本気で死のうとはしてないのでそんなに心配しないで下さい。ちょっ、近い! もっと離れてっ!

ぱっつんぱつお

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俺の婚約者【イーサン視点】

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「マイケル! おいマイケル!」
「へっ、へい坊っちゃん……! 何ですかい!?」
「気付くのが遅い! 車を出せ!」
「えぇー? だってまだパーティーは……。はっはーん。さてはエミリー様と何かありましたな?」
「五月蝿い。良いからエミリーの自宅まで走らせろ」

 油断してうたた寝をしていた運転手のマイケルを叩き起こすと、「へいへい」なんて気怠そうにエンジンをかける。ただの運転手のくせに察しが良い。
 それから一時間ほど車を走らせ、辿り着いたエミリーの自宅。グレイスター男爵邸。そこそこ治安の良い土地に周りよりは大きな邸宅。
 辿り着いた時には既に深夜一時を回っていた。

 ──「おや、イーサン様。どうされたのですか? パーティーはもう終わりで?」
「すまないオリバー、夜分遅くに……。エミリーに会いたいんだ」
「申し訳ありませんイーサン様。エミリー様はまだ屋敷にはお戻りになっておりません」
「え? しかし……」
「ふむ。もしかしたら工房の方に居られるかもしれませんね」
「工房……?」

 教えられた場所は、また車で三十分も掛かる場所。
 郊外、見晴らしの良い丘の上に佇む施設。ほんのり灯りは点いていれど、中を覗くのは怖い。もしも首なんか吊っていたらどうしよう。俺のせいなのか?

 ゲートの前で暫し躊躇っていれば、新緑を踏みしめ誰かが歩いてくる音がする。暗くてよく見えない。「あの……」と恐る恐る声を掛ければ、相手が驚いてしまった。

「誰だ!?」
「突然申し訳無い。エミリーの婚約者、イーサンと申します」
「イーサンくん!? どうしたんだね一体! こんなところまで!」

 ギィと開いたゲートから出てきたのは、エミリーの父、エルンスト·グレイスター男爵だった。事情を説明し、エミリーに会いたいと頼んだがグレイスター男爵は渋い顔をして、断られた。

「どうしてですか……! エミリーが会いたくないと!?」
「いやいや、そういう訳じゃないんだけどね……。今ちょっと取り込み中なんだ。集中してるから」
「集中……? 失礼ですがエミリーは今何を……」
「織物を仕上げているんだよ。明日の朝までの納品だから」
「え……?」

 こっちに来てみればよく見えるよ、と中に案内され灯りのともった窓を覗いてみると、ギッコンバッタンと何本もの糸が一枚の布へと変化している。
 柔らかな金糸の髪を後ろでひとつに纏め、ブルーグリーンの瞳はゆらゆらと灯る炎で輝いて見えた。もちろん首なんか吊っていない。

「っ……だってついさっきまでパーティーに……。他に誰か替われないんですか?」
「まぁ色々あってね……今は私とエミリーしか織る人が居ないんだよ」
「まさか……だってグレイスター商会の……!」
「はは、そのまさかなんだよ。それにあれはエミリーの“作品”だから誰かには替われないよ」
「作品……」
「……滑稽だろう? 不倫はされるし下の子は散財するしで……こんな家と婚約し続けてくれるウェルナン伯爵には感謝しかないよ……。エミリーにも負担を掛けて……イーサンくんにも迷惑を掛けてしまっているだろう?」
「いえ……俺は別に……」

 優しいねと言ってくれるが、俺はそんなに優しくない。だって何も知らなかったから。俺は何も知らない。エミリーの何も。
 婚約して、一年と半年。やっと初めて彼女を知った。
 その間、俺は何をしていた?

「あの……此処で待っていても構いませんか?」
「え……そりゃあ……イーサンくんなら構わないけど……たぶんエミリーは出てこないよ?」
「それでも、彼女を見ていたいのです」
「……そうか。ははっ、そうかそうか。いやぁ~~何だか私の方が照れてしまうな! ははは!」
「ありがとう御座います」
「良いんだ良いんだ! はははは! では私は家に帰るところだから、存分に眺めておくれ! あ、くれぐれも話し掛けるんじゃないぞ? 物凄く怒るから」
「おっ、怒る……? エミリーが……?」
「ああ! もうすんごく恐いぞ!」

 男爵はご機嫌で俺の肩を叩き、風邪を引かないようにねと優しさをくれ、帰宅した。俺は優しくなんかないのに。
 此処に来たのだって殿下に言われたからだ。そうじゃなきゃきっと今頃は……、ルイーザとダンスでも踊っていたかも。ルイーザが捕まらなければ他の令嬢を部屋に連れ込んでいたかもな。
 エミリーが家のために働いているのに、俺は……。

 ──窓越しに眺めるエミリーは、それはそれは美しかった。
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