大人になる約束

三木

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 たっぷりと寝て、しっかりと食べて、満足そうな顔になった良に微笑んで、裕司が皿を片付けようと腰を上げると、良は慌てたように言った。
「片付けるの俺やる」
「え?」
「俺今日何もしてないもん」
「そんなの別に……」
「やる。あんたに甘えてたらほんとにニートになりそう」
「……」
 そこまで甘やかしているつもりはないが、と思いながら、食器を下げる良を少しばかり手伝って、そして良が洗い物を始める頃には裕司は手持ち無沙汰になってしまった。
 良はもうすっかり目が覚めたようだったし、体調も問題なさそうだった。そうするとするべき話をしなければならない、と考えてしまうが、それでまた良の顔が曇るのは見たくなかった。
 そんなことを考えながらぼうっと突っ立って良の姿を眺めていると、良はくすりと小さく笑った。
「何見てんの、暇?」
 視線がくすぐったい、と言うような声だった。裕司は何と答えればいいものかすぐに思い付かなくて、曖昧に首を振る。
「あんたもそんな遠慮しなくていいのに」
「え」
 突然意外なことを言われた気がして訊き返すと、良は薄く笑った目を裕司に向けた。
「俺に何か話するときにさ、時々すごい考えてから言うから」
「……」
 考えを読まれたような気持ちになって、裕司は唇を結んだ。良は視線を外すと、慣れた手つきで器を洗う。
 勘が鋭くて、繊細で、傷付きやすいくせに遠慮をするなと言うのは難しい注文だと思ったが、そう言いたい気持ちはよくわかった。わかるから余計に彼の負担になるような言葉はかけたくなくて、伝えるということは簡単なことではないのだと改めて思う。
「……お前と相談しなきゃいけないことがたくさんあるなと思ってな」
「うん」
「でも、あんまり急いでお前を疲れさせたくない……」
 良はちらりと裕司を見て、どこか切ないような笑みを見せた。
「なんで、って訊いても大丈夫?」
「なんでって?」
「俺が疲れたらイヤなのなんでかなって」
 良の声は静かで、しかし裕司の耳にははっきりと残った。そんなのは聞くまでもない、と感じたのは裕司の主観で、良にとってはそうではないのだと思った。
「……お前がつらそうにしてるのを見るのは、……俺もつらくなるからな」
 言ってから、それは結局己の都合だと感じた。良の感情は良のもので、その動きに裕司が判定を下す権利はないし、良には泣きたいときに泣いて笑いたいときに笑う自由があるはずだ。
 良が何か言おうと唇を動かしたのが見えて、裕司はそれに先んじて言った。
「すまん」
 良は手を止めて、丸い目で裕司を見た。
「……何が?」
 驚いたという声で言われて、裕司は恥ずかしくなって顎を撫でる。彼の前で大人ぶっていたい自分と、彼には真摯でありたい自分とが喧嘩している、と思った。
「いや……その、なんか違うことを言ったなと思って……」
 言い訳は言い訳の体をなしていなかった。まったくひどいものだと頭を掻いた裕司を眺めて、良はふっと吹き出した。
「よくわかんないけど、あんたもうまく言えないことあるんだね」
「そんなの……しょっちゅうだろ」
「俺はいつもだから、あんたは言葉にするのがうまくてすごいなって思うけど。俺にわかるように言ってくれるのすごい……何て言うんだろ、優しいっていうか、心が近い感じがする」
 やっぱうまく言えない、と良は呟いて、蛇口を開けた。
「あんたが俺のためにがんばってくれてるのは、全部じゃないけどわかるし、仕事もすごい俺に合わせてやってくれてるじゃん? でも、俺も、あんたが俺のせいで疲れちゃうのやだし……あんたが急がない方がいいって思うんだったら、そっちの方がいいと思う」
 そう言って良は窺うような目で裕司を見た。自分の発言がおかしくなかったかどうか問いかけてくるような目で、答え合わせを求めているように見えた。
「…………お前はほんといいやつだな」
 裕司は息を吐いて腹の底からそう言った。
「……なんでそうなんの?」
「俺がそう思ったからに決まってんだろ」
 わかんない、と、良はざばざばと食器の泡を落としながら唇を尖らせた。
「……俺が急いだ方がいいと思うって言ったら、お前はそれでもいいのか?」
「え? うん。え、俺の住民票とか、バイトとかこれからのことでしょ?」
「うん、まあ……」
「そんなの、急いだ方がいいんじゃないの? 俺、もう三ヶ月もこんな……夏休みよりゆるい生活してるんだよ。なんかもうふやけてる気がする」
 良の物言いに、裕司はつい笑ってしまってから、やはり本人と話さなければ何もわからないのだ、と思う。一人で憂慮していても、それはぬかるみで足踏みしているようなもので進みはしない。足場が悪くなるだけ損だ。
「じゃあ……それが済んだら、ゆっくり話すか」
「俺はいいけど……あんたは仕事いいの? 今日何もしてなくない?」
「心配しなくてもお前の飯代くらいはちゃんと稼ぐよ」
 食費浮いたって言ったじゃん、と、良は不服そうに声を上げて、八つ当たりのようにスポンジを絞った。
 白くて細かい泡が、銀色のシンクを流れて消えていく。あまりにも日常的で、平凡で、そして不足のない暮らしの中に良とともにいるのだと思えて、胸が凪いだ。

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