イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

文字の大きさ
47 / 87
いぬこいし編

今はただ眠ろう。

しおりを挟む

「で?  何がどうなって、こうなったんだ?」
「くぅ~~~ん……」


 ──深夜二時、
 狼森家別邸で緊急会議が開かれた。
 会議内容は、〈何故、皆犬の姿なのか〉


「う、うわぉお~~~ん……、僕のせいなんですぅ~~……!」


 何ともまぁ可愛らしい鳴き声で泣く、グレイハウンド姿の伊太郎いたろう
 うるうると瞳に涙を浮かべながら尻尾を巻いて伏せている。


「どう言うことだ?」
「っいや! 悪いのは俺だ……! 俺が伊太郎をからかったから……」


 上目遣いの伊太郎を庇う英人えいと
 こちらもまた凛々しいグレイハウンドの姿だ。
 もうその光景全てがアオイの目には愛くるしい。
 久し振りのいぬまみれで「ぐふふ、きゅふ、ぬふ、」とまだ奇妙な笑い声を響かせてはいい加減黙れと怜に叱られるが、それすら愛しいと感じるアオイにもう誰も何も口出ししなくなった。


「はぁ……で? 一体何が起こったんだ?」
「はい……実は───、


 英人が自慢気に見せてきた謎の瓶。
 興味本意で栓を開けてみた伊太郎。
 例のスキュラの薬かと思えば、とても良い薫りがする。
「僕に隠れてこんな良い出汁をとって! 旦那様にお出しするつもりなんだ……!」
 そう思った彼は、英人が畑に行っている間に「僕だって出来るんだもん!」と、テイスティングしながら真似て出汁を取る。
 しかし何度味見しても全く同じには出来ない。
 それでも負けず嫌いで何だかんだ才能がある伊太郎は、誰もが美味しいと唸るほどの出汁を取ってみせた。

 だが、味見し過ぎたスキュラの出汁は見るからに減っている。
 これじゃあ誰の犯行かは明らかだ。
 そこで「暇だったから作ったよ」と親切心を装って、見るからに減ったスキュラの出汁を使いお吸い物を全員分作り、自分が取った出汁を瓶に移した。

 あとは御察しの通り、英人は何も知らずに瓶に入った伊太郎の出汁を使い、怜の料理を。
 伊太郎は伊太郎で、英人の目の前で取った二回目の出汁で皆の料理を。
 二人が使ったのはどちらも同じ、ただの普通に美味しい出汁とは知らずに。
 そう。
 既にスキュラの出汁は、親切心を装って伊太郎が作ったお吸物へ消えているのだ。


「はぁ~~~~~、何ともしょうもない……」
「うわぉん……。申し訳ありません旦那様ぁ~……!」
「いいや、俺がちゃんとスキュラの薬だって言わなかったからだ……!」


 くぅんと鳴いている伊太郎に、これ以上誰も何も言えなくなった。
 何故なら、可愛くて可哀想だからだ。


「うぉっほん……。ま、まぁ人間の姿にも自由に戻れるんだし……? 不便な事は特に無いのだから……なぁ?」


 怜は皆にそう訴えかけると、「そ、そうで御座いますよ……! 犬のままで不自由ってこともないですしねぇ!」とコニー。
 続けてナウザーが、「まぁ……寧ろ便利だと考えれば、宜しいのではないですかな……?」と言う。


「そ、そう……?」


 伊太郎は年長者二人の言葉に少し顔を上げた。
 彼のことを弟のように酷く可愛がっているシェーンは、「ほらほら、皆もそう言ってることだし。いい加減元気だして?」と背中を撫でて甘やかす。
 アオイもすかさず「そうだよ! 大したことじゃないよ!」と胸を張って言うも、いやお前だけは意味が違うだろ、と狼森家別邸一同ジト目。
 ただ、犬に見つめられて嬉しいアオイには意味をなさないのだが。

 まぁ事情が分かればそれでいい。
 狼森家のあるじは、「うおっほん」と咳払いをし「では。気を取り直して、もう寝よう!」と解散の合図。


「そうですね~」
「そんなわけだから伊太郎君も気にしないで」
「な。つか犬の姿にも慣れてるしな」
「寧ろしっくり」
「それ言えてますね」
「それよりボクは伊太郎の出汁スキルが気なっちゃうね♪」
「結局、スキュラの出汁も伊太郎の出汁も、普通に美味しかったわね」
「ほんと、ほんと」
「あぁ、とにかくもう眠いわ」
「そうねぇ、」
「うん、寝よう寝よう」
「何だか気が抜けました」
「すっごく眠たくなってきたわ」


 無駄に100年生きただけあってか、色々気にせずな狼森家別邸一同。
 呪いが解けたり、アオイが姫だったり、妖精だの精霊だので既に感覚が麻痺してしまっているのかも知れない。
 まぁ、それでも楽しく平和に過ごせるのなら問題ないだろう。

 皆、其々の部屋へ戻っていき、再び夜の静寂が訪れる。
 のしのしと階段を軋ませ、巨犬も自室へと向かっていた。
 後ろでは相変わらず奇妙な笑い声の女。
 部屋が向かいだから仕方無いと気にせず部屋に入る。
 しかし奇妙だ。


「ぬふふ、ぐふ、きゃ、うんぬぬ……!」


 何故か部屋にその奇妙な笑い声が響いている。
 実に奇妙。
 流石に向かいの部屋と言えど、ここまで響くわけがない。

 恐る恐る振り返ってみると、なんと居るのだ。
 その奇妙な笑い声の女が。


「いや……、アオイ……? ここ、お前の部屋じゃないぞ……?」
「もふ、もふもふ……」


 アオイの耳に言葉は届いておらず、首周りの『もふもふ』にしか意識は向いていない。
 そもそも人間だと言うことも頭の中に欠片も残っていない。


「お、おい……もうこんな時間だし、そういうのは……ッちょ……!」
「んあ~~~、もふもふ……!」


 もふ、もふ。
 その擬音が似合うほどやさしく首に抱きついて、幸せそうな、否、恍惚な表情を浮かべているアオイ。


「あ、あおいぃ……、な、なぁおい……」


 人間の姿ならば女性をほだすのが得意な彼も、わんこに対し変態的夢中なアオイを上手に絆せないのは何故だろう。
 怜自身も上手く言えないが、ただ、ただ悪くないなと、そう思う。


「あーーーもう、さいこう……わたし今日ここで寝る。包まれながらここで寝る……」
「は!? お前何を!」


 言い掛けたところで、ふと考えた。
 自身も人間の男だと言うことを分からせてやろう、と。


「まぁ折角だから、今日ぐらいは……アオイの我が儘を聞いてもいいが?」
「ほんとう!?」


 大喜びし巨犬のベッドに上がり込むアオイ。
 朝起きると人間の男に変わっているとも知らずに、今はただ、心地の良いもふもふに包まれ、幸せに眠るだけ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...