西館の図書室で

ぱっつんぱつお

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『愛してるから』

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 俺が好きでもない女の戯言に付き合っている時間、ミアはあの男にフェラチオしていたという。
 嫌なのに了承するミアにも、嫌だと言っているのに汚いものを咥えさせるその男にも腹が立った。
 だから我慢出来なかった。
 いつも気付かれないよう見ているだけだったのに。

 割り込んだにもかかわらず既に見慣れたミアの友は、目で会話をして止めもしなかった。慌てもせず狼狽えもせず金貨の意味も直ぐに理解し、流石ミアが選んだ友だけあるなと、つい感心してしまった。貴族の令嬢よりよっぽど話が合いそうだ。


 御者には連絡するまで迎えには来るなと指示していた。
 半年も経ったのにミアは大して接触のない御者の名前まで覚えていて、スミスも驚いただろう。己の傲慢さに気付かぬ一部の貴族は使用人の名前さえも覚えていない。妹のリリアナもその気があるから、きっとミアが屋敷うちに戻っても上手くやっていけるだろうな。
 没落したバッケル元男爵邸は石造りで、冬が寒いのか至るところに暖炉とストーブが設置されている。家の中にも色取りの花が飾られ、此処に住まう彼女が妖精に見えた。
 キッチンから漂うコンソメの香り。スープでも作り置きしていたのか。屋敷に戻って料理人に休暇を与えたときは是非俺にも振る舞ってほしい。

 だが、そんな淡い期待とは裏腹に、俺の言葉に全て否定で返してくるミア。途中から頭を抱えだし返事も無くなった。表情も無くなってまるで俺が存在しないかのように。
 そんなのは駄目だ。頭の片隅でいいから、俺を忘れないでほしい。
 自身の奥底から溢れる醜い感情から絞り出した声で彼女の名を呼び、酷い言葉を浴びせると、プツンと、俺にでも分かる、何かが切れた音が聴こえた。
 そしてミアは言ったのだ。

「うるっさいなあ! いい加減にしてよ!! そこまでされたいならやってあげるわ! あんたのも咥えてやるから早く其処に座んなさいよ……!!」

 そう言って、俺をソファーに座らせると、愛しい人の指先が太腿を伝う。
 触れられた瞬間──、電気が全身を駆け巡り、自身の雄が勃ち上がった。
 ゆっくりベルトを緩められ、ボタンを外され、苦しかったそれが解放されると、ついにミアが、ミアが俺の性器に口付けたのだ。
 しごかれ、咥えられ、舐められて。もうこのまま死んでもいいと思った。いや死ぬのかもしれない。ちろちろと小さな口で弄ばれ、愛おしさでどうにかなってしまいそうだ。
 俺が果てる時なんかは口で受け止めてくれ、嫌がりもせず舐め取ってくれる。これが夢ではないと確かめるため、触れた愛しい人の頭。夢でないと判ると、また勃ってしまう。
 一生このまま二人で居れたら良いのに。
 けれどミアは、現実を突き付けてくる。

「……あなたは貴族で、婚約者が居て、後継者も必要で……、私だって恋人が居るの。これ以上は駄目。もう帰って」

 折角捕まえた蝶がまた逃げてしまう。
 此処で逃せばもう二度と捕まえられない気がした。ひらひらと俺を交わし、戻ってこない。
 夢物語で終わらせてたまるかと、咄嗟に掴んだ。

「行くな」
「ッ、離してよ……!」
「嫌だ」
「なッ!? なにっ、泣いて……!」
「離したくない」
「何で!? 何なのよ……! 意味分かんないって言ってんの……! 一体何がしたいのよ!!」
「愛してるんだ──!! ミアを愛してるから……! だからッ、」


 思い返せばミアも必死に抵抗していたな。でもそれは俺も同じだった。逃がすわけにはいかなかったんだ。
 涙ながらに訴える俺の姿なんて婚約者のフェリシアは想像も出来ないだろう。見せる気もないのだが。


「は……!? な、に……!?」
「だから行かないで、俺の側に居て……ミアを愛してるんだ……」
「~~~~~ッ、馬っ鹿じゃないの!!? 最初からそう言えば良いんじゃないの!?」
「っ、悪かった……」
「ウダウダうだうだ本っ当、面倒臭い男!」
「何とでも言ってくれ……。俺は、お前が、他の男に触られるのは見たくない。遠くから眺めるだけももうウンザリだ。それに……好きでもない女と結婚するのは、苦痛だ」
「何それ。どういう意味? 私と結婚したいってこと?」

 潤んだ瞳で彼女を見上げ、小さな右手をしっかり両手で包み込んで、こくんと、頷いた。
 こんな情けないプロポーズは俺に似合わないだろうな。けれど目の前の女性を逃したくはなかった。
 逃したくはないけど、きっと逃げてしまうのだろう。いつもそうだったから。

「はぁ…………まあ良いけど」
「えっ……?」

 良いけど?
 それはまさか、

「なに驚いてるのよ。結婚しても良いって言ってるのに」
「本当に……?」
「でもその代わり私の言うこと何でも聞いて」
「っ、ああ、もちろん。何でも聞くさ」
「好きなら好きってちゃんと言うこと。分かった?」

 両の手にミアの指が絡み、揺らがぬ紫水晶の瞳が真っ直ぐ俺を見つめる。
 俺はミアの言うことを何でも聞くと言ったのに。

「何よ。聞けないの?」
「いや……それだけ?」
「そうよ。なんか文句でもある!?」

 高い宝石も、華美なドレスも、豪華な食事も、何でも与えてやれるのに。
 たったそれだけ?

「文句なんて、そんなもの……! 言うよ。ちゃんと言う。ミアのことが好きだ。好き、本当に好き。愛してる。心から愛してる……ずっとそばに居てくれ」
「分かった分かった」

 ミアは俺の膝の上に乗り、正面から抱き締めてくれる。なだめるように背中をさすって。
 首筋に顔を埋めると、みっともなく流れた涙が彼女の肌を伝っていった。本当に己のものになったのかと思うと、愛しさが溢れて止められなくて、首筋に何度もキスを落としているとミアから甘い声が漏れた。
 程よく肉づいた腰をグッと引き寄せ硬くなった雄を押し当てると、耳を強く噛まれてしまった。

「駄目だからね。お互いキチンとお別れしてからだからね」

 と、叱られた。
 耳まで噛まれてお預けとは。ミアを抱きしめていられるというこの現実でさえ勃ってしまうというのに。一体どうやって収めればいいのだろう。

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