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「俺無限に立ち話しちゃうんで、とりあえずお店行きましょうか」
にこにこと機嫌のよさそうな牧に促されて、裕司は歩き出す。良は半歩遅れてついてきたが、その目はずっと牧を見ていた。
「早い時間にしてもらった上に予約までさせて悪かったな」
「何言ってんですか。誘ったの俺ですし、良くんにも会えて嬉しいです」
ね、と相槌を求められて、良は明らかにうろたえた。助け舟がいるか、と思ったが、良は少しばかり声を硬くしながらも口を開いた。
「お……俺のこと覚えてたんですか……」
「そりゃ裕司さんと一緒にお店に来てくれたし、あんなに美味しそうに食べてくれたら忘れないよ」
良は目を見開いて、そしてすぐに顔を背けた。切り整えられた髪のせいで剥き出しになった耳が少し赤くなっていて、裕司は笑う。
牧もそんな良に笑んでから、裕司を見た。
「改装で厨房から客席を見やすいようにしたんですよ。お客さんの反応はやっぱりモチベーションなんで」
「ああ、どうりで見られてると思った」
「そんな言うほど見てませんって! で、カウンターの高さなんかを調節して、客席からは厨房が丸見えにならないように工夫したんです。全部見えちゃうとカッコ悪いでしょ」
「色々考えてんだなぁ」
素直に感心して裕司が言うと、視界の端で良が頷いているのが見えた。きっと聞き漏らすまいとしているのだろう、と裕司は思う。
「でもあれだけ改装するの、けっこうかかっただろ。大丈夫か?」
「いやぁ、ちょっとがんばっちゃいましたね。なんで、また来ていただけるのを待ってます」
「そりゃもちろん」
なあ、と良に目を向けると、良はこくこくと頷いた。言葉は発しないくせに意思表示はしたいらしく、そんな彼を新鮮だと感じた。
通りを横切り、繁華街に向かう角を折れると、良はそわそわと周囲の看板や店舗に目を向けていた。二人きりだったならきっとあれこれ訊かれたり、感想を述べられたりしたのだろうと思う。
「何の店だっけ。炭火焼き?」
良が傍らでじっと聞いているだろうことを意識しながら、牧にそう投げかけてみると、牧は弾むような声で答えた。
「そうっスね、炭火焼き料理が売りの和食系の店です。うち洋食がメインなんで、他所ではジャンル違うの食うのが楽しいんですよね」
「あー、そっか。系統が似てたら自分のとこのと比べたりするか」
「なんか研究モードになりますね。勉強しに来てるみたいな。何食べても多少は考えるんですけど、うちで炭火焼きは難しいし」
そりゃそうだ、と裕司が笑うと、牧は目を細めて言った。
「俺はもともと人に飲んだり食べたりしてもらうのが好きで、材料選んだり作ったりっていう過程にはそんなにこだわりがなかったんで、自分の店持ってからそういうの真面目に考え出したとこあるんですよね。料理人として周回遅れもいいとこなんですけど」
「飲食のことはわからねえけど、別にそれが悪いわけじゃないだろ?」
「いやあ、俺もまだまだわからんです。そうだったらいいなと思うんですけど──あ、そこのビルです」
そう言って牧は並ぶ店舗のうちのひとつを指した。良が進路を譲るようにぱっと後ろに回ったのがおかしくて、裕司は笑いながら牧についていく。
エレベーターに乗り込んでも、良は無言のまま隅に寄っていて、遠慮をしている様子だった。
目的階に着いて扉が開くと、すぐ目の前が店の入り口で、藍染の暖簾がかかっていた。それを牧がくぐって、店員に予約である旨を伝えると、奥からもいらっしゃいませと景気のいい声が聞こえてきた。
牧に手招きされて、良は慌てたように小走りに牧を追いかけていく。そんな姿も見るのも初めてで、裕司はやはり良の一挙一動を眺めるのが楽しかった。
客席は半個室といった具合に区切られていて、案内されたのはテーブル席だった。牧の向かいに良を座らせて、裕司がその隣に腰を下ろすと、他の客席は一切視界に入らなかった。
「ここねー、料理も美味しいんですけど、話しやすいんですよね。ほどほどにざわざわしてて、でも隣の声が筒抜けってこともないし。静かすぎるのもしゃべりにくいじゃないですか」
「そうだな、これぐらいが気が楽だよ」
言いながら横目に良を見ると、まるで借りてきた猫のようにおとなしくて、気が楽も何もなさそうだと苦笑してしまう。ただその表情は何かを期待しているような、緊張しているだけではないものも感じさせた。
「簡単なコースは頼んでるんですけど、食べ盛りには足りないと思うんで、メニューどうぞ」
牧がお品書きを開いてこちらに向けてくれると同時に、店員がおしぼりを持ってきてくれて、飲み物の注文を訊かれた。
「ソフトドリンクはここかな、良くんどうする?」
牧が飲み物のページを開いてくれて、良は明らかに恐縮したという顔で狼狽を覗かせた。それは牧にもわかったらしく、その目尻に笑い皺が寄る。良にしてみれば真剣に困っているのだろうが、あいにく三十路も過ぎた男の目からは初々しさが可愛らしく思えるばかりだった。
「俺は梅酒のソーダ割りで」
待っている店員に牧はそう言って、裕司を見る。その視線のやり取りに気付いていない良が、おずおずと、ウーロン茶、と言った。
にこにこと機嫌のよさそうな牧に促されて、裕司は歩き出す。良は半歩遅れてついてきたが、その目はずっと牧を見ていた。
「早い時間にしてもらった上に予約までさせて悪かったな」
「何言ってんですか。誘ったの俺ですし、良くんにも会えて嬉しいです」
ね、と相槌を求められて、良は明らかにうろたえた。助け舟がいるか、と思ったが、良は少しばかり声を硬くしながらも口を開いた。
「お……俺のこと覚えてたんですか……」
「そりゃ裕司さんと一緒にお店に来てくれたし、あんなに美味しそうに食べてくれたら忘れないよ」
良は目を見開いて、そしてすぐに顔を背けた。切り整えられた髪のせいで剥き出しになった耳が少し赤くなっていて、裕司は笑う。
牧もそんな良に笑んでから、裕司を見た。
「改装で厨房から客席を見やすいようにしたんですよ。お客さんの反応はやっぱりモチベーションなんで」
「ああ、どうりで見られてると思った」
「そんな言うほど見てませんって! で、カウンターの高さなんかを調節して、客席からは厨房が丸見えにならないように工夫したんです。全部見えちゃうとカッコ悪いでしょ」
「色々考えてんだなぁ」
素直に感心して裕司が言うと、視界の端で良が頷いているのが見えた。きっと聞き漏らすまいとしているのだろう、と裕司は思う。
「でもあれだけ改装するの、けっこうかかっただろ。大丈夫か?」
「いやぁ、ちょっとがんばっちゃいましたね。なんで、また来ていただけるのを待ってます」
「そりゃもちろん」
なあ、と良に目を向けると、良はこくこくと頷いた。言葉は発しないくせに意思表示はしたいらしく、そんな彼を新鮮だと感じた。
通りを横切り、繁華街に向かう角を折れると、良はそわそわと周囲の看板や店舗に目を向けていた。二人きりだったならきっとあれこれ訊かれたり、感想を述べられたりしたのだろうと思う。
「何の店だっけ。炭火焼き?」
良が傍らでじっと聞いているだろうことを意識しながら、牧にそう投げかけてみると、牧は弾むような声で答えた。
「そうっスね、炭火焼き料理が売りの和食系の店です。うち洋食がメインなんで、他所ではジャンル違うの食うのが楽しいんですよね」
「あー、そっか。系統が似てたら自分のとこのと比べたりするか」
「なんか研究モードになりますね。勉強しに来てるみたいな。何食べても多少は考えるんですけど、うちで炭火焼きは難しいし」
そりゃそうだ、と裕司が笑うと、牧は目を細めて言った。
「俺はもともと人に飲んだり食べたりしてもらうのが好きで、材料選んだり作ったりっていう過程にはそんなにこだわりがなかったんで、自分の店持ってからそういうの真面目に考え出したとこあるんですよね。料理人として周回遅れもいいとこなんですけど」
「飲食のことはわからねえけど、別にそれが悪いわけじゃないだろ?」
「いやあ、俺もまだまだわからんです。そうだったらいいなと思うんですけど──あ、そこのビルです」
そう言って牧は並ぶ店舗のうちのひとつを指した。良が進路を譲るようにぱっと後ろに回ったのがおかしくて、裕司は笑いながら牧についていく。
エレベーターに乗り込んでも、良は無言のまま隅に寄っていて、遠慮をしている様子だった。
目的階に着いて扉が開くと、すぐ目の前が店の入り口で、藍染の暖簾がかかっていた。それを牧がくぐって、店員に予約である旨を伝えると、奥からもいらっしゃいませと景気のいい声が聞こえてきた。
牧に手招きされて、良は慌てたように小走りに牧を追いかけていく。そんな姿も見るのも初めてで、裕司はやはり良の一挙一動を眺めるのが楽しかった。
客席は半個室といった具合に区切られていて、案内されたのはテーブル席だった。牧の向かいに良を座らせて、裕司がその隣に腰を下ろすと、他の客席は一切視界に入らなかった。
「ここねー、料理も美味しいんですけど、話しやすいんですよね。ほどほどにざわざわしてて、でも隣の声が筒抜けってこともないし。静かすぎるのもしゃべりにくいじゃないですか」
「そうだな、これぐらいが気が楽だよ」
言いながら横目に良を見ると、まるで借りてきた猫のようにおとなしくて、気が楽も何もなさそうだと苦笑してしまう。ただその表情は何かを期待しているような、緊張しているだけではないものも感じさせた。
「簡単なコースは頼んでるんですけど、食べ盛りには足りないと思うんで、メニューどうぞ」
牧がお品書きを開いてこちらに向けてくれると同時に、店員がおしぼりを持ってきてくれて、飲み物の注文を訊かれた。
「ソフトドリンクはここかな、良くんどうする?」
牧が飲み物のページを開いてくれて、良は明らかに恐縮したという顔で狼狽を覗かせた。それは牧にもわかったらしく、その目尻に笑い皺が寄る。良にしてみれば真剣に困っているのだろうが、あいにく三十路も過ぎた男の目からは初々しさが可愛らしく思えるばかりだった。
「俺は梅酒のソーダ割りで」
待っている店員に牧はそう言って、裕司を見る。その視線のやり取りに気付いていない良が、おずおずと、ウーロン茶、と言った。
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