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公爵の憂鬱【執務室にて】
しおりを挟む先日──、婚約者の〈天宮 千聖〉が城へ来た。
陛下に用があると言っていたが、隣にはミハエルが居た。彼のジャケットを羽織り、仲睦まじげだった。
まるで私には見付かりたくないと言わんばかりにミハエルは挙動が不審で、反対に彼女は堂々としていたが、公爵家についての噂が回ると面倒なので二人には釘を差した。
彼女が誰と恋をしようが関係ないが、ミハエルは伯爵家長男であるため〈来訪者〉の彼女と結婚すると貴族のパワーバランスが少し変わってくるだろう。
そうなるのを恐れる侯爵家や、他の伯爵家が黙っていないだろうが、ふたりはそこまで考えているのだろうか。本気で考えているのなら手助けしてやらなくも無いが、そこまでする必要も無い。
私がしてやれるのは彼女がこの世界で自立出来る知識を与えるぐらいだ。私の人生には関係無い。
そう思って彼女を見ていたが、体調が優れないのか嫌に顔色が悪い。指摘したあとで、彼女が初めて笑った。
いや。正確に言えば、口角が上がった。『笑った』というには程遠い笑み。
しかし思い返せばミハエルノウマに愛しく微笑む横顔を一度見た気がする。
こんな場所でひとり不安だろうと、その馬が〈ミハエルノウマ〉だと紹介すれば「くすくす」と笑う声が隣から聞こえてきたから、あとはミハエルに任せておけば良い。あいつはどうも年上の女性に好かれるようだから、丁度良いと思ってミハエルに指示した。
ミハエルは特に格上の貴族女性に「可愛い可愛い」と持て囃されている。私からしてみれば強くて頼もしい頭の良い部下だ。どこが可愛いと思うのか、女性の考えることは分からない。
そして私は陛下に呼び出された。
行ってみれば思った通りに彼女が居て、どうせまた女の面倒な我儘だろうと考えていた。『放っておいてほしい』だなんて言葉、大体は反対だ。大体女性は反対のことを言う。
構ってほしいとか、プレゼントが欲しいとか、自分の事を大事に想っていないだとか、そんな事を陛下に言っているのだと、そう、勝手に思った。今までそうだったように。
けれど、やはり、彼女は他の女性と違った。
確かに私が至らなかった。
彼女はひとりの人間だ。されたら嫌な事ぐらいあっただろう。公爵家の権力と財産を惜しみなく注いだ教養がまさか彼女にとって『嫌な事』だとは思わなかった。こればかりは知ろうとしなかった私が悪い。
それを笑う陛下はどうかと思うが、私には止める術がない。
まずは〈来訪者〉について知ろうと神官達の元へ行けば、次々と話が広がり収拾がつかない。
彼女がいた世界では女性も男性のように働くのかと驚いたが、よく考えればこの世界でも女性だって少なからず働いているからその比率がただ単に多いだけだろう。
ならば彼女が居た世界では男性が社交をするのだろうか。分からないことがまだ沢山あるが、領地も騎士団も抱えていると時間が足りない。
定期的な使用人からの報告も纏めなければならない。
疲れが溜まっているが、あたらしい世界を知るたび自分の世界も広がっているようでなかなか楽しいとも思う。
けれどひとつ気になった事がある。彼女は嘘をついていた。
「ドレスの背中のリボンは枝に引っ掛ってしまった。だからミハエルのジャケットを借りた」と言っていたが、メイド長の報告によれば、「何をしていたのかは遠くからで見えなかったが、ミハエル様が丁寧に背中のリボンを解いていた」と言う。
その前には親しげに耳打ちまでしていたらしい。
そしてそのリボンは何処へ消えたのか、そして何故嘘を付いたのか。
どうだって良いが、面倒だけは御免だ。
そして今日──、また彼女が城へ来た。
私の執務室の前でミハエルと共に親しげに耳打ちしている。
職場で浮気だの仮面婚約者だの言っているが、どうか噂の格好の的であるこんな場所では遠慮してほしい。
彼女のドレスのポケットには、無くなった筈のリボンが少しだけ見えている。今までミハエルが持っていたのだろうか。
何故、彼女のリボンを持つ必要があったのか疑問だが、ふたりが親しいのは確かだ。
彼女の『運命の人』はミハエルなのか。
彼女はミハエルとの関係を誤魔化すためか、「瞳が綺麗だ」と私の目を真っ直ぐ見て言う。
嘘をついているようには見えないが、女とは簡単に嘘をつく生き物だ。金や地位が目当てならそう正直に言えばいいものを、わざわざ「お慕いしております」と嘘をつく。
何故嘘をつく必要があるのか。正直に言ったほうがよっぽど好感が持てるというのに。
そんな事も相変わらず私にとってどうでもいいが、少し苛々するのは疲れているからだろう。
そろそろ家に帰ってちゃんと休まなければ。
だから彼女を突き放すような言い方をしてしまった。
彼女も彼女でそれに言い返したのか、不機嫌そうに聞いたことのない言語を呟いた。向こうの言葉だろうか。
ともかく私も帰って休みたいから、彼女には親しいミハエルと先に帰ってほしかったのだが、先程まで居たはずのミハエルが居ない。頭の良い男だから雰囲気を察したのだろう。
ありのままの感情を口に出せば彼女と息が合った。
ミハエルを『あいつ』と呼んでいた。
本当に彼女はミハエルとそういう仲なのだろうか。また私が知ろうとしていないだけなのか。けれどありのまま聞くのは野暮なものだ。
そして、彼女は『笑った』
初めて見た横顔、ミハエルノウマの時ほどでは無いが、『笑った』心が浮いたような感覚だ。
次に悪巧みをしている笑みを浮かべるから、彼女は思ったよりも感情が豊かなのだと知った。
他の皆にはまだ私の知らない表情を見せているのだろうか。それは一体どんな表情だろう。
しかしそれを知ったところで、私には関係無いのだが。
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