大人になる約束

三木

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 昼食を食べている最中も、食べ終わった後も、良はいつも以上に静かで口数が少なかった。
 まだ眠いのだろうかとも考えたが、その表情を見て、おそらくそういうことではないのだろうと思う。
 裕司が家事を一通りやってしまったので、食事の後片付けが終わると、良は所在ない顔をしてソファの上で膝を抱えてしまった。
 外はいい陽気なのに、良はまるで日陰に身を隠しているように見えて、裕司は切ない気持ちを飲み下しながら良の隣に腰を下ろした。
 何も言わない良にどう声を掛けようか迷って、裕司は良の黒い髪に触れる。ひんやりとした感触の中に手を差し入れれば丸い頭は温かくて、生きている温度に愛しさが募った。
「…………わかってると思うけど、何か、落ち込んでる……」
 良は裕司を見ないまま、そんなことを言った。
「うん……」
「俺……何だろ、俺ってこんなだったかなって思って……よくわかんなくて……もやもやして、気持ち悪い……」
「……そっか」
 丸い頭を撫でて、力をかけて抱き寄せると、良は素直に裕司の胸にもたれてきた。
 心の浮かないことを言葉にしてくれるだけでも有り難くて、そして同時に何故彼がこんなふうに苛まれなければならないのだろうと思った。
「……俺、あんたを困らせたくない」
 ぽつりと言った声は小さくて、けれど真っ直ぐで嘘がなくて、裕司は少し笑ってしまった。
「何で笑うの……」
 良は裕司を見て、純粋に疑問だという声音で言った。笑われたことが不満なのではなく、ただ不思議だと黒い目も言っていた。
「……だってな、お前」
 裕司は苦笑して良と目を合わせる。良の瞳は裕司からまったく逸れなかった。
「お前がここでそうやって膝抱えてさ、俺がお前の話聞いたり、抱き締めたり、慰めたり、そういうのもう何回やったと思う?」
 良の眉がわずかに下がって、その顔がばつの悪そうなそれになった。
「お前が朝起きれなくて、最初の頃は俺もわかってやれなくて、うまくいかなかったけど……でもお前が不安になったり泣いたりしても、お前のことが嫌になったことなんてなかったよ」
「……」
「お前が俺のこと困らせたくないって思ってくれるのは嬉しいけどな、それでお前が苦しむのが俺は嫌だよ。お前に困らせられる方が百倍いい」
「百倍って……」
「お前が不安になったり、しんどくなったりしたときに、頼ってほしいし甘えてほしいから、俺はお前にそばにいてほしいんだよ」
 良は感情の入り交じった目で裕司を見つめて、ややあってから躊躇いがちに口を開いた。
「……いくらあんたでも、頼られすぎたらイヤにならない?」
 裕司は笑う。その言葉の裏の良の不安はわかりやすかった。
「そこまでいくには、お前はしっかりしすぎてるなぁ」
「ええ?」
「お前が毎日一人じゃ飯も食えねえ風呂にも入れねえって泣き出したら、さすがに俺も疲れるかな」
「何それ……俺赤ん坊じゃないよ」
 唇を尖らせて良は裕司の脚を叩いた。すねたような目すら可愛らしいと思う。
「だから……俺はお前がもっと甘えてもたれてくれても大丈夫だから、俺を困らせないようになんて考えて苦しくならないでほしいんだよ」
 良の目が揺れて、迷いながら裕司を見て、逸れて、代わりにその手が裕司の袖をつかんできた。
 許容されることに戸惑う良の心は、いびつでありながらも美しかった。暗く狭いところに押し込められていたそれは、広い場所に慣れずにいるのだと想像できた。
 どこに枝葉を伸ばし、どんなふうに根を張ってもいいのだと言われて、途方に暮れている苗木のような、悲しくも愛しい心が彼の中には確かにあった。
「良」
 名前を呼ぶと、まだ揺れている瞳がそれでも裕司を見てくれる。彼は不思議なほど裕司を拒まなくて、それは裕司にとってただただ幸運なことに思えた。
「お前が全部、ちゃんとしようとしてくれてるのはわかってるつもりだし、尊敬もしてるし、実際助かってるよ」
 尊敬って、と、良は口の中で小さく呟いた。
 良にとって飲み込みにくい言葉だったのかと思って、裕司はゆっくりと良の後ろ頭を撫でる。
「尊敬って言ったら変なふうに聞こえるかもしれないけど、でも、そういう気持ちがなかったら一緒に暮らして付き合うなんてできねぇよ。お前は若いけど……頭がいいし、思いやりがあるし、……ほんとにいいやつだと思ってるから好きなんだよ」
 理由もなく、ただ流されて深い仲になったわけではない。人として彼に魅力があったのだと伝えたかったが、言葉にするのはやはり気恥ずかしかった。
 良は困り果てたような、泣きそうな目で裕司を見てから、顔を伏せてぐいぐいと頭を押し付けてきた。
「あんたってなんでそうなの……」
「そうって何がだよ」
「俺をだめにするのが趣味なんじゃない?」
「だめにしてるか?」
 してるよ、とくぐもった声で言って、良は裕司の胸元に顔を押し当てる。きっと顔を見られたくないのだろうと思いながらも、それで逆に距離を詰めてくるのが可愛くてつい頬が緩んだ。
「……まあ、お前が離れていったら困るし……依存させたいとは思ってるかもなぁ」
 情けない本音を呟くと、胸元で深いため息が聞こえた。
「俺、これ以上あんたに依存しなくて済むようにがんばるつもりだったんだけど……」
「うん……知ってるよ」
 ありがとうな、と囁いてつむじに口づけると、良はスンと音を立てて鼻をすすった。

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