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良の母親宛の手紙を出したその日の夜は、良も裕司も、寝室には入ったもののすぐに寝ようという気になれなかった。
在宅で仕事をしている裕司は、起床時間を縛られることはあまりない。だからこそ生活リズムを保つように心がけていたけれど、ベッドの上で黙って唇を結んでいる良の顔を見れば、就寝を急かす気にはなれなかった。
日頃の物言いに遠慮がなくなってきたとはいっても、良は自分の心の深くに根差すことを自分から口にすることは稀だった。それでも日々見ているうちに、そのほとんど変わらない表情のわずかな差異で、何かがあるのだということはわかるようになった。
黒い黒い瞳の色をいっそう深くして、どこか裕司の知らないところを見ているような顔をしているようなときは、簡単に言葉にできない何かをその胸の中に抱いているのだと思われた。
「良」
放っておいたら朝までそのままなのではないかと思うほど動かずにいた良の名前を呼んで手招きをすると、良は素直に寄ってきて、おとなしく腕の中に収まった。
この家に来たばかりの頃は痩せて細いばかりだった身体が、この頃は少し肉がついて、抱き心地が良くなって、かかる重みも増していた。それが彼の存在をより強く感じさせてくれると思って、裕司はその肩を抱き寄せる。
「……寝かしつけてくれんの?」
良のささやかな声がして、裕司は笑った。裕司は度々、良が穏やかな寝息を立て始めるまで彼の頭や背中を撫でてやることがあった。
夜は不安にとらわれやすい時間なのだと、良を見ていると実感した。昼間は平気な顔をしていても、夜になっていざ眠ろうとすると、彼の中のわだかまりが穏やかな眠りを妨げるらしかった。けれど、裕司が寄り添って抱き締めたり撫でてやることで、良は幼子のようないとけない顔で無防備に眠ってしまうのだ。
「そうしてほしいか?」
自分の声に笑いが混じったのが自分でもわかった。良はつられたようにくすくすと笑う。
「あんたが俺のこと甘やかすのが好きなの嬉しいな……」
穏やかな声でそう言う良に、慰められているのは己の方だと思いながら、裕司は彼の耳に吹き込むほどの距離で言った。
「そりゃあ可愛いからな」
良はおかしそうに、変な人だね、と呟いた。愛されることに慣れていないらしい彼は、いつも裕司をそう形容した。
「もう寝るか?」
訊くと、何かを察したのか、あるいは思うところがあったのか、良は顔を上げて裕司を見た。抱き締めてやりたい顔をしているなと思いながら頬に触れると、良は独りごつような声で言った。
「……まだ寝なくてもいいの?」
裕司は苦笑する。そんな子どものような声が出るのか、と思った。
「俺の気のせいかもしれんが、なんかモヤモヤしてるんじゃないのか」
「……してる」
良は正直にそう答えて、裕司の肩に頭を乗せてきた。
「寝て忘れた方がいいモヤモヤと、話して落ち着くモヤモヤと、どっちなんだろうな」
頭を撫でてやりながら言えば、良の手がすがるように背中につかまってきた。自分を見てほしい、向き合ってほしいと訴えられているような気がして、裕司は続ける。
「俺もまだ眠くねぇし、……お前が眠くなるまで付き合うぞ?」
良はおずおずと裕司の顔を見て、ベッドの上に座り直した。その手で裕司の服をつかんだまま、良はぼそぼそと小さな声で言う。
「……その、ちょっと思っただけで、本気なわけじゃないから、怒らないで聞いてほしいんだけど……」
「うん」
「……今日、母さんに手紙出したじゃん? ……それで、俺…………返事、来なけりゃいいのにって思って……」
良はうつむいていて、裕司からは黒い睫毛の揺れるのが見えた。
「あんたが、俺のためにいっぱい考えてしてくれてんのわかってんのに……ごめん…………」
裕司はすっかりうなだれた恋人を見て、そしてため息をかろうじて抑えて微笑んだ。
「……そんなことで俺が怒ると思ったか?」
「……」
「お前が何をどう感じようとお前の自由だし、……お前が親と関わりたくないのは、話聞いてたらわかるよ。……そうじゃなかったら、俺とだって会わなかっただろ」
良は苦いものを口に含んだような顔をして、裕司の服をぎゅうとつかむ。もっと甘えてくれていいのに、と思いながら、裕司は良の髪を撫ぜた。
「……でも、ほんとは俺がしないといけないことじゃん。俺の家のことなんだし……」
痛々しいような声で言うので、裕司は苦笑して良の耳を引っ張った。痛い、と良は情けない声を出して、裕司を睨む。
「そういうのを一緒に何とかしたいから、俺はお前といるんだろうが」
「……」
「お前の問題に口も手も出したいんだよ。できることは何だってしたいし、させてくれたら嬉しいから、お前と暮らしたいんだ。俺がお前を甘やかすのが好きだって、さっきお前も言っただろ」
良は眉尻を下げてやけに幼い表情をして、泣くのをこらえるような声で呟いた。
「……俺、これ以上あんたのこと好きになんの困るんだけど……」
「好きになってくれよ。振られたくないって言ったろ」
ばか、とこぼした良の声は、涙で濡れているように聞こえた。
在宅で仕事をしている裕司は、起床時間を縛られることはあまりない。だからこそ生活リズムを保つように心がけていたけれど、ベッドの上で黙って唇を結んでいる良の顔を見れば、就寝を急かす気にはなれなかった。
日頃の物言いに遠慮がなくなってきたとはいっても、良は自分の心の深くに根差すことを自分から口にすることは稀だった。それでも日々見ているうちに、そのほとんど変わらない表情のわずかな差異で、何かがあるのだということはわかるようになった。
黒い黒い瞳の色をいっそう深くして、どこか裕司の知らないところを見ているような顔をしているようなときは、簡単に言葉にできない何かをその胸の中に抱いているのだと思われた。
「良」
放っておいたら朝までそのままなのではないかと思うほど動かずにいた良の名前を呼んで手招きをすると、良は素直に寄ってきて、おとなしく腕の中に収まった。
この家に来たばかりの頃は痩せて細いばかりだった身体が、この頃は少し肉がついて、抱き心地が良くなって、かかる重みも増していた。それが彼の存在をより強く感じさせてくれると思って、裕司はその肩を抱き寄せる。
「……寝かしつけてくれんの?」
良のささやかな声がして、裕司は笑った。裕司は度々、良が穏やかな寝息を立て始めるまで彼の頭や背中を撫でてやることがあった。
夜は不安にとらわれやすい時間なのだと、良を見ていると実感した。昼間は平気な顔をしていても、夜になっていざ眠ろうとすると、彼の中のわだかまりが穏やかな眠りを妨げるらしかった。けれど、裕司が寄り添って抱き締めたり撫でてやることで、良は幼子のようないとけない顔で無防備に眠ってしまうのだ。
「そうしてほしいか?」
自分の声に笑いが混じったのが自分でもわかった。良はつられたようにくすくすと笑う。
「あんたが俺のこと甘やかすのが好きなの嬉しいな……」
穏やかな声でそう言う良に、慰められているのは己の方だと思いながら、裕司は彼の耳に吹き込むほどの距離で言った。
「そりゃあ可愛いからな」
良はおかしそうに、変な人だね、と呟いた。愛されることに慣れていないらしい彼は、いつも裕司をそう形容した。
「もう寝るか?」
訊くと、何かを察したのか、あるいは思うところがあったのか、良は顔を上げて裕司を見た。抱き締めてやりたい顔をしているなと思いながら頬に触れると、良は独りごつような声で言った。
「……まだ寝なくてもいいの?」
裕司は苦笑する。そんな子どものような声が出るのか、と思った。
「俺の気のせいかもしれんが、なんかモヤモヤしてるんじゃないのか」
「……してる」
良は正直にそう答えて、裕司の肩に頭を乗せてきた。
「寝て忘れた方がいいモヤモヤと、話して落ち着くモヤモヤと、どっちなんだろうな」
頭を撫でてやりながら言えば、良の手がすがるように背中につかまってきた。自分を見てほしい、向き合ってほしいと訴えられているような気がして、裕司は続ける。
「俺もまだ眠くねぇし、……お前が眠くなるまで付き合うぞ?」
良はおずおずと裕司の顔を見て、ベッドの上に座り直した。その手で裕司の服をつかんだまま、良はぼそぼそと小さな声で言う。
「……その、ちょっと思っただけで、本気なわけじゃないから、怒らないで聞いてほしいんだけど……」
「うん」
「……今日、母さんに手紙出したじゃん? ……それで、俺…………返事、来なけりゃいいのにって思って……」
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「……」
「お前が何をどう感じようとお前の自由だし、……お前が親と関わりたくないのは、話聞いてたらわかるよ。……そうじゃなかったら、俺とだって会わなかっただろ」
良は苦いものを口に含んだような顔をして、裕司の服をぎゅうとつかむ。もっと甘えてくれていいのに、と思いながら、裕司は良の髪を撫ぜた。
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「……」
「お前の問題に口も手も出したいんだよ。できることは何だってしたいし、させてくれたら嬉しいから、お前と暮らしたいんだ。俺がお前を甘やかすのが好きだって、さっきお前も言っただろ」
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ばか、とこぼした良の声は、涙で濡れているように聞こえた。
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