イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

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いぬぐるい編

進みだした人たち

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 ──暫し三人の間に沈黙が流れる。
 最初に口を開いたのは、一番 "大人" であるハモンド侯爵だった。

「アオイと、二人きりで話をさせてくれ」
「え?」

 まだ諦めないのかと、そう思う怜だったが、ハモンド侯爵の瞳を見れば“ケジメ”なのだと、理解した。

「……承知しました」
「ま、私のエスコート相手なのだから二人きりでも問題は無いはずだけどね」
「……ふん、その通りですね」

 悪戯に笑い合う男二人。どこか悪友のようにも見える。
 怜が立ち去ったのを確認して、ハモンド侯爵はアオイの方へ身体を向き直した。
 相変わらず、悲しそうな瞳だ。

「あの……、なんと言っていいか……」

 気不味そうに目を逸らすアオイに、ハモンド侯爵は、優しく微笑む。いつだってルイは優しい。

「何も、言わなくていいんだよ。アオイの気持ちは、二度目に会ったとき、分かっていた。分かっていたから、悔しかったんだ」
「ルイ様……」

 様々に渦巻く感情を隠す為か、ルイはより、にこりと笑う。そんな彼の感情なんてわざわざ力で覗かなくても痛いほど伝わってきた。
 もうアオイ自身も、己の感情をこれ以上誤魔化す必要はないのかもしれない。

「あの犬っころに何か酷い事をされたなら私が飛んで駆けつけるよ」
「ふふ! 犬っころ! はい、直ぐに言付けます」
「だから、私の事は、兄だとでも思っておくれ」
「っ、はい……っ! ふふ、実際、実の兄よりルイ様は過保護だと思いますよ」
「アオイには御兄様が?」
「ええ! 一言で表すなら……、とても自由な海の男、ですかね?」
「はは、アオイの兄らしいね」
「紹介できる日が来ればいいですけど……。何せ自由人なので」
「楽しみだね。それにまさか、彼が山犬だったとは。……驚いたよ」
「とても格好良いでしょう? あんなのズルいです、一目惚れです」
「え……?」
「あの大きな身体、美しいマズルに美しい犬歯! 首回りのもふもふ!」
「あ、あはは……」


 ◆◇◆◇◆◇

 同時刻、王の間では──。

「申し訳、御座いませんでした……」

 額が床にめり込むほど、痛々しく土下座する紅華フォンファ国大使、皓轩ハオシェン

「私からも。彼なりの事情があったとは言え、他国の皆様にもご迷惑をお掛けした事、心から謝罪する。大変申し訳無い」

 女王の蘭玲ランレイは白虎姿のまま深く謝罪した。だが姿が姿だけになんと反応して良いか分からず、皆は互いの反応を伺っていた。
 正直なところ神々しい白虎の姿が恐い。いくら神の化身だとしても姿は肉食の獣だ。動けば喰われるのでは、なんて心の何処かで思っている。唯一人、ラモーナ公国君主であるメル·マーシャルを除いては。

 蒼松そうしょう国の王妃レベッカはその隅で、自国の大使に掴まれ乱れた髪や化粧を直していた。生気を無くしたようにとても静かだった。
 第一王子である陵は元々呼吸器系が弱いせいもあってかまだ息が荒い。

「まぁまぁもう良いじゃない」

 そう宥めるのはラモーナ公国公妃であるウィンディ。
 怪我もしていないし彼にも事情があったのだから、と。

 それに対し「ですが何も無かったからと何もしないわけにはいかない。祝の席を滅茶苦茶にした責任がある」と蘭玲。
 蘭玲の言葉に、「いや……そもそもは私達が撒いた種。責任は私達の国にある」と、蒼松国第二王子レイド。
 加えて「ウィンディ妃様の仰ることは勿論理解出来るのですが……、各国の王侯貴族を巻き込んだ事件でこのまま国に帰れば国民からの信頼が……」ととある国の王弟殿下。
 あら本当に人間って面倒ね、と悩むウィンディ妃に妖精を信仰するノーマン国、国王の姉である婦人三人は苦笑い。

「んー、どうしましょう。ねぇメル……、メル!? 貴方どこ見てるの!?」
「へっ!?」
「蘭玲さん!? 悪いけど人間に戻ってくれる!?」
「え、は、はい」

 “可愛い”嫉妬にかられぐりんと振り向いたウィンディ。彼女の瞳はこれが本来の姿なのか、白目は無くなり本物のエメラルドが嵌め込まれているかのようにギラついていた。
 蘭玲も思わず萎縮。
 一方、もふもふな白虎を愛しい目で見つめていたのがバレたメル公は、グチグチと妻であるウィンディに怒られ悄気ている。
 この親にしてこの子あり、その姿はまるでナウザーに怒られたアオイそのものだ。

「レイド様、見ましたでしょう」
「は?」

 土下座から、少し顔を上げて、一番近くに居たレイドに紅華フォンファ国大使の皓轩ハオシェンは語り掛けた。

「私は貴方の母上を殺そうとしました。これだけで重罪です。どうか、私を捕らえて下さい。身一つしか捧げられませんが、どうか、お許し下さい」

 またギリギリとめり込むほどに、額を床に押し付ける。

「いや、……それは出来ない」
「ッそこを! なんとか……!」
「皓轩、私も反対だ」
「蘭玲様まで……!!」
「お前が蒼松国に捕まったと国民に報告すれば二ヶ国の間で衝突は避けられないだろう」
「蘭玲様の言う通りです。私達の国民も紅華国に対し強気に出るでしょう。それに、母上が、貴方の家族を殺したも同然だから……。その前に止められなかった私達にも責任はある。本当に申し訳無いと思っているよ……」

 その言葉にすこし心が救われたのか、皓轩ハオシェンはぐしゃぐしゃに泣いた。
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