたいって言っていたし。良かったわねぇ」
「どうして、私を?」
「そんなのあなたが目障りだからに決まってるでしょ。いつもヘラヘラして、私仕事出来ますよみたいな顔して」
ベルデさんの、蔑むような目が悔しかった。
私はずっと、何を言われても、何をされても文句も言わず頑張ってきたのに。
それなのにどうして……。
何も言い返せず、食器を持つ手が震える。目頭が次第に熱くなる。
でも、こんなところで泣いたりなんてできない。
その時――
ガタンッ
椅子が倒れる音がした。
目を向けると、まだ食事中のクラージュ様が勢い良く立ち上がったようだった。
そして、こちらを見ると、ゆっくりと歩いてくる。
いつもと変わらない、何を考えているかわからない表情で私の前に立つと、思いもよらない言葉を口にした。
「アネシス、俺と婚約してくれ」
「えっ?」
「はぁ?」
「「「えーー!!」」」
一番驚いていたのは団員たちだった。
焦る私にクラージュ様は何も言わず、ベンチに腰掛けた。
「クラージュ様?! どうされたのですか? お仕事は……」
膝の上で手を組み、花壇を眺めながらぼそりと話はじめる。
「今日は、隣の演習場での訓練だけだから、昼休憩に少し戻ってきたんだ。やはり、宿舎が落ち着くからな」
「そう、なのですね」
クラージュ様のお家、ヴァルディ公爵家のお屋敷はここからほど遠くないところにある。
宿舎には主に家の遠い団員たちが暮らしているが、クラージュ様は何かあった時に直ぐ動けるようにと宿舎で生活している。
「ところで、何か困ったことでもあるのか?」
「どうして、ですか?」
「さっきも何やら頭を抱えていたし、今朝から元気がないように見えた」
「えっと……」
私、そんなにわかりやすく落ち込んでいたのだろうか。
それにしても、わざわざクラージュ様がお声をかけてくれるなんて思っていなかった。
でも、婚約をしたくない、なんて話をしても困らせてしまうだけだ。
「なんでもありませんよ。お気遣いありがとうございます」
私は誤魔化すように精一杯の笑顔で返した。
「君は、いつもそうやって笑っているな」
「えっ?」
「俺たちはいつも君の料理に元気をもらっている。何か力になれることがあれば言って欲しい」
私に顔を向けたクラージュ様は真剣な表情だった。
それに、私の料理に元気をもらっているだなんて……。
きっと、他の騎士の人たちは料理はベルデさんが作っていると思っている。
料理長の後を継いだベルデさんと雑用係の私。そんな認識だ。
今までのことが少し報われた気がした。
やっぱり、料理を作ることは楽しい。私の作った料理を喜んでもらえて幸せだな。なんて感情が湧いてきた。
それと同時に、余計婚約はしたくないという思いが強くなる。
婚約してしまえば、食堂での仕事は辞めてギブソン伯爵家に住み込みで花嫁修業に行かなければならない。
涙が滲んでくる。
必死に堪えるが、溢れ出る涙は次から次へと頬を伝う。
「アネシス……」
クラージュ様がハンカチを取り出し、優しく拭ってくれる。
その優しさに、思わず本音を口にしてしまった。
「婚約、したくないんです」
「婚約?!」
「すみません、こんな話ご迷惑ですよね」
「いや、そんなことない。聞かせてくれ」
私はレイモンド様との婚約のことを話した。
大好きな人とお互い想い合って結婚したいなんて、貴族のなかでは笑われてしまうようなことまでこぼしながら。
「婚約したくないなんて、わがままですよね。恋人がいるだなんて噓まで吐いて」
「自分の気持ちを大事にすることは、悪いことなんかではない」
クラージュ様は眉をひそめながらもその声色は優しかった。
「お話、聞いていただいてありがとうございました。少し気が楽になりました」
「何か、俺に出来ることはないか?」
「ありがとうございます。でも、自分でなんとかしてみます。もしだめなら父言う通り婚約します」
「だが、それでは……」
「大丈夫ですよ。死ぬわけじゃありませんので」
「そう、か……」
なんだかクラージュ様のほうが、悲しそうな顔をしている。
「クラージュ様はお優しいですね」
「優しい? 俺が?」
「はい、とても。私なんかを気にかけてくださりありがとうございました。そうだ、お昼休憩中でしたよね? お時間とらせてしまいすみません」
「それはいいんだ」
「もう昼ご飯は食べられましたか?」
「いや、まだだが」
「もう、お時間あまりないですよね? よかったらこれどうぞ」
私は自分のお昼ご飯にと、持っていたサンドイッチが入ったかごを手渡した。
「でも、これは君のでは」
「食堂に戻れば余りものがまだあるので大丈夫です。それに、クラージュ様のお好きなニシンと山菜のサンドイッチですよ。まあ、これは端切れを挟んだだけですが」
「なぜ、俺がニシンと山菜のサンドイッチが好きだと知っているんだ?」
「いつもお好きなものは最後に食べてらっしゃいますよね? パンはだいたいはじめに食べているのにこのサンドイッチのときは最後に食べられているので」
「よく見てるんだな」
しまった。人の食事をじろじろ見ているなんて失礼かもしれない。
それに、教えられてもいないのに好みを把握しているなんて気持ち悪いかも。
「す、すみません。私、食事を提供する者としてみなさんの好みを――」
「謝らなくていい。嬉しいよ。ではお言葉に甘えてこれはいただいていく。ありがとう」
「はい! お勤め頑張ってください」
クラージュ様は小さく頷くとサンドイッチのかごを持って戻っていった。
◇ ◇ ◇
父から婚約の話をされてから五日が経っていた。
明日までに恋人を連れて行かなければ、レイモンド様と婚約させられてしまう。
クラージュ様には自分でなんとかするなんて言ったけれど、こんなにすぐ恋人なんてできるはずがない。そもそも好きな人だっていないのに。
もう、諦めて婚約するしかないのかな。
「あらぁ、辛気臭い顔してるわね? せっかく裕福な家に嫁げるっていうのに」
「えっ?」
夕食時、食器を洗っていた私を見下すようにベルデさんが声をかけてきた。
さっきまで、食事中の騎士たちに愛想を振りまいていたのに。
「ギブソン伯爵家みたいなお金持ちの家に嫁げるなんていいわよねぇ。レイモンド様は食にうるさいっていうし、あなたにお似合いね」
「どうして、ベルデさんがレイモンド様とのことを知っているのですか?」
「レイモンド様が先日また婚約を破棄なさって、新しい婚約者を探してるっていうからあなたを薦めておいたの」
「そんな……」
どうして私なんだろうと思っていたが、まさかベルデさんがそんなことをしていただなんて。
「あなたのお父様も、直ぐにでも結婚させたいって言っていたし。良かったわねぇ」
「どうして、私を?」
「そんなのあなたが目障りだからに決まってるでしょ。いつもヘラヘラして、私仕事出来ますよみたいな顔して」
ベルデさんの、蔑むような目が悔しかった。
私はずっと、何を言われても、何をされても文句も言わず頑張ってきたのに。
それなのにどうして……。
何も言い返せず、食器を持つ手が震える。目頭が次第に熱くなる。
でも、こんなところで泣いたりなんてできない。
その時――
ガタンッ
椅子が倒れる音がした。
目を向けると、まだ食事中のクラージュ様が勢い良く立ち上がったようだった。
そして、こちらを見ると、ゆっくりと歩いてくる。
いつもと変わらない、何を考えているかわからない表情で私の前に立つと、思いもよらない言葉を口にした。
「アネシス、俺と婚約してくれ」
「えっ?」
「はぁ?」
「「「えーー!!」」」
一番驚いていたのは団員たちだった。
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