大人になる約束

三木

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 何かしら言ってやろうと思って聞いていたのに、大好きだの一言で思考が雲散霧消してしまって、裕司は黙って額を押さえた。
 簡単すぎる自分にも呆れたし、恥ずかしげもなく言う良の感性もやはりたちが悪いと思う。
「どうしたの」
 悪気のなさそうな声が問いかけてきて、裕司は顎を撫ぜながら目の前の青年を見つめた。年相応な綺麗な顔をしているし、学校ではきっと女子にモテただろう。彼が彼女らに対してどの程度の興味を抱いたかなどわざわざ訊くのはいかにも無粋で気が引けたが、恋人のセクシャリティに関心がないと言えばそれは嘘だった。
 性など不定形なものだと知ってはいるが、自分はずっとゲイセクシャルを自覚して生きてきたし、そうでない可能性は探しても見当たらなかった。
 けれど良は己のセクシャリティに関心が薄くて、そのことが裕司にはよくわからない。本人が気にしていないのだから裕司が口を出すことではないと頭ではわかるが、自分とこういう関係でいることを彼はどう捉えているのだろうと考え始めるとどうにも据わりが悪かった。
「なんか……お前は不思議な生き物だよなぁ」
 しみじみと呟くと、良はむうと唇を曲げた。
「あんたって時々俺のこと動物みたいに思ってない?」
 不服そうな声で的確なことを言われて、こうやってどんどん腹のうちを読まれていくのだろうな、という予感がした。
「いや、俺が自分を基準で考えてるだけだってのはわかってんだけどな……お前の目には俺はちゃんとオッサンに見えてんだよな?」
「……オッサンて言うのあんまり好きじゃないけど、若くはないしおじいちゃんでもないからそうじゃない?」
「どこからどう見ても男だろ?」
「そうだね」
「でも俺以外の男を見ても何とも思わないんだよな?」
「うん。……あんたは俺と同じくらいの高校生とか大学生とか見て変な気分になるの?」
 あまりに真っ直ぐな目でそう訊かれて、裕司はつい目を逸らしてしまった。そうしてからしまったと思ったが、時すでに遅しとはこのことである。
「あっ、何その顔。若い子には興味ないとかやっぱ嘘じゃん」
 良はそう言って裕司の服を引っ張ってきた。嘘だと思われていたのか、という気持ちと、見透かされていたのか、という気持ちが半々だった。
「いや……興味っていうかな、何度も言ってるだろ。この歳だともうお前みたいな若いやつはそれだけで可愛いんだよ」
「それと下心があるのは別じゃん。もースケベ」
 何故そこまで言われないといけない、と思いはしたが反論はできなかった。良に対しても後ろめたい気持ちは未だに拭い切れていないのだ。
「下心はないけどな、制服着て学校行ってるようなやつらとほとんど変わらないお前と付き合ってんだなぁと思うとやましい気持ちになるんだよ」
 諦めた気分で白状すると、良は裕司の服の裾をつかんだまま奇妙な顔をした。怒るべきか呆れるべきか迷っているような、どちらにしても裕司にとっては喜ばしくない感情だと思われた。
 良はひとしきり難しい顔をした末に、言った。
「…………あんたってそういうとこ面倒くさいよね……」
「悪かったな」
「怒んないでよ。そうじゃなくて、だって、あんたが俺のこと好きじゃなかったら一番損するの俺じゃん? 好きじゃなくてもあんたは俺の面倒見てくれたんだろうけど、でもそれだといつかは俺じゃないパートナー見つけてその人と暮らしたんでしょ。この家から出てかなきゃいけないのが最初から決まってんのとか……あんたに俺より大事な人がいるのとか、俺ヤダって言ったの覚えてる?」
「……」
 シーツの上に目を落として、良は眉を険しくしながら裕司の服を離さなかった。
「あんたに罪悪感があるのは、あんたがちゃんとした人だからだとは思うけど、……俺が嬉しいことがあんたにとって嬉しくないことなのって……なんか…………」
 良は言いながら首をどんどん傾けて、傾けるにつれて自分が何を言いたいのか悩み始めたようだった。けれど良の言葉が途切れる頃には裕司の中にはまったく違う罪悪感が湧いていて、じっとしていられなくて良の肩を引き寄せた。
「すまん。そうだな、俺が自分のことしか考えてなかった」
「……別に、そういうことじゃ……」
「いや、お前にそんな顔させるつもりじゃなかった。すまん」
 良は裕司の肩に頬をつけてしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……俺そんな変な顔してた?」
「……変じゃねえけど、嫌そうな顔してただろ」
「それは……だって、俺の一番はあんたなのに、あんたの一番が俺じゃないのは、イヤっていうか、寂しいじゃん……」
「うん……」
 良の後ろ頭を撫でて、背中を軽く叩いてやりながら、彼の好悪はもしかすると裕司よりはるかにシンプルなのかもしれないと思った。
 たくさんいる他人の中で単純に一番好きになったから、そこに親愛も性愛も全部乗るのは良にとって当たり前で、逆に裕司とどんな共通点を持った人間がいても、それは彼にとってただの他人でしかないのかもしれない。
 理解はしがたかったが、もしそうだとすれば良の態度は腑に落ちて、同時に自分はいかにも前時代的な人間に思えて、裕司はもう一度、すまん、と呟いた。

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