大人になる約束

三木

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 泣き続ける良を抱き締めながら、裕司は己の視界も朧になってきて瞬きを繰り返す。
 誰にも言ったことがないと言った良の告白は、言うまでもないほど当たり前の願いで、とても正当なそれだと思ったが、それを自分が口にしていいのかどうか自信が持てなかった。
 良に対する感情が膨らみすぎて、恋人としての自分なのか、庇護者としての自分なのか、自己の置き場がわからなかった。己の言葉に責任を持てる気がしなくて、裕司は黙って涙をこらえる。
 ただひたすらに、こんなに優しくてきれいな若者が不遇に泣いていることが悲しかった。
 それでも彼の恐れを除かなければならないと思って、裕司はしいて息をつく。
「……俺が、お前を嫌いになるわけないだろ……」
 出た声は弱くて、情けなかった。良の髪を撫でて抱き直し、とつとつと話しかける。
「お前が……優しくって、悪いことなんかできないのはとうに知ってるし、間違ったら反省して、自分を責めるやつなのもわかってんだ。……もしお前が、自分じゃどうしようもない間違いをしても、俺はお前を味方するって言ったの、忘れたわけじゃないんだろ……」
 話しながら目頭が濡れて、それを指先で拭って裕司は深く息を吐く。ぐず、と泣き濡れた音が胸元から聞こえて少し笑った。
「……お前の抱えてるしんどいことを、俺が解決してやれるわけじゃないけど、黙って我慢しなくっても大丈夫だから……お前がつらいことをつらいって言ったぐらいで、見損なったりしねえよ……」
 な、と間近な耳に囁いて、背中を撫でると、わずかに頷く気配があって、裕司は少なからず安堵した。自分の言葉が彼の傷を深くすることなく彼に届いたのだとしたら、それ以上に自分にできることはない気がした。
 ひとしきり泣いた良が泣きやむ頃には裕司のシャツはひどい有様で、そのことに良と一緒に笑えたことに、何より救われた気持ちになった。

「お前、ほんとに無理して行かなくってもいいからな」
 シャツを着替えて、良に温かい茶を入れてやって、裕司が言うと、良は泣きはらした目で裕司を見つめた。
 話を蒸し返すようだとは思ったが、いずれにしても避けられない問題だった。
「……あんたはほんとに俺に優しいね」
 泣くだけ泣いて落ち着いたのか、良の声は穏やかだった。
「お前の基準がずれてるって言いたいとこだが、俺がお前に優しくしないでどうするんだよ。何のためにこうしてるのかわかんねえだろ」
 手を伸ばしていつもするように髪を撫でると、良は目を細めて、裕司の手の感触に浸っているようだった。
 手を離してその様子を眺める裕司の前で、良は茶に口をつけ、少し笑った。
「……もうちょっと考えてみるけど、行くならあんたも一緒なんだよね?」
「当たり前だろ」
「あんたは、俺の母さんに会いたくないとか、話したくないとか、そういうのはないの?」
「……ぶっちゃけて言えば、面倒だなって気持ちはなくはないよ。でも、ちゃんと話して、早くお前が落ち着いて暮らせるようにしたいからな」
 良はまた目を細くする。薄い笑みに寂しげな色が乗った。
「……その、俺にもどうなるかわかんないけど、ほんとに嫌なこと言うかもしれない、うちの母親。……俺、あんたが本気で怒ったとことか見たことないから、ちょっと……そういう意味でも、怖い気持ちある……」
 裕司は頷く。良の不安は当然のことだった。
「確かに俺もその辺は穏便に行くのか心配っちゃ心配だよ。俺だって話の内容によっては頭に血がのぼることが絶対にないとは言えないし……、……でも、それで俺がお前を見捨てたりはしないってのはわかってくれるか?」
 良は目許を和らげて、うん、と静かな声で言った。
「……なんか、俺、不安になってあんたのこと疑ったよね。八つ当たりしたっていうか……」
「ばか、そんなのいいよ」
「うん、でも、……反省したい。あんただって疑われて気分よくはないでしょ?」
「そりゃ……そうだが、俺は本当に気にしてないからな?」
 良は黙って頷く。瞳の深いところに静かで小さな光があって、彼の心が安定したらしいことが窺えた。
「行くとしたら電車だよね?」
「いや、車借りよう。その方が落ち着くだろ」
 そうだね、と良は呟いて、ふと思い出したように小さく笑った。
「俺あんたが運転してるの見たことない。あんたの運転ってどんなの?」
「どんなのって……普通だよ。今だって仕事で必要なときは運転してるし、ペーパードライバーじゃねえからな」
「そっか……乗ってみたいな」
 その言葉に、彼らしい好奇心が覗いたように思われて、裕司も微笑む。
「お前が行きたいなら、ドライブでも何でも連れてってやるよ」
「ほんと? かっこいい、彼氏みたい」
 彼氏だろうが、と小突いてやると、良はくすくすと笑い声を漏らした。そうやって笑ってくれることが裕司の心をどれほど温めてくれているか、その美しい目に見せてやれたらいいのにと思う。
「……説得力ないかもだけど、俺、あんたがいてくれたら大丈夫ってほんとに思ってるんだよ」
 そう言って良は裕司の指に触れてきた。裕司は頷いて、指を絡める。
「俺も、お前は大丈夫だって思ってるよ。不安になったり、怖くなったりするのは、人間なんだから当然だし、泣きたいときは泣いた方がいい」
 あんたも泣いてよかったのに、と、返されて、裕司は思わず破顔した。

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