トランスファー “空間とか異次元とかってそんなに簡単なんですか？”

現場の事情は・・・偉い人には分からん物なんですよね？ 48

　　　　　　第一章　　四四話



　アローナと呼ばれていたその女性は、所謂いわゆる獣人に分類される人々とは明らかに異なっていた。


　
　まず魔力エネルギー粒子を全身から吹き上げて変身するというのが違う。獣人と呼ばれる人々はそもそも、人と獣の特徴が混ざった外見をしているが、２つの割合が後天的に変わる事などない。



｛ミネルヴァ、エンター5テンプオーダーで反応加速クロックアップ発動、もう一人の動きもマークしてくれ！　特に魔力エネルギー粒子反応に注意！　緊急回避は任せる。｝　



｛了解！オーバー｝



　同時に“ガンディロスナイフ”を両手にエンター1より召喚アポーツする。当然アローナと剣術で勝負出来る筈もないので“クロックアップ”は最大限にかけておく。



　そもそもカナタは、現代地球の中でもかなり平和な日本生まれだ。ライトノベルの主人公の様に、卓越したステータスや武道の達人だったりはしない。豊富な魔力と希少なスキルは恵まれているが、経験値は圧倒的に足りていない事を自覚している。



　よってカナタは戦略的に“戦闘”は極力避ける。そして戦闘が避けられ無いなら、あらゆる想定と準備をして、“戦わずして勝つ”もしくは“負けようが無いやり方で戦う”事を基本戦術にしている。



今回の様に、最低限の準備で戦闘に突入するなど、この世界に迷い込んだ初っ端以来だ。



｛ミネルヴァ、“エコーロケーション”を常時展開して、視覚情報に行動予測をAR表示拡張現実表示してくれ。クロックアップだけで対処しきれない時は・・・彼・の・封・印・を・解・く・。｝



｛了解！オーバー　彼・は魔法陣サブルーチンの設置後、待機モードに移行しています。何時でも御命令下さい。｝



｛分かった！頼む。｝



　ミネルヴァとの短い打ち合わせの間にもアローナの変身は進んで行く。本当ならバージョンアップをゆっくり待ってやる義理など無いのだが・・・



　グラブフットもう一人の男が油断なく警戒と魔力による牽制をして来るので、下手に突っ込むより迎撃した方が良いと判断した。



　そうこうするうちに、アローナの変身は完了した様だ。デザインとしては頭部と膝下がほぼ狼、手先は人間、全体的に豊かな体毛が現れて大型化してはいるが、それでも2mには達していない。



「・・・待たせたわね。それでは一つあなたの大言壮語が、実力に見合った物かどうか見せて貰おうかしら？」



　そう言った瞬間、こちらの視界から冗談の様に消えてしまった。最大クロックアップしているのに反応出来ない！



　！！ガッギン！！



　耳障りな衝突音と同時に視界が変わり、自・分・が・い・た・筈・の・地・面・に・大剣が二振りめり込んでいた。彼女は瞬時にこちらを認識し、



「ヤ・ル・じゃない。初撃を外されたのは久し振りよ。」



　狼の顔のままニヤッと笑ってこちらに向き直る。直後にミネルヴァから、
　


｛緊急回避ムーヴを行いました。お気を付け下さい！　彼女は動作に移る前段階に、非常に高度なフェイントで視線の移動方向をコントロールしています。視線の移動方向と逆に高速移動する事で、視界から消えたかの様に移動し死角へ高速移動してきます。｝



　なんだそれ？　ハエか？　○垣君か？　人狼ワーウルフなんだから、身体能力でゴリ押しとかにしてくれよ・・・


　
｛ミネルヴァ、ヤツの変身後の能力はクロックアップした僕を上回ってるのか？そもそも人　狼ワーウルフなんて種族初めて聞くんだが・・・｝



｛能力自体はかろうじて主殿の方が上です。ヤツにしてやられたのは単純に技術的な問題です。更にヤツは人・狼・という種族では無く、固有魔法スキルで人狼に変身しています。｝



｛あれは魔法なのか？｝



｛はい。恐らくですが・・・魔力をワーウルフの形態に物質化して纏う事で姿を変えています。纏った魔力体に同じく魔力によって回路を繋ぐ事で身体イメージの誤差を埋めているようです。｝




「ぼうっとしてんじゃないわよ！」



　クロックアップ済みの僕の視界に、凄まじい速さで間合いを詰めてくるアローナが迫る。



「ムーヴ！」



　20m程の所に転移する。アローナは僕のいた所で止まって辺りを見回し、僕を発見して足を止めた。とりあえず少し間を取ってミネルヴァと対策を練ろう。


　　　
「・・・あなたさっきからフッと消えては現れるけど、なにをしてるの？隠蔽とスピードのコントロールかと思っていたけど・・・」



「・・・簡単に手の内をさらす訳にはいきませんね。あなたこそ随分変わった魔・法・を使うのですね。」



｛ミネルヴァ、ヤツに干渉してスピードを下げるか、僕のクロックを今以上に上げられるか？｝



｛どちらも可能ですが、ヤツの魔力耐性に干渉するのは瞬間消費魔力が大き過ぎると思われます。この後もう一人控えている以上ハイリスクです。クロックを上げるのは神経系に負担がありますが可能です。｝



「よく私のコ・レ・が魔法だって分かったわね？　でも、大きな口の割に逃げてばっかりじゃない？もう少し真剣にお相手してほしいわね。」



「性急に関係を深めるのは得意では有りません。照れ屋なものでして・・・」



｛分かったクロックをあと一段上げてくれ。上げると同時にヤツに石　礫ショットで飽和攻撃を頼む。｝



｛了　解！オーバー！　実行します。｝



　ミネルヴァが発動した瞬間、相手アローナの動きがさっきよりも若干スローになる。それと同時に自分の動きも少し鈍くなった。通常の感覚で動ける加速範囲を超えたのだろう。



　視界の隅では、肩から離れたミネルヴァが石礫ショットの魔法を周囲に展開し初めているのが見えたが、アローナは既に気付いて回避するべく動きだそうとしていた。



「そうはさせません！　“ムーヴ！”」



　更にスキルを発動して足元に転移。小型のガンディロスナイフをアローナの左足の甲に全力で突き立てて地面に固定し、即座にムーヴで退避する。アローナは突然足元に現れてナイフを突き立てられ、痛みよりも驚きで一瞬動きが止まった。



「チィィッ！」



　慌ててナイフを抜こうと手を伸ばすが、一瞬の停滞が運命を分けた。



｛全方位石礫弾バリアブルショット！｝



　ミネルヴァの魔法で、石弾による全方位攻撃を食らったアローナの周りが凄まじい粉塵に覆われる。少しの静寂の後、収まり始めた粉塵の中からアローナが姿を現した。



「・・・凄まじい耐久力ですね。石礫ショットをそれだけ食らってまだ息があるとは・・・」



　アローナは咄嗟に急所を庇ったのだろうが、それでもあらゆる所から血と魔力を吹き出してかろうじて立っていた。魔力の減少に伴ってワーウルフから人に戻りつつあるアローナが、



「あんた何者？グラム神聖国の回し者なの？あ・の・国・は・何・を・知・っ・て・い・て・、・何・を・隠・し・て・い・る・の・よ・？・」



「・・・答える義務はありませんね。」



｛ミネルヴァ、彼女に低酸素結界を発動してくれ、今の身動き出来ない彼女なら効くだろう。｝



｛了解オーバー、標準範囲・元素指定プリセットオーダー“エクスチェンジ指定元素変換”｝



「まさかこ・の・程・度・の傷を負わせたくら・・・」



　彼女の言葉はそこまでだった。瞬間的に意識を失ってその場に倒れようとする彼女を、駆け寄ったグラブフットがタイミング良く抱き留める。



「フー、おまえさん本当に何者だい？アローナがここまで一方的にやられるなんて見たこと無いんだが・・・まぁ、このままだと色々予定が狂っちまう。二人は解放するからこのまま引いてくれないか？」



　惚けた口調で問い掛けてくる。



「そうですね・・・あなた方がギドルガモンを呼び覚まそうとした理由を教えてくれれば考えてもいいでしょう。」



「そんな事かい？それは・・・」