大人になる約束

三木

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 気が抜けていつもより眠気が強いと思いながら、スマホ画面をスクロールして良が打ったテキストを眺める。眠いはずなのにその文字列だけはやけに鮮明で、何度読み返しても色褪せなかった。
 彩乃はさすがにもう就寝したのか、うるさかった通知も鳴らなくなった。その彩乃に良が送った最初の文はぎこちなく堅苦しい挨拶だったが、裕司について述べ始めると、彼の肉声で聞く言葉より文字の方がはるかに流暢に感じられた。
 いわく、とても優しくて、誰よりも大切にしてくれて、辛抱強く話を聞いてくれて、わかるまで何度でも伝えてくれる、心から信頼できる人。
 照れくさくてこそばゆい気持ちは消えなかったが、見れば見るほど、それは良自身のことなのではないかという気がしてならなかった。
 裕司はおよそ良ほど人を傷付けることを厭う人間を知らなかったし、若さにありがちな過激さや拙速さを彼はめったに見せなかった。我慢強さに関しては裕司など足元にも及ばないと思わされたし、彼ときちんと話ができるのは、何より彼がいつも裕司に向き合ってくれるからだと思う。聞きたくない話も口にしたくない話もたくさんあるだろうに、良は耳を塞ぐことも逃げることもしない。
 彼はおそらく、裕司の目に見えているよりもずっと己に厳しくて、だから裕司はその分甘やかされているのだろう。それを申し訳ないと思うのに、良は笑って、裕司はいつも優しすぎる、甘すぎると言うのだ。
 せめて彼には誠実でありたいと思ってきたし、そうしてきたつもりだけれど、正直になることは難しいと、最近とみに感じるようになった。嘘などひとつもつきたいとは思わないのに、彼の前で大人の虚勢を張ろうとする自分は、すぐに本当ではないことを口にしがちだ。
 強がるという意味なら良も同じように嘘をつくことがあったけれど、彼は決してそれが上手くはなくて、だから余計に彼の優しさや強さを見る思いがした。彼が己の利益のために何かを偽ったところを、少なくとも裕司は見たことがない。
 良があまりに裕司を褒めるので、彩乃はすぐに逆の質問──裕司の悪いところ──を投げかけてきたが、それに対して良はしばらく考えてから、こう返信した。
 放っておくとすぐお酒をたくさん飲むところ、普通にしていればいいのに格好をつけようとするところ、ちょっと行儀が悪いところ──……。
 そしていくつかやりとりを挟んだ後に、心配性なところを付け加えて、だから心配をかけなくてもすむ大人になりたいと述べ、裕司も彩乃もその優等生すぎる回答に舌を巻いた。
 いくつも並んでいる彩乃のメッセージの中に、良は本当に18歳なのかという問いかけがあって、裕司はそれが目に入る度に笑ってしまう。自分が常々感じていることを彩乃も文字だけで感じ取ったのだとしたら、それは愉快でどこか溜飲が下がるものがあった。
「何ニヤニヤしてんの」
 声と同時に背中に良がのしかかってきて、裕司はスマホをベッドの上に落とした。
「遅かったな」
 言いながら手探りで良の頭に手を置くと、髪はすっかり乾いて何だかふわふわとしていた。ついこの間切ったばかりだと思っていたのに、もう伸びてきたのかと思う。
「先に寝ててよかったのに」
「ナマ言いやがって」
 笑いながら良の首に腕を回してやると、良はじたばたともがいて裕司の手から逃れ、息をつきながら改めてベッドに上ってきた。
「彩乃さんもう寝たかな?」
「寝ただろ。何だよ、お前ら仲良くなりそうには思わなかったんだけどな」
「そうなの? なんで?」
「なんでって、なんとなくだが……」
 彩乃は遠慮がなくて思ったことをはっきりと言うタイプだ。だから、思慮深くて他人に一歩引いたところのある良と噛み合うイメージはなかったのだが、文字を介していたせいか、良はむしろ積極的に彩乃に関わろうとしていたように見えた。
「あんたのお姉さんが俺のこと嫌いじゃなくて、俺のこと知りたいって言ってくれるの嬉しいじゃん。それに、俺が彩乃さんと仲良くしなかったら、あんただってイヤじゃない?」
 もっともなことを、含みのない声で問いかけられて、裕司は頷く。
「うん、まあ……でもあんまり気ぃ遣うなよ」
 それは本音で、良の温かい首を手のひらで軽く叩いて撫ぜると、良は笑った。
「ふふ、うん。でも彩乃さんのお土産あれほんと重かったよ? いつもあんなに持ってくるの?」
「いつもってほど来ねぇけど、あんなもんだよ、田舎の身内の土産なんて」
「駅まで迎えに行ってあげたらよかったのに」
「来いって言われたら行ったけどな……」
 本当に迎えがほしければ彩乃はそう言っただろうし、言わなかったということは必要なかったのだろうと思う。先回りして気を遣うようなことは、自分と彼女との間ではかえって具合が悪いような気がした。
「それに、いつも子ども抱えてるのに比べたら大したことないんだろ」
 あー、と良は得心したような声を出して、ごろりとベッドを転がった。
「そっかぁ……お母さんって大変だね」

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