西館の図書室で

ぱっつんぱつお

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『程度』

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 普通ならばもっと不安に思っていいはずだ。
 ミアにとっては足を踏み入れたこともない世界。
 それなのに堂々として、こういう人間を“肝が座っている”というのだろう。

「ミア、ミア。愛してるよ。本当に愛してる」
「ねぇそいうのは二人だけのときにしてくれない!?」

 自分が『ちゃんと伝えて』と言ったくせにつれないところも可愛い。
 本当は嬉しくせに溜息をついてる姿も愛おしい。どの角度から見ても飽きないだなんて不思議な存在だ。出来るならずっと肌をくっつけていたい。それぐらい好きなんだ。

「ウォルター! 何度も言わせないで、近いのよ……!」

 しかし彼女の冷たさには少し涙が出る。
 いつも追い掛けられてばかりだったから逃げられると追いたくなるのか?
 ミアはとくによく逃げるから。結婚しても尚、俺も意地になって追い掛け回している。未だに信じられないんだ。こうして腰に手を回せること。


「──ミア!?」
「ステファン!? 久し振り!」
「あ、ああ……! いや、まさか、噂には聞いてたけど、本当にあのミアだったなんて……! 本当に久し振りだな……!」
「ええ! ここで働いているのね!」

 エスコートしていた腕をすり抜け給仕の男とハグをするミア。
 ミアが生まれながらの貴族であるなら決まった作法で挨拶をすべきなのだが。随分と馴れ馴れしい。
 お前は誰だと睨めばミアからは叱られ、ステファンと呼ばれた男は慌てて頭を下げた。詳しく聞くと、学生時代ずっと同じクラスで“腐れ縁”と呼ばれる仲のようだ。
 我が国での貴族は家庭教育が基本なのでそういった仲を理解するには難しい。同年代との交流は舞踏会や茶会などでしかないし、それこそ特別仲が良くなったとしても互いに貴族だから作法は守るだろう。
 平民では異性とハグをするのは当たり前なのか?

 そう思ったのを俺がつい顔に出してしまったからか、何処かからぼそっと、「節操がないこと。侯爵様も可哀想。あんな女、所詮あの程度の男が似合いなのよ」と聞こえてきた。
 クスクスと嘲笑う声。生意気な女達だな。あんな女・・・・だと? 俺が選んだ女だと分からせてやろうか。
 俺が黙っているからといい気になったのか、周りも都合の良い解釈で好き勝手にほざき始めた。

 俺はミアに弱みを握られている?
 身体を使って虜にさせた?
 しつこく言い寄られて仕方がなかったのよ、か。
 ふん、あながち間違いではないな。
 こう見えて俺は意地が悪いから、泳がせておくのは得意だ。

「ご、ごめんミア……俺のせいで……あとこれからは口調にも気を付けるよ。君はもう貴族だから……」
「やめてよステファン。立場どうこうの前に私たち昔からの友達じゃない」
「けど、」

 そろそろ黙らせてやろうかと、そう言おうとしたところでミアは「ちょっと待ってて」とステファンに言い、俺には「先に謝っておくわ」と揺らがぬ紫水晶が向けられた。
 君は何をしようというんだ。
 まさか、真正面から立ち向かうのか?
 踏み入れたこともない世界なのに?
 こんなにも差別の目が向けられているというのに。君は、堂々と立っていられるのか。


「申し訳御座いません、少し宜しいですか? あの程度、とは少し言いすぎなのでは?」
「あら聞こえていまして? ふん! ウォルター様と結婚したからって自分も同じ立場のつもりかしら? どうせ騙して結婚したくせにウォルター様が可哀相だわ!」
「そうよ! 皆さん仰っていてよ? よくその程度の礼儀作法でお隣に並べるわね、って。御覧なさいな。ウォルター様はあんなにも品が良くていらっしゃるのに。貴女のせいで恥をかかせて、私達の方が見ていられなくってよ!」

 可哀相、とは。まるで俺がお前たちより下に居るような言い方だな。俺がフェリシアと婚約するまで期待していた、“その程度”の女のくせして。
 そもそもお前たちに俺の心配をされる筋合いなど無い。それに“恥”だと感じるのも俺が決めることだ。


「誰のことを言ってるのか分かりませんが少なくとも私は自分の話をしているわけではないです。ステファンの事を“あの程度”と言っておられたので文句を言いに来ただけです」
「もッ、文句ですって……!?」
「何故そんなに反応するのですか。喧嘩を売られたから買ったまでですけど」
「まあ喧嘩だなんて……!」
「野蛮だこと……!」
「あはは、まぁ落ち着いて下さいよ。どうか私に教えて下さいませんか? 貴女達の思う“程度”はどの“程度”なのでしょう。貴女達はステファンよりも程度が上ってことですよね?」
「ハッ! 当たり前じゃないの!」
「馬鹿な質問しないで頂戴! 馬鹿が伝染るわ。そんなの見れば判るじゃない!」

 ミアもういいよと小声で止めるステファンを無視し、女二人と戦うミア。
 強い女だな。揺るがぬ己の根本が彼女を強くするのだろう。

「そうですか? ならば見せて下さいよ。此処ホールからキッチンまで空いたグラスと皿を回収して、酒やツマミを必要としている人に一番効率的なルートで給仕して下さい」
「はあ!?」
「いッ! いくら馬鹿だっていってもねぇ!? わたくし達の仕事ではないでしょう!? 馬鹿にするのもいい加減にして……!!」
「その言葉そのままお返しいたしますが。給仕であるステファンを“あの程度”と馬鹿にしないで下さい。貴女達が出来ない仕事をしてくれているんです。一人じゃ何も出来ないくせに口ばっかりで恥ずかしいったら」
「ッ、な、ななによ……!」
「わたくし達には使う・・権限があるの! わたくし達が必要としなかったら彼等は生きていけないのよ!? 立場を勘違いなさらないで!」
「へぇ? 数少ない領民を敬えず上手く使えもせず十年前に没落した男爵様は何処の国の話でしたっけ。あぁ、我が国でしたね。まあその屋敷は平民だった私が買いましたけど」
「ッなんなのよ……!! だからなんだって言うの!?」
「先頭に立って歩く人は後ろを振り返らないとキチンと付いてきているかどうか分かりませんよね。貴族という立場におごってある日突然後から刺されても知りませんよ?」
「脅しのつもり!?」
「あらやだ。脅しと冗談の違いも判らないなんて。つまらない人」

 よくもまあそんなにも落ち着いて喧嘩が出来るものだ。歳も上であるが、経験値も上のミアには敵わないだろう?
 それでもミアが言った意味も解らずに、ただ平民だった女に言い返された事に腹を立て、今にも爆発しそうな真っ赤な顔で扇子を握りしめている。
 確か名前はマーガレットとミシェルだったか。

「っ、あんまりにも無礼ですわ……! ウォルター様も何か仰って下さい……!」
「そうです! この女、ウォルター様が守って下さると過信して……! マクロン侯爵家の品位を落とすつもりなんだわ……!」

 言い返せなくなって俺に助けを求めに来たのか。
 フェリシアといい、どうしてこうも頭が悪いんだ。お前たちの言った通りここまで苦労して手に入れたミアを守らないわけがないだろう。

「俺のために二人とも有難う。お陰で気付けたよ」
「ウォルターさま……!」
「いえそんなわたくし達は!」
「やっぱりミアと結婚して良かったってね」
「え……?」
「人の気持ちが分からなくては人の上には立てないだろう? 恥ずかしながら我が妹は侯爵家で働く使用人の名前すらもあまり覚えていなくてね。君たちは全員の名前を言えるかい?」
「それはっ……」
「父は、俺たち家族には厳しかったけれど使用人には優しくてね。随分と慕われていたんだ。だから定着率も高かったよ。人が長く住めば子が産まれ、街は賑わう。ミアは優しい人だ。まぁ俺には厳しいけどね」
「ッ、」
「つまり言いたいのはね? 俺が追い掛けて掴まえた人だから邪魔しないでってこと。あ、それとミア一人で俺の品位が下がるとでも思ってるの? 烏滸がましいね」


 ニコニコと作る俺の笑顔にミアは怪訝な顔で睨み、令嬢二人が去った後ステファンは感謝の意を示した。
 ステファンはミアに対し「変わっていなくて安心したよ」と言うものだから、今度詳しく話でも聞いてみよう。どうせミアに聞いたところで教えてくれないのだから。
 それから、見ず知らずの給仕係が何人も「先程は感動致しました」と話し掛けてきたのは人生で初めてのことだった。

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