大人になる約束

三木

文字の大きさ
2 / 149

しおりを挟む
 良は大体いつも裕司が寝るのを待ち構えていて、一人で夜更かしをすることはなかった。
 裕司のベッドで二人で寝ることはもう当たり前になっていて、良がかつて使った客用布団は仕舞われたきりだ。
「……まだ悩んでんの?」
 ベッドに横になろうとしたときに、良にそう言われて裕司は瞬いた。
 普段と違う態度を取ったつもりもなかったし、まして何を言ったわけでもなかった。
 それを言うと、良は平気な顔をして、あんたもだいぶ顔に出てるよ、と言った。
「……悩むっていうか気にはなってるが……今日はもう寝るし考えるのは明日だなって……」
「ふうん……」
 良は呟きながら、横になった裕司に身体を寄せてきた。そろそろ抱き合って寝るには暑い季節だと思いつつ、裕司も本音は冷房をつけてでも彼に触れていたかった。
「……俺のことなんだから、全部あんたがしなくていいんだからね……」
 少しばかり硬い声で、良はそう言った。それだけで強がりだとわかったけれど、その言葉が出る程度には、向き合うつもりでいるのだと思って裕司は少し安堵する。
 良がこの家に来るに至った事情は複雑で、それは主に彼の家庭環境によるものだった。
 父親はすでに亡く、母親は別の男と事実婚状態で、この男が良を虐待していた。良は大したことはされなかったと言っていたが、家を出る決断をするほどのことが大したことでないはずがなかった。
 その家庭のために良は高校を中退していたし、愛され方もろくに知らないようなところがあった。
 感情論で言えば、そんな実家とは縁を切ってしまえと思ったし、まして良をそこに近付けたくはなかった。けれど彼はまだ未成年で、仮にも母親という肉親との別れが家出という形で完結することがいいことだとも思えなかった。
 良がこれからここで暮らしていくにしても、彼は身分証の一つも持っていない。住民票を移すにせよ何にせよ、母親の存在を無視することはできなかった。
 良は家出中にスマホをなくしていて、実家について覚えているのは住所と名前だけだった。アポイントもなしに訪問することは気が引けたし、良も家には帰りたくないと言った。母親と会うのはやぶさかではないが、家は嫌だ、と、強張った声で言った良に、とても無理強いはできなかった。
 そうすると、アナログに手紙を出すしかないという話になったが、この特殊な状況の何をどう伝えるか──考え始めると思った以上に難しくて、便箋を投げかけたのが今日の昼のことだった。
 良の母親がどんな人間なのか知らないが、良の絶対の味方でないことは確かだった。同じ家に暮らしていて、良が追い詰められていることに気付かないはずがないし、仮に気付かなかったのだとしたらそれだけ関心がなかったということだ。良の話の端々からは、父親の死後母子の関係がうまくいかなくなって家庭内で孤独になっていく良の様子が窺えた。
 それは本当に親子なのだろうか、と、口には出さないが裕司はどうしても腑に落ちないものがあった。
 機能不全を起こした家庭を経験したことのない裕司にとって、親子というものは喧嘩をしようがすれ違いがあろうが、意思を超越したところで結びついたものがあると思っていたし、そこには無条件の愛情があるとも思っていた。
 裕司は両親にゲイであることをカムアウトしてはいないが、そこには知られることへの恐ればかりではなく、両親を悲しませたくないという思いもあった。離れた場所で生活していてもなるべく良好な関係を維持したかったし、帰省するときには屈託なく迎えてほしかった。
 それは良が抱えているだろう親への感情とは遠く隔たっていると、裕司は思う。
 良が裕司を理解できないように、裕司は実感として良を理解できない。だからこそ彼に寄り添っていたかったし、彼の持っていないものを与えてやれるのではないかとも思った。
「……すげえ馬鹿なこと訊くかもしんねぇんだが……お前は母親のこと、好きなのか……?」
 黒い滑らかな髪を撫でながらそっと尋ねてみると、良は目を丸くした。そこに驚き以外の感情が混じらないか注意深く見つめる裕司の前で、良はしばらく考え込む顔をして、小さな声で言った。
「好きか嫌いかでいったら、好きだよ……。なんだろ、どこが好きとかいう感じじゃなくて、嫌いになれない感じ。……わかる?」
「……うん、なんとなくな」
「俺が言うのもヘンだけど、あんまり幸せそうじゃなかったなって思うから……幸せになってくれたらいいのにって思う……」
「うん……」
「……でも、会いたいとは、思わない……」
 囁くほどの声で言った良に、胸が苦しくなって、裕司はその頭を抱き寄せる。出会った頃に比べて、色々なことを怖がらずに口にしてくれるようになったことが嬉しいと思う反面、彼の抱えているものの重さに己の無力さを覚えることも多かった。
「……そんな心配ばっかしなくても、俺、あんたがいるから大丈夫だよ」
 何を察したのか穏やかな声でそう言われて、背中に手を回されて、裕司は良が苦しいと文句を言うまでその身体を強く抱き締めた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...